【知財高判平成19年9月26日平18(行ケ)10174号】

【要旨】
 刊行物1,3記載の発明が「光硬化性流動物質」又は「液体,粉末等の材料」を使用するものであるとすることによって,「光硬化性流動物質」と「液体,粉末等の材料」とを一つのまとまりとして取り扱い,「材料」の上位概念をもって一致点とした際に,その「材料」の中に,「光硬化性流動物質」のみならず「材料粉末」をも含めてしまったため,本願発明について,進歩性の有無を判断すべき相違点を看過する結果となったものといわざるを得ない。

【キーワード】
引用発明の認定,上位概念化

1.事案の概要

 本件では,本願発明(特願平8-79054号)と刊行物1(特開平2-128829号公報)に記載された発明及び刊行物3(米国特許第5173220号公報)に記載された発明を上位概念化して一致点を認定した点が争点となった。

2.本願発明の内容

 本願発明の内容は,以下のとおりである。

【請求項1】
 成形対象物体の横断面に相当する複数のポイントで材料粉末からなる複数の層を電磁あるいは粒子放射を用いて順次連続して固化することにより3次元物体を製造する装置において,
 予め定められた高さ位置で上記物体を支持する上面を有する支持手段と,
 材料粉末が固化の際に接着する物質から予め作成され上記上面上に置かれた安定した基板と,
 上記基板を上記支持手段の上記上面に除去可能に設置する手段と,
 上記上面の上記高さ位置を変化させる高さ調節手段と,
 上記材料粉末の層を上記基板上あるいは上記基板上に形成された別の材料層上に供給する手段と,
 上記材料粉末の層を上記対象物体の横断面に相当する上記ポイントで照射する照射手段とを有することを特徴とする3次元物体を製造する装置。

3.審決の内容

(1)概要
 本願発明1は,刊行物1及び刊行物3等に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2)刊行物1から認定した発明の内容
 「容器内に収容した光硬化性流動物質中に浸漬される支部部材に対し,可撓性を有するシート状部材を着脱自在に固定して基盤面を形成し,位置決めされた深さの該シート状部材上の流動物質に選択的に光照射を行って硬化部分を形成し,次いで,硬化部分を形成したと同じ深さとなるよう基盤を沈降させ,選択的に光照射を行い,硬化部分上に新たにこれに連続する硬化部分を得る工程を繰り返すことにより,所望形状の固体形成を行い,該固体形成後に前記シート状部材を撓ませて,前記固体から該シート状部材を剥離することを特徴とする光学的造形装置」

(3)刊行物3から認定した発明の内容
 「液体,粉末等の材料を層状に連続的に形成することにより物品を製造する3次元造形技術に適用する装置の発明が記載されているものと認められ,摘示エ~カから,作用面を放射ビームに選択的に曝すことにより,物品の第1の層を形成し,部分的に形成された物品を材料中に降下させることにより,材料の更なる部分で,部分的に形成された3次元物品を被覆し,被覆とビーム曝露のステップを繰り返して,3次元物品を構成する複数の連続層を形成するに当たり,基台の上に『支持体(support structure)(32)』を形成した後,立体造形(stereolithography)を行うことにより,『物品(20)を基台(platform)に接着させる』こと」

(4)本願発明と引用発明の対比
<一致点>
 「成形対象物体の横断面に相当する材料からなる複数の層を電磁あるいは粒子放射を用いて順次連続して固化することにより3次元物体を製造する装置において,
 予め定められた高さ位置で上記物体を支持する上面を有する支持手段と,
 材料が固化の際に接着する物質から予め作成され上記上面上に置かれた基板と,
 上記上面の上記高さ位置を変化させる高さ調節手段と,
 上記材料の層を上記基板上あるいは上記基板上に形成された別の材料層上に供給する手段と,
 上記材料の層を照射する照射手段とを有する
3次元物体を製造する装置。」である点。

<相違点1>
 「材料」が,本願発明においては,「材料粉末」と特定されている点(相違点1)
(相違点2ないし4は省略)

【争点】
 本願発明と刊行物1及び3に記載された発明の一致点及び相違点の認定。

【判旨】
 判決は,刊行物1に基づく発明の認定について,以下のように判示した 。
「刊行物1に開示されている材料は「光硬化性流動物質」であり,刊行物3に開示されている材料は「液体,粉末等の材料」であって,両者は明らかに異なるものであるから,刊行物1に開示のない「粉末等の材料」を構成部分とする「刊行物1,3に記載された発明」を観念し,これを特許法29条1項3号にいう発明とすることは許されない(なお,両者の上位概念として便宜上「粉末等の材料」という概念を用いたとしても,これによって,相違点が実質上消失することはないのであるから,より上位概念化等の作業によって看過された相違点については,別途,相違点として判断の対象として検討しなくてはならないのであるが,後述のように,本件ではそのような検討はされていない。)。」

 また,判決は,刊行物3に基づく引用発明の認定について,以下のように判示した。
 「刊行物3には,上記のとおり,「液体,粉末等の材料」に関する記載があるが,唯一の実施例は,紫外線硬化液体材料を利用した立体造形装置であるところ,このような立体造形装置において,装置の適用材料につき,液体材料から粉末材料に置き換えただけで,流動性のある液体材料中と同様に,粉末を利用した立体造形装置として作動をし得るのか,具体的にいうと,粉末材料中で「浸漬される支部部材」を「沈降」させ得るものか,また,他に何の技術的操作を伴うこともなく,粉末材料中で「支持部材」を順次「沈降」させただけで,「硬化部分を形成したと同じ深さとなるよう」な,水平な表面を有する「粉末材料の層」が供給され得るものか明らかでなく,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして記載されていないことが明らかであり,実質的にも,刊行物3の「粉末等の材料」の記載をもって,「刊行物1,3に記載された発明」の構成部分とすることはできないことになる。

 そして,判決は,審決における本願発明と刊行物1及び刊行物3に記載された発明との一致点及び相違点の認定について以下の様に判示した。¹
 カ したがって,本願発明と「刊行物1,3に記載された発明」との対比において,相違点1に係る「『材料』が,本願発明においては,『材料粉末』と特定されている点」で相違するとし,争点を「粉末」と特定しているか否かに限局する審決の認定は誤りであり,本願発明においては「材料粉末」であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「光硬化性流動物質」である点で相違するものとしなければならない。
 キ この点について,被告は,刊行物1,3記載の発明は,「3次元光造形」又は「3次元造形」に適用する装置であり,それぞれ,「光硬化性流動物質」又は「液体,粉末等の材料」を使用するものであるとした上で,本願発明と刊行物1,3に記載された発明を対比するときに,前者における「材料粉末」と後者における「材料」とを対比して検討することは必須不可欠であって,これ以外に一致点の認定手法はあり得ない旨主張する。
 被告の上記主張は,刊行物3に,「液体,粉末等の材料」を利用する旨の記載があることに基づくものであるが,仮に,刊行物3にそのような記載があっても,この記載は刊行物1にはないのであるから,「光硬化性流動物質」と「液体,粉末等の材料」との選択が可能な「刊行物1,3に記載された発明」は,審決又は被告の創出したものであって,特許法29条1項3号にいう「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」といえないことが明らかである。
 結局,審決は,刊行物1記載の発明を基本としつつ,被告が自ら認めるとおり,刊行物1,3記載の発明が「光硬化性流動物質」又は「液体,粉末等の材料」を使用するものであるとすることによって,「光硬化性流動物質」と「液体,粉末等の材料」とを一つのまとまりとして取り扱い,「材料」の上位概念をもって一致点とした際に,その「材料」の中に,「光硬化性流動物質」のみならず「材料粉末」をも含めてしまったため,本願発明について,進歩性の有無を判断すべき相違点を看過する結果となったものといわざるを得ない。

【検討】
 本判決では,本願発明と刊行物1記載の発明の一致点を「材料」と上位概念化する際に,相違点と認定すべき刊行物1記載の発明が「光硬化性流動物質」である点の認定を看過したため,引用発明の認定に誤りがあると判断された。
 本判決は,本願発明と引用発明の一致点の認定において,本願発明と引用発明の技術的意義の差異を看過して,一致点を認定することは許されないが,本願発明と引用発明の両者を包含する上位概念を一致点と認定すること自体が許されないわけではないことを判断した東京高判平成16年9月30日平16(行ケ)66号の判旨に沿うものである。
 本願発明と引用発明に対し上位概念化がされて一致点が認定された場合,本願発明及び引用発明の技術的意義の差異を看過して上位概念化がされていないかどうか慎重に検討する必要がある。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一

¹前提としては,原審審決では,本願発明と「刊行物1,3に記載された発明」とを対比させていたことから,判決は,複数の刊行物から引用発明を認定することにつき,「刊行物1は特開平2−128829号公報であり,刊行物3は米国特許第5173220号明細書であって,別個に頒布された独立の刊行物であるから,特許法29条1項柱書きとその3号を適用する場合はもちろんのこと,同条2項を適用する場合における同条1項3号にいう『特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明』とするためには,引用発明とする技術が両者にそれぞれ開示されていることが必要であり,一方に存在しない技術を他方で補って併せて一つの引用発明とすることは,特段の事情がない限り,許されないものといわなければならない。」と判示した。