【平成9年5月29日(東京高裁 平成7年(ネ)第1768号)】
【平成15年1月27日(東京地裁 平成14年(ワ)第23687号)】
【平成11年9月9日(京都地裁 平成8年(ワ)第1597号)】
【本稿の趣旨】
特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と定め、同条2項は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と定めている。
これらの規定からは、分割出願に係る特許発明の技術的範囲を確定する場合に、原出願の出願経過を参酌することの可否は明らかでない。そこで、この点について述べた裁判例をいくつか概観する。
【原出願の出願経過を参酌した裁判例】
1.選別機事件(東京高判平成9年5月29日(平成7年(ネ)1768号))
本件訴訟で問題となった請求項の記載は、「…供給側Hより排出側Lに向って異種混合穀物粒が徐々に流動するように構成した粗雑面よりなる無孔の撰別盤…において、前記無孔の撰別盤1を複数段多段状に重架させてなる撰別機。」というものであった。ここで、「粗雑面」の意義を解釈するにあたって、原出願の出願経過を参酌することの可否が問題となった。
裁判所は、以下のとおり述べ、原出願の出願経過を参酌して「粗雑面」の意義を解釈した。
出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていること及び分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面にも記載されていることを要するものであること、並びに、本件発明について分割出願ができたのは、原出願に対する審決取消訴訟で、控訴人の主張を容れて審決を取り消した判決が確定し、さらに抗告審判の審理が行われたためであることを考慮すれば、本件発明の撰別盤の「粗雑面」の意味も…原発明における「粗雑面」と同じく…解するのが相当である。 |
2.テレホンカード事件(東京地判平成15年1月27日(平成14年(ワ)23687号)
本件訴訟で問題となった請求項の記載は、「…本体の一部に、電話に差し込む方向を指示するための押形部からなる指示部を設けてなり、該指示部は、カード本体の外周縁からカード本体の内方向にくぼんでいる…ことを特徴とするテレホンカード。」というものであった。ここで、「指示部」には、切欠部/穴部からなる指示部は含まれるかが問題となった。
裁判所は、以下のとおり述べ、原出願の出願経過を参酌することを認めた(結論としては、「指示部」には、切欠部/穴部からなる指示部は含まれない旨判示した。)。
本件原出願に係る当初明細書又は図面が分割出願前に補正され、出願公告されている場合には、分割出願に係る考案は、本件原出願に係る当初明細書又は図面及び補正後の公告明細書又は図面の双方に記載されている考案であることを要するものというべきである。したがって、分割出願に係る「実用新案登録請求の範囲」を確定する場合においても、原出願の過程を考慮して解釈すべきことは当然である。 |
【原出願の出願経過を参酌しなかった裁判例】
サーマルヘッド事件(京都地判平成11年9月9日(平成8年(ワ)1597号))
本件訴訟で問題となった請求項には、「コモンリードの一部を二層構造に」するとの記載があったところ、被告は、原出願の出願経過から、包帯禁反言が成立するから、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属しない旨主張した。
裁判所は、以下のとおり、分割出願にかかる発明の技術的範囲を確定するのに原出願の発明の出願経過を参酌することは原則的に認められないと述べた(なお、本件訴訟では、例外的なケースにも当たらないとして、原出願の出願経過を参酌することを認めなかった。)。
一般に特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めるべきものであるが(特許法七〇条一項)、当該発明の出願経過(審決取消訴訟を含む。)において、出願人が、当該発明が公知技術と抵触すると判断されることを避ける目的で当該発明の技術的範囲の解釈について限定的な陳述をし、それが特許庁や審決取消訴訟を担当する裁判所に容れられて、その結果特許権の設定登録に至った場合において、その後の侵害訴訟で、当該発明の技術的範囲が右限定的に主張したより広範なものであると主張することは、禁反言の原則に反し許されない(包袋禁反言の原則)と解される。 |
【筆者コメント】
以上のとおり、3つの裁判例を概観したが、分割出願に係る特許発明の技術的範囲を確定する場合に、原出願の出願経過を参酌することの可否についての結論は分かれている。これは、事例判断という側面が大きいためであろうと推察される。
また、原出願の出願経過を参酌することを認めた事例でも、その法的根拠を特許法70条に求めるのか、技術常識に求めるのか、信義則に求めるのか、それともその他の法的根拠とするのかは明らかではない。
しかしながら、事例判断の側面が大きく、かつ法的根拠が厳密なものではなかったとしても、原出願の出願経過を参酌することを認めた事例は、上記のとおり確かに存在する。原告の立場において、分割出願に基づく特許権を行使する場合であれば、侵害訴訟提起前に、原出願の出願経過において致命的な記載がないかの確認が必要であろう。被告の立場からみれば、(反論材料としては微力なものかもしれないが、)原出願の出願経過にも鑑みて防御方針を検討することが有用な場合もあろう。
以上
弁護士・弁理士 奈良大地