【平成20年1月11日[バッグ] 東京地決平成19年(ヨ)第22071号 裁判所ウェブサイト 】

【ポイント】
債権者が不正競争2号1項1号に基づいて債務者の当該商品について差止を求める仮処分の申立てをしたことについて、債権者の申立が認められた事例

【キーワード】
商品形態、不正競争防止法2条1項1号、形態模倣、類似性、特定商品等表示性、混同


【事案の概要】
 本件は、債権者が、債務者に対し、①別紙債権者商品目録記載のバッグ(以下「債権者商品」という。)の形態が、債権者の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものであり、別紙債務者商品目録1及び2各記載のバッグ(以下、まとめて「債務者商品」という。)の形態は、債権者商品のそれと類似し、債権者商品と混同を生じさせるおそれがある、②債権者商品の形態が、債権者の商品等表示として著名であり、債務者商品の形態はこれと類似している、と主張して、不正競争防止法2条1項1号、2号、3条1項に基づき、債務者商品の製造、譲渡等の差止めを内容とする仮処分命令を求めた事案である。

【争点】
1 債権者商品の形態は,周知又は著名な商品等表示といえるか
2 債務者商品は,債権者商品と類似するといえるか
3 債務者商品は,債権者商品との間で混同を生じさせるおそれがあるか
4 保全の必要性があるか

【結論】
1 債権者商品の形態は,周知又は著名な商品等表示といえる
2 債務者商品は,債権者商品と類似するといえる
3 債務者商品は,債権者商品との間で混同を生じさせるおそれがある
4 保全の必要性がある

【判旨抜粋】
1 債権者商品の形態は,周知又は著名な商品等表示といえるか
 「(1) 商品の形態は,本来,その商品が果たすべき機能や効用を発揮させ,あるいは商品の美観を高めるという観点から選択されるものであり,必ずしも商品の出所を表示することを目的として選択されるものではない。しかし,特定の商品の形態が他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有し,かつ,長期間継続的かつ独占的に使用されるか,又は,短期間であっても商品形態について強力な宣伝等が伴って使用されることにより,その形態が,商品自体の機能や美観等の観点から選択されたという意味を超えて,特定の者の商品であることを示す表示であると需要者の間に広く認識されるようになった場合には,当該商品の形態が,不正競争防止法2条1項1号又は2号にいう商品等表示として保護されることになると解すべきである。
(2) 前記争いのない事実等並びに疎明資料(甲1ないし29,36)及び審尋の全趣旨を総合すると,以下の事実が一応認められる。
ア 債権者商品は,別紙債権者商品目録記載のとおり,以下のような形態をしている。
(ア) 正面及び背面が底辺のやや長い台形状,本体各側面が縦長の二等辺三角形状である。
(イ) 略凸状となるように両サイドに切り込みを有し,横方向に略3等分する位置に鍵穴状の縦方向の切り込みが2か所設けられた蓋部が本体背面の上端部と縫合されている。
(ウ) 本体背面上部に端部を縫合され,本体各側面に形成されたタックの山部を貫通し,本体正面の上部まで延在する左右一対のベルトが設けられている。
(エ) 上記(イ)の蓋部の凸型部分と上記(ウ)の左右一対のベルトとを本体正面の上部中央において同時に固定することができる,先端にリング状を形成した固定具が設けられ,さらに,上記(イ)の鍵穴状の切り込みの外側の位置において,上記(イ)の蓋部の凸型部分と上記(ウ)の左右一対のベルトとを同時に固定することができる左右一対の補助固定具が設けられている。
(オ) 本体正面上部及び背面上部に,円弧状をなす一対のハンドルが縫合され,正面側のハンドルは上記(イ)の鍵穴状の切り込みを通るように設けられている。
イ 債権者は,昭和59年ころから,日本国内での債権者商品の販売を開始した。平成8年から平成18年までの,債権者商品の販売数量及び売上金額は,以下のとおりである。(甲28)
平成8年 1828個 9億2532万7000円
平成9年 2107個 10億4778万0477円
平成10年 3595個 16億7070万9500円
平成11年 3624個 18億4645万2500円
平成12年 3176個 13億2356万6808円
平成13年 3326個 16億7066万8500円
平成14年 4665個 27億4891万5000円
平成15年 8173個 50億5399万2000円
平成16年 9771個 69億0445万0800円
平成17年 9458個 78億8667万9400円
平成18年 1万0810個 97億2426万0889円
ウ 債権者は,昭和60年から平成8年までの間,債権者商品の広告宣伝費として,合計約6200万円を支出した。(甲36)
 債権者商品は,販売開始以来,多数の雑誌で紹介されており,平成16年から平成19年にかけて発売された雑誌だけでも,延べ27回掲載された。これらの雑誌等においては,債権者商品が債権者の商品であることが明示されるとともに,債権者商品を正面又は側面から写したカラー写真が掲載された。(甲1ないし27,36)
 また,平成13年6月には,債権者商品を含む債権者の商品のみを特集した雑誌が発売された。(甲29)
 上記で認定した事実によれば,債権者商品は,上記(ア)ないし(オ)記載の形態をしており,台形状で,蓋部に鍵穴状の切り込みがあり,本体背面部から正面に延在する一対のベルトを有している点等において,他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有しているものということができる。上記(ア)ないし(オ)記載の形態のうちには,それだけを個別に取り出せば,バッグの機能から当然に生じる形態にすぎない部分もあるものの(例えば,一対のハンドルが縫合されていることや,蓋部が設けられていること等),そのような部分があることは,債権者商品が全体として上記のような独自の特徴を有していると認定することの妨げとなるものでないことは明らかである。そして,債権者商品が昭和59年から継続的に販売され,平成9年には債権者商品の売上高が10億円を超えたことなどの債権者商品の販売状況や,債権者が昭和60年から平成8年までの間に債権者商品の広告宣伝費として合計約6200万円を支出したこと,債権者商品がその形態を撮影した写真とともに雑誌等において多数回にわたり紹介されてきたことなどの広告宣伝の状況等に照らすと,債権者商品の独自の特徴を有する上記の形態は,遅くとも,債務者商品の販売が開始された平成14年3月ころまでには,債権者の商品であることを示す表示として需要者の間に広く認識され,少なくとも債権者の周知の商品等表示となったということができる。
 以上によれば,債権者商品の形態は,債権者の製造販売に係る商品であることを示す,不正
競争防止法2条1項1号の周知の商品等表示に当たる。 」
2 債務者商品は,債権者商品と類似するといえるか
 「前記争いのない事実等によれば,債務者商品の形態は,別紙債務者商品目録1及び2各記載のとおりであり,債権者商品の前記形態上の特徴と同一の特徴を具備するものであるから,債権者商品と債務者商品とは類似するということができる。
 債務者は,バッグの革質等や質感,縫製の仕方,ステッチやバッグ正面の金具の刻印の有無等について相違があることを挙げ,債務者商品は債権者商品と類似しない旨主張する。しかしながら,債務者が主張する上記の形態上の差異は,いずれも,前記の債権者商品と債務者商品の形態上の共通点に比して,瑣末な差異にすぎないというべきである。債務者の主張は,採用することができない。」
3 債務者商品は,債権者商品との間で混同を生じさせるおそれがあるか
「前記2,3において説示したとおり,債務者商品は,債権者商品の独自の特徴と同一の形態上の特徴を具備し,相互に類似していることに照らせば,需要者が,両者を誤認混同するか,少なくとも債務者商品を製造販売する債務者が債権者と何らかの資本関係,提携関係等を有するなどと誤認混同するおそれがあると認められる。
 債務者の主張する,債権者商品と債務者商品の価格差,販売形態の相違は,上記の判断を左右するに足るものとはいえない。」
4 保全の必要性があるか
 「疎明資料(甲34の1,2,甲35)及び審尋の全趣旨によれば,債権者商品は,1個100万円を超える高価なバッグであるのに対し,債務者商品の販売価格は約5万円であること,債権者商品と債務者商品とでは皮革の質が異なること,債権者は,平成18年12月13日,債務者に対し,債務者が債権者商品の形態に酷似したバッグを販売する行為は,同バッグが債権者の商品であるかのような誤認を与えるものであり,不正競争防止法2条1項1号及び2号に該当するとして,同バッグの販売行為の即時中止等を求めたこと,債務者は,同月22日,債権者に対し,債権者商品の形態に酷似したバッグを販売しておらず,不正競争防止法2条1項1号及び2号に違反していないので,債権者の要求には応じられない旨回答し,上記警告を受けた後も,債務者商品を販売し続けたこと,が一応認められる。
 上記の債権者商品と債務者商品との価格差や材料となる皮革の質の相違に照らすと,債権者商品と形態が類似する債務者商品を廉価で販売する行為を放置するならば,債権者のブランドイメージや信用が毀損されるおそれがあり,前記の債権者の警告に対する債務者の対応等も併せ考慮すると,本案訴訟の提起及びその確定を待っていては,債権者に回復し難い損害が生じるおそれがあるものと認められるから,保全の必要性を肯定することができる。」

【検討】
 他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為は不正競争防止法2条1項3号により規制される。しかし、同号における規制では、被告が原告の商品と実質同一の商品を譲渡等したこと(不正競争防止法2条1項3号)、及び最初に販売された日から3年を経過していないこと(不正競争防止法19条1項5号イ)等が要件とされるため、同号による保護のみでは、必ずしも商品形態の十分な保護とは言えない。
 そこで、不正競争防止法2条1項1号により商品の形態を保護できるかが問題となる。
 この点について、不正競争防止2条1項1号は、保護をうける商品等表示の具体例として、「容器、包装」を列挙しており、学説も商品形態を同号により保護できるとするものが多数である。
 不正競争2条1項1号の要件は、①原告の商品等表示が(特定商品表示性)、②需用者の間に広く認識されていること(周知性)、③被告が①の商品等表示と同一又は類似の表示を使用し又は使用した商品等を譲渡していること(類似性)、④①が原告の商品又は営業と混同を生じさせるおそれがあること(混同)である。
 商品の形態が問題となった裁判例を見ると、商品の形態が技術的形態である場合には商品等表示にあたらないとされる(東京地判平成12年10月31日平成9(ワ)12191〔MAGIC CUBE〕東京地判平成17年2月15日判時1891号147頁〔マンホール用ステップ〕、大阪地判平成23年10月3日平成22(ワ)9684〔水切りざる〕)。また、周知性、類似性、混同の各要件も通常の出所識別標章を対象とした1号事案と同様に必要となる。たとえば、周知性では、商品の形態がそれが特定の者の商品であることを示す表示であると需用者の間で広く認識される必要があるとされる(大阪地判平成20年10月14日判時2048号91頁〔マスカラ容器〕等)。
 このように、不正競争防止法2条1項1号にて形態模倣の保護を要求するにはハードルが高いといえる(不正競争防止法2条1項1号にて形態模倣の保護を求めた原告の請求を否定した例として、東京地判平8年12月25日知裁集28巻4 号821 頁[ドラゴン・ソード]、東京地判平成12年10月31日平成9(ワ)12191〔MAGIC CUBE〕東京地判平成17年2月15日判時1891号147頁〔マンホール用ステップ〕、大阪地判平成23年10月3日平成22(ワ)9684〔水切りざる〕、東京地判平成26年10月17日平成25(ワ)22468[フランクフェイス] 等多数ある)。
 本件は、バッグの形態が不正競争防止法2条1項1号により保護されるかが争われた事例であり、これについて裁判所は、「特定の商品の形態が他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有し,かつ,長期間継続的かつ独占的に使用されるか,又は,短期間であっても商品形態について強力な宣伝等が伴って使用されることにより,その形態が,商品自体の機能や美観等の観点から選択されたという意味を超えて,特定の者の商品であることを示す表示であると需要者の間に広く認識されるようになった場合には,当該商品の形態が,不正競争防止法2条1項1号又は2号にいう商品等表示として保護されることになると解すべきである。」として商品の形態が商品等表示性に該当する一般論を述べたうえで、具体的あてはめにおいても商品等表示性を肯定し、原告の請求を認容した。
 本件は、保護のハードルが高いとされる不正競争防止法2条1項1号に基づく商品形態の保護を認めた事例として特徴を有するといえよう。

以上
(文責)弁理士・弁護士 高橋 正憲