【令和7年4月24日(東京地裁 令和4年(ワ)第2829号)】

 

第1 事案の概要

原告(森産業株式会社)は、しいたけの登録品種「森XR1号」(登録番号第17039号)について育成者権を有する者である。被告東陽物産は、しいたけ菌床を輸入して被告千葉泉産業に譲渡し、被告千葉泉産業は当該菌床によりしいたけを生産・販売していた。

原告は、被告らが原告品種と同一品種の種苗(菌床)を用いて収穫物を生産・譲渡し、又は当該種苗を輸入・譲渡したとして、育成者権侵害を理由に民法709条および719条1項に基づく連帯の損害賠償を求めた。

本件の審理の中心は、①被告各商品の子実体から行われた組織分離・培養・植継ぎ等の過程(サンプル形成過程)の信用性、②それを前提とする比較栽培試験(鑑定)の信用性にあった。すなわち、侵害(同一性)判断の基礎となる“証拠の入口”の健全性が争点の中核を占めた事案である。

 

第2 裁判所の判断

1 判断枠組み

裁判所は、比較栽培試験自体が第三者機関(種苗管理センター)で行われたことのみで直ちに信用性が担保されるものではなく、鑑定対象となる菌糸が「被告各商品由来であること」が手続全体として担保されている必要があるとの発想に立つ。そして、本件では、原告が関与した分離・植継行為等のプロセスに混在・すり替え等のリスクを排除できるだけの手続的担保があるかが精査された。

2 本件各分離行為・各植継行為等の信用性の否定

裁判所は、(ⅰ)目視確認の限界、(ⅱ)原告側関与部分の公平性欠如、(ⅲ)事後検証可能性の喪失(親株廃棄)等の事情を重ね合わせ、手続全体の信用性を否定した。

まず、種苗管理センター職員による確認について、裁判所は「目に見えない菌に関する作業」である以上、目視確認では足りない旨を指摘し、確認方法としての脆弱性を指摘した。

加えて、植継段階で、同一子実体由来の複数候補からより良好なものを原告担当者が選別した点につき、公平性担保の観点から不合理であるとした。すなわち、裁判所は種苗管理センター職員が立ち会っていたならば同職員が選定すればよく、あえて公平性を担保できない原告の担当者が選定していることは不合理であると判示した。

さらに決定的に、裁判所は親株の廃棄を重大視し、菌株保存の手法等の手続の正当性を検証するために重要な試料である親株を廃棄したことには重大な問題があり、親株の廃棄は不適切な措置といわざるを得ないと述べ、事後的検証可能性を自ら失わせた点を信用性否定の重要事情として位置付けた。

3 本件鑑定(比較栽培試験)の信用性の否定

裁判所は、鑑定の前提となる試験管等の用意・管理が本来的に第三者機関で行われるべきであったと強調し、透明性・公平性の観点から手続設計の欠缺を断じている。とりわけ次の判示は、本件の判断を端的に示す。

「本件各植継行為等は、本来的には、公平中立な第三者機関において実施されるべきものであり、…少なくとも、種苗管理センター等の第三者機関に当該試験管を用意させ、その親株も廃棄せずに保管しておくことは、裁判手続における鑑定の公平性、透明性の重要性に鑑み、必要不可欠であったというべきである。」

そして、原告が試験管を自ら準備し、親株も廃棄した点について合理的説明がない以上、分離・植継行為等は信用性を欠き、これを前提とする鑑定も信用性を欠くと結論付けた。

4 結論

裁判所は、上記信用性判断により、侵害の基礎付けができないとして、その余を判断することなく、原告請求を棄却した。したがって、共同不法行為(客観的関連共同性)や損害額(種苗法34条に基づく推定損害等)については、当事者主張の整理はされているものの、裁判所として実体判断に踏み込まない形で終局している。

 

第3 コメント

本判決は、育成者権侵害の成否以前に、同一性立証の前提となるサンプル採取・分離・培養・植継ぎ過程の信用性が確保されていなければ、比較栽培試験(鑑定)の結果も採用され得ないことを明確にした点で参考になる。

とりわけ、①試験管等を原告側で準備していること、②原告担当者が“良好な菌株”を選別していること、③親株を廃棄して事後検証を不能にしていることを重くみて、鑑定の公平性・透明性が担保されないと判断した点が実務上重要である。

今後、品種同一性の立証を企図する場面では、第三者機関主導での試料作成(容器・培地の用意を含む)、親株・原資料の保管による検証可能性の確保、裁量が入り得る選別工程の第三者化といった手続設計が不可欠となるといえる。

以上

弁護士 多良翔理