【平成19年2月8日(大阪地裁 平成17年(ワ)3668号・平成17年(ワ)9357号[印鑑事件])】

【判旨】

特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が否定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

2.イ号製品

イ号製品の構成については、当事者間において争いがある。

3.争点

 イ号製品は、構成要件Bの「合成樹脂からなる芯材」を備えるか

4.判旨(下線部は当職が付した)

(1)  「芯材」の意義
 国語的には,「芯」は,「心」とも書き,辞書的には「物のまん中。1)物の中央の(固い)部分。2)かなめ。根本。本性。3)形を保ち整えるために衿・帯などに入れる布。4)華道で,中心となる役枝の称。」を意味するものと一般的に解される。本件発明1,2,3は印鑑基材の発明であるから,構成要件B,Cの「芯」は,2),3),4)ではなく,1)の意味と解される
 また,「材」は,辞書的には「1)建築などに用いる木。また,原料となるもの。2)用いて役に立つべきもの。3)役に立つ能力。また,それを有する人。」を意味するものと解されている。
 したがって,「芯材」は,「物のまん中の原料となるべきもの」ないし「物の中央の(固い)部分の原料となるべきもの」を国語的には意味するものと解される。
(2)  「芯材」を合成樹脂体と考えた場合
    ア 被告らは,被告らの主張する原告商品の構成b1の「該筒体内に注入された透明な合成樹脂体」が「芯材」に該当し,原告商品は,被告らの主張する原告商品の構成cのとおり「棒状体の外周面と筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体」という構成を有し,棒状体とシート体との間には「芯材」に相当する合成樹脂体が存在すると主張する。
 しかしながら,前記1(3)で認定したとおり,棒状体とシート体との間に存在するのは,基本的には接着剤であり,接着剤がシート体の内周面側(棒状体のある側)からシート体に浸透しているため,シート体と筒体との間に注入された合成樹脂は,シート体の外周面側から浸透しても,接着剤が浸透している部分まで到達した段階で,接着剤の存在に邪魔されてそれ以上浸透することはできない。ただ,接着剤の塗布量の多寡,ムラの状況,含有している空気(気泡)の有無・程度などによって,棒状体とシート体との間に微細な隙間が生じており,シート体の内部にも接着剤が浸透していない微細な点状の隙間部分が残っているため,シート体の外周面側から浸透した合成樹脂が,これらの微細な隙間を充填するように回り込んで固化しているので,棒状体とシート体との間の合成樹脂は,その限度において存在しているにすぎない。
 以上のとおり,棒状体とシート体との間に存在する合成樹脂は,ごく僅かな量のものが接着剤の存在していない微細な隙間部分を充填するような状態で点在しているにすぎず,これをもって,「物のまん中」にあるものとか,「物の中央にある(固い)部分」の原料ということはできないから,「芯材」に該当するとはいえない。
 また,本件発明1の芯材たる合成樹脂は,「芯材と前記筒体との内周面との間に介挿入されたシート体」(構成要件C)というのであるから,シート体より内側(筒体と逆の側)にあることになるところ,「前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化され」(構成要件D)ているのであるから,芯材たる合成樹脂がシート体へ浸透している方向は,シート体の内側からであることになる。・・・したがって,これを本件発明1の「芯材」とすることはできない。

5.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]。  
 本判決は、イ号製品として、原告主張を採用した(控訴審は、被告主張を採用している)。
 また、本判決は、クレーム解釈を、特許請求の範囲の記載だけに基づいて、「芯材」は,「物のまん中の原料となるべきもの」ないし「物の中央の(固い)部分の原料となるべきもの」を国語的には意味するものと解している。
 「芯材」の意義が一義的にが明確であるとすると、本判決の様な解釈も取れなくはないが、「芯材」の意義は多義的であるところ、このような場合に、明細書の参酌をしていない点は、十分なクレーム解釈がされているとは言い難い。
 クレームの文言が一義的でない場合であって、明細書の記載に基づき、限定して解釈ができない場合は、クレームは限定して解釈しないのが裁判例の傾向であるところ[2]、本判決は、このような裁判例の傾向に沿わないものと位置づけられる。そのため、本判決は控訴審で判断が覆っている。

弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)

[2] 知財高判平成29年12月21日(平29(ネ)10027号)[金融商品取引管理システム事件]等