【平成19年5月15日(知財高裁 平成17 年(ネ)第10119号[レンジフードのフィルター装置事件])】

【判旨】

特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が肯定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

(1)特許請求の範囲

① レンジフードのフード内の排気口に着脱可能に配設されている金属製フィルタを覆うためのフィルタ装置であって,
② 前記金属製フィルタのフロント面をカバー可能なフィルタと,
③ このフィルタの周縁部に取り付けられ,かつフィルタを,前記フロント面で緊張させて前記金属製フィルタに取付けるためのリング状伸縮性紐状体とで構成されており,
④ 前記金属製フィルタは剛性で方形プレート状に形成されているとともに,上端部が排気口の上部に形成された溝又はスリットに挿入可能であり,下端部が排気口の下部に形成された溝に挿入可能であり,
⑤ 前記フィルタは,不織布で構成されているとともに,
⑥ 金属製フィルタのフロント面を被包可能なサイズを有し,
⑦ かつ前記金属製フィルタに対応した相似形状の平面方形状に形成されており,
⑧ 金属製フィルタの裏面での紐状体の収縮により,前記フロント面のフィルタに緊張力又は牽引力を作用させて,金属製フィルタに対してフィルタを取り付け,レンジフードの換気口に装着できるフィルタ装置。

(2)明細書

2.争点

 「相似形状」の充足性

3.判旨(下線部は当職が付した)

「相似形状」の解釈
 ところで,「相似形状」の意義については,構成要件⑦が「相似形状の平面方形状に形成されており」と規定し,「相似形状」の語句が「平面方形状」の語句を限定していることにかんがみて,単に方形状であれば「相似形状」の要件を満たすと解することはできない。しかしながら,数学的な厳密さをもって「相似形状」と解すれば,本件発明を実施することさえ困難となるから,結局,縦横の辺の長さの比がおおむね等しければ,相似形状といえるものと解するのが相当である。また,別表記載のとおり,市販されている金属フィルタの縦横比はきわめて多様であり,そのことは,当業者の技術常識であると考えられるから,本件明細書の「本発明では,レンジフードにおいて,サイズ,取付け角度の異なる種々のレンジフードの金属製フィルタ又はフィルタ要素に対して,フィルタを緊張させて簡便かつ容易に取付けでき,交換も容易である。」(段落【0025】)との記載を併せ考えても,本件発明における「相似形状」が,市販されている金属製フィルタの大部分に対して具備すべき要件であるとは解されず,縦横比がおおむね等しい金属フィルタがごく小数であって,例外的ともいえるような場合でないとき,換言すれば,金属フィルタの相当数において,おおむね縦横比が等しければ,構成要件⑦に関し,技術的範囲に属するものというべきである。

「相似形状」の充足性
 これを被告製品について考えれば,被告製品を構成するフィルタの寸法は「57cm×44cm(ゴム糸取付後は55cm×42cm)」であり,その「長辺:短辺」の比の値が約1.3であることに照らして,±0.15の範囲である1.15~1.45の比の値を有する金属フィルタとの関係で,「相似形状」として構成要件⑦を充足するものと認めるのが相当である。そうすると,別表記載の59個中,25個(金属製フィルタ2,3,6~8,11,14,15,17,19,25~32,39~41,46~49)がこれを充足し,これは,相当数というに足りるから,被告製品は,構成要件⑦を充足すると認められる。
 なお,原審被告らは,被告製品のフィルタは,四隅が丸くなっているから,平面方形状に形成されているものではないとも主張するが,上掲証拠によれば,被告製品のフィルタの四隅は,ゴム糸取付前は直角をなしていて丸みはなく,ゴム糸取付後も,各隅のわずかな部分が丸みを帯びるにすぎないと認められるから,全体として,方形状と認めることができる。

4.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 原審では、「相似形状」の解釈につき辞書の意義と、明細書の実施例の記載のみに基づいてかなり形式的な解釈をした結果、「「相似形状」とは,正方形と長方形や,縦横の長さの比が著しく異なる長方形同士の形状を含まないものと認められる。」とかなり限定的な解釈がされた。一方、控訴審では、①本件発明実施の困難性、 ②金属製フィルタの縦横比は極めて多数という当業者の技術常識の2点を考慮し、「相似形状」の意義、辞書の意義通りに解釈しなかった。
 課題等の限定がない点で、金融商品取引管理システム事件(知財高判平成29年12月21日)、印鑑事件(知財高判平成21年3月11日)に近いといえるが、本件はクレームの文言が辞書に記載がある明確な意味がある文言でも、クレームを広く解釈した点が特徴的な認定といえる。

弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)