【平成14年4月11日(東京高裁 平成12年(行ケ)第65号)】
◆争点:
・「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しないか(特許法29条1項柱書違反により特許できないか)。
【キーワード】
特許法29条1項柱書/産業上利用することができる発明/医療行為/人間を手術、治療又は診断する方法/
1 事案の概要
「外科手術を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置」とする発明(以下「本願発明」。)に係る特許出願について、拒絶査定され、更に、この査定を不服とする審判において「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされた。
本件は当該審決の取消しを求めて提起された訴訟である。
審決は、本願発明は、「人間を診断する方法」に該当する、と認定し、この認定を前提に、人間を診断する方法は、通常、医師又は医師の指示を受けた者が人間を診断する方法であって、いわゆる「医療行為」であるから、特許法29条1項柱書にいう「産業」に該当せず、したがって、本願発明は、「産業上利用することができる発明」に当たらない、とした。
本稿では、「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しないか否かという争点について取扱う。
2 裁判所の判断
(※下線は筆者が付した)
・・・
(1) 特許法は、1条において、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、29条1項はしら書において、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定している。
ここにいう「産業」とは、一般的な用語方法に従えば、「生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを増大するため、その形態を変更し、もしくはこれを移転する経済的行為。農業・牧畜業・林業・水産業・鉱業・工業・商業および貿易など。」(広辞苑第四版)といった意味を有するものである。しかし、上記のとおり、特許法において、その目的が、発明を奨励することによって産業の発達に寄与することとされていることからすれば、一般的にいえば、「産業」の意味を狭く解しなければならない理由は本来的にはない、というべきであり、この点については、被告も認めているところである。
我が国の特許制度は、長く、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、明文をもって不特許事由とすることにより、医療行為という、人の生存あるいは尊厳に深くかかわる技術、及び、これと密接に関連する技術を特許法の保護の対象から外す思想を表現したものとみることの可能な状態を続けてきていたものの、昭和50年法律第46号による改正により、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした(同改正前後の特許法32条参照)。
・・・医薬や医療機器に係る技術について特許性を認めるという選択をした以上、医薬や医療機器に係る技術のみならず、医療行為自体に係る技術についても「産業上利用することのできる発明」に該当するものとして特許性を認めるべきであり、法解釈上、これを除外すべき理由を見いだすことはできない、とする立場には、傾聴に値するものがあるということができる。
(2) しかしながら、医薬や医療機器と医療行為そのものとの間には、特許性の有無を検討する上で、見過ごすことのできない重大な相違があるというべきである。
・・・医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では、現に医療行為に当たる医師にとって、少なくとも観念的には、自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。・・・医師は、常に、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか、どのような責任を追及されることになるのか、などといったことを恐れながら、医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では、それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り、医師は、このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。
医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は、医療行為というものの事柄の性質上、著しく不当であるというべきであり、我が国の特許制度は、このような結果を是認するものではないと考えるのが、合理的な解釈であるというべきである。そして、もしそうだとすると、特許法が、このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別、そうでない限り、特許法は、医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。ところが、特許法は、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも、医薬の調合に関する発明に係る特許については、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)を設ける、という措置を講じたものの、医療行為そのものに係る特許については、このような措置を何ら講じていないのである。
特許法は、前述のとおり、1条において、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、29条1項はしら書きにおいて、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定しているものの、そこでいう「産業」に何が含まれるかについては、何らの定義も与えていない。また、医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上、たとい、上記のとおり、一般的にいえば、「産業」の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない、というべきであるとしても、特許法は、上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は、「産業上利用することができる発明」とはしないものとしている、と解する以外にないというべきである。
医療行為そのものについても特許性が認められるべきである、とする原告の主張は、立法論としては、傾聴すべきものを有しているものの、上記のとおり、特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては、採用することができない。
3 コメント
本件は、本件以前から根強く存在していた、医療についての発明は特許の対象にすべきでないとの考え(吉藤幸朔(1994),特許法概説第10版,有斐閣,pp.70)を、是認するものである。
医師が病気等の治療のために行う行為が、特許権行使の対象となり得る事態が望ましくないことは明らかであり、そのような事態を回避するための規定が特許法内に存在しない以上、裁判所の結論そのものについては賛成できる。
ただし、裁判所の述べるロジックにはいささか疑問もある。
すなわち、裁判所が指摘するとおり、特許法は、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)がされているもの、医療行為そのものに関してはこのような措置が講じられていない。
このような特許法の規定ぶりに基づき、裁判所は、「医療行為に関する発明は、『産業上利用することができる発明』とはしないものとしている、と解する以外にない」と認定している。
しかし、特許法69条3項の存在からも、立法者が、特許権が医療行為に与える制約について意識していたことは明らかで、その上で、特許法69条3項に係る医療行為(調剤行為等)以外の医療行為に関しては、特許法上何らの規定もしていないことからすると、立法者は、調剤行為等以外の医療行為については、特許権の対象になることを許容していたのだ、といった解釈も一定の説得力があるように思われる。
また、特許の請求項や明細書上は医療行為に使用できることが直接記載されていなくても、医療行為の過程で、特定の特許に係る発明が実施される場合というのも、あり得るように思われる(例えば、所定の薬剤を用いた除菌方法の発明が医療行為の一環として行われる場合など。)。
そのため、医療行為に関して特許を認めなかったとしても、判決文で問題視された「医師は、常に、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか、どのような責任を追及されることになるのか、などといったことを恐れながら、医療行為に当たらなければならないことになりかねない」という事態を回避しきれるわけでもない。
個人的には、医療行為に対しても特許自体は認めたうえで、特許法69条3項のような医師等の行為に対する免責規定の範囲を拡大し、医師等が実施する病気治療等のための医療行為には特許権が及ばないものとしたほうが良いのではないかと考える。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介

