【令和8年1月16日(東京地裁 令和5年(ワ)第70505号)】
【キーワード】
商標法36条、民法709条、権利の濫用
【事案の概要】
本件は、原告が被告に対し、被告が業務用生ごみ処理機に被告標章(※)を付して販売すること等により、原告の保有する商標権(商標登録第5769618号。以下、当該商標権を「原告商標権」といい、これに係る商標を「原告商標」という。)が侵害されているとして、商標法36条1項及び2項に基づく差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条に基づく損害賠償金4億1742万2688円(損害期間は令和元年6月1日から令和7年3月1日まで。以下「本件損害期間」という。)及びこれに対する不法行為以後の日である同月29日から支払済みまで同法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
※本件において、被告標章と原告商標の類似及び被告が被告標章を付して販売する商品が原告商標の指定商品に当たることには争いがないため、被告標章に関する詳細な記載は割愛する。
【争点】
権利の濫用の抗弁の成否
【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)
第1 請求 省略
第2 事案の概要
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。以下、枝番号のある証拠について枝番号を記載しない場合は、全ての枝番号を含む。)
⑴ 当事者等
ア 被告は、業務用生ごみ処理機の製造及び販売を業とする会社である。
A(以下「A」という。)は、昭和60年頃から令和7年5月17日まで被告の代表取締役であった(乙37、被告代表者)。
イ 原告は、業務用生ごみ処理機の販売を業とする会社である。
⑵ 被告の行為
被告は、平成4年頃から、ゴミサーという商品名の業務用生ごみ処理機(以下「被告商品」という。)の製造・販売を開始し、本件損害期間中、被告商品に被告標章を付した上で、これを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、業務用生ごみ処理機に関する広告、価格表若しくは取引書類に被告標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に被告標章を付して電磁的方法により提供した。
⑶ Aによる商標登録及び商標権の消滅
ア Aは、平成5年12月7日、ゴシック体調の「ゴミサー」の文字を等間隔に配置した商標(以下「被告旧商標」という。)について、指定商品を第7類「生ゴミ処理機」とする商標登録出願をし、平成11年6月18日、その設定登録を受けた(登録第4284828号。以下、被告旧商標に係る商標権を「被告旧商標権」という。乙5、34)。
イ 被告旧商標権は、平成21年6月18日、存続期間の満了により消滅し、商標登録が抹消された(乙6)。
⑷ 原告による被告商品の販売及び商標登録
ア 被告は、平成8年2月7日、原告との間で、被告商品の販売代理店契約を締結し、原告は、被告の販売代理店として被告商品を販売するようになった(以下「本件販売代理店契約」という。)。
イ 原告は、平成27年1月19日、「ゴミサー」(標準文字)の商標(以下「原告商標」という。)について、指定商品を第7類「生ゴミ処理機、液体肥料製造装置」とする商標登録出願をし(以下「本件出願」という。)、同年6月5日にその設定登録を受けた(登録第5769618号。以下「原告商標権」という。甲3、4、46)。
ウ 原告は、令和元年から、株式会社テクノウェーブ(以下「テクノウェーブ」という。)が製造した業務用生ごみ処理機(以下「原告商品」という。)の販売を開始した。
⑸ 被告による無効審判請求及び訴訟提起並びに原告による本件訴え提起
ア 被告は、令和元年9月20日、原告商標について、商標登録無効審判を請求したが(無効2019-890054。以下「本件無効審判請求」という。)、特許庁が不成立審決をしたため、令和3年7月9日、審決取消訴訟を提起した(知的財産高等5 裁判所令和3年(行ケ)第10081号。以下「別件訴訟1」という。)。知的財産高等裁判所は、令和4年10月18日、被告が用いる「ゴミサー」との名称の周知性は認められず、原告商標は商標法4条1項10号及び19号のいずれにも該当しないとして、被告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。(甲9、80、81)
イ 被告は、令和4年2月2日、東京地方裁判所において、原告に対し、原告商品の製造元が被告であるかのような記載をして品質誤認表示(不正競争防止法2条1項20号)をしたなどとして同法4条に基づく損害賠償金の支払を求める訴えを提起した(同庁令和4年(ワ)第2551号。以下「別件訴訟2」という。)。
ウ 原告は、令和5年8月17日、被告標章の使用の差止め等を求めて、本件訴えを提起した。
2 争点 省略
3 争点に関する当事者の主張 省略
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
⑴ 前記前提事実に加え、証拠(後掲各証拠のほか、原告代表者、被告代表者、甲44、73の1及び乙37(ただし、後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、平成4年、バイオテクノロジーを利用して生ごみを処理する業務用生ごみ処理機である被告商品を開発し、生ごみがミキシング後に消滅し、液体となってサーっと流れていくことに由来する「ゴミサー」を商品名として決定した。被告は、その頃、被告商品の製造、販売を開始し、遅くとも平成9年頃には、被告商品に被告標章を付すようになった。また、平成13年頃の被告のパンフレットには、被告商品の商品名として、「ゴミサー」の文字から成る標章が表示され、被告標章が付された被告商品の写真が掲載されていた。(乙1、2、乙7の1、2、乙26、27)
イ 被告は、平成8年2月7日に原告と口頭で本件販売代理店契約を締結したほか、20社を超える事業者と販売代理店契約を締結し、直接又は販売代理店を通じて被告商品を販売していた。販売代理店との間の契約書には、販売代理店は、被告商品の宣伝方法について原告の了解を得なければならないことが記載されていた。(甲14、75)
ウ 被告商品は、平成6年度に山形県酒田市の小学校での導入が始まり、販売数はピーク時である平成10年から平成13年には年間200台以上、その後は概ね年間50台から100台を推移し、累計販売数は、平成11年に1000台を、平成17年に2000台を超え、令和元年9月12日時点までで約2900台であった。
このうち原告が販売した割合は、平成9年から平成18年までの間に1.53%から44.12%にまで増加し、平成19年からは60%を超えるようになり、本件出願がされた平成27年の前後は約62~80%、令和元年5月10日までの間の最大値は約80%(平成27年及び平成30年)であった。(甲72)
エ 被告は、平成16年から平成22年までの間、たびたび資金繰りに窮し、原告に融資や協力を求め、原告は、商品代金の前払の要請に応じるなどして協力した。(甲18〜21、23〜26、28、30、31、35、36)
オ Aは、平成11年6月18日に設定登録を受けた被告旧商標権の更新登録の申請を怠り、被告旧商標権は、存続期間の満了日である平成21年6月18日に消滅した。
カ 原告は、平成24年頃、被告が原告の見込み顧客に対して直接被告商品を販売したことに対抗するためとして、被告商品に付された製造元(被告)を示す名板を被告商品から剥がして販売し、被告はこれに抗議したことがあった。また、被告がかねてから原告のウェブサイトに製造元として被告の会社名を表示するよう求めていたのに対し、原告は、これを拒否していたが、平成26年3月頃から、ウェブサイトに被告商品の製造元として被告の会社名を表示するようになった。その際、被告は、当初の表示が不十分であるとの抗議をした。
また、原告が作成したパンフレット(平成31年3月配布(乙8の1))には、被告標章が付された被告商品の写真が掲載され、被告商品の製造元として被告の会社名、発売元として原告の会社名が記載されていた。(甲76、78、乙8の1~4)
キ 原告は、取引関係者の指摘により、被告旧商標権が消滅していることを知った。そこで、原告は、平成26年10月20日頃に、同取引関係者を通じ、その知人の弁理士に対し、被告旧商標権が消滅しているか、「ゴミサー」商標を原告が取得できるかを相談した。原告は、同弁理士から、原告が使用できるようにしたいだけなのか、被告にも使用させなくするつもりなのか、取得の目的が不明だが、ほぼデッドコピーの商品を同一名称で販売するのであるから、訴訟リスクがあり、別名称で展開する方が良いこと、先に取得していた会社に名称を使わせないようにするためには、商標権を取得後に差止め請求する方法があるが先使用権が問題となることなどのアドバイスを受けた。原告は、以前から付き合いのある別の弁理士に依頼して、平成27年1月19日に本件出願を行った。
原告は、同年6月5日に原告商標権の設定登録を受けたが、被告及びその販売代理店に対して、原告商標権の設定登録がされたことについて連絡しなかった。(甲40~43、74、乙13、14)
ク 原告は、被告に無断で、平成31年3月12日から開催される2019new環境展(以下、単に「環境展」という。)に、被告商品を出展しようとした。そのため、被告は、同月1日、原告代表者に対し、出展を強行するのであれば被告商品の卸売価格を上げること及び同月5日までに回答が欲しいことを記載したメール(甲47)に、値上げ後の価格を記載した見積書(令和元年6月1日受注分以降適用)を添付して送信した。ところが、原告は、これに返信せず、環境展に被告商品を出展した。(甲44、47、48、乙31)
ケ 被告は、令和元年5月10日、原告に対し、前記クのメールに対する返答がなく、このままだと前記クの見積書どおりに実行しなければならないので、早期の回答が欲しいこと、複数回電話をかけても連絡をもらえないこと、原告代表者が他社に生ごみ処理機の製造を委託していると述べたこと、そうであれば、「ゴミサー」は使用できないので、原告のウェブサイトから「ゴミサー」を抹消して欲しいことを記載したメール(甲48。以下「本件メール」という。)を送信した。被告は、その後、取引先からの連絡を契機に、被告旧商標権が消滅し、原告商標権が登録されていることを知った。(甲48、乙37)
コ 原告は、同年5月までに、テクノウェーブに原告商品の製造を委託した。被告は、同年6月10日、原告に対し、原告が被告に原告商標権を譲渡することを含む提案書(乙39。以下「本件提案書」という。)をメールで送信したが、原告はこれに応じなかった。(乙35、38)
サ 原告は、同年5月7日の発注を最後に、被告商品の発注をせず、同年6月20日頃から、原告商品に「ゴミサー」の文字から成る独自の標章を付して販売するようになった。もっとも、原告のウェブサイトには、令和3年8月30日まで、会社概要ページの取引先欄に「生ごみ処理機ゴミサー製造元」として被告の会社名が記載され、原告商品の紹介ページにも同趣旨の記載があった。(甲5、6、乙35、38)
シ 被告は、令和元年9月20日、原告商標についての本件無効審判請求をし、これに対する無効不成立審決について審決取消訴訟(別件訴訟1)を提起し、また、令和4年2月2日、原告に対し、前記サの原告商品に関するウェブサイトの被告の会社名の記載などが品質誤認表示に当たると主張して別件訴訟2の訴えを提起した。
原告は、別件訴訟1の被告敗訴の判決が令和5年3月に確定したことを受けて、同年4月10日付けで、被告に対し、被告商品の製造販売等に被告標章を使用しないよう求めた。
東京地方裁判所は、同年11月10日、別件訴訟2について、原告に約9100万円の損害賠償金の支払を命ずる判決をし、その控訴審である知的財産高等裁判所は、原判決を変更して原告に約6800万円の損害賠償金の支払を命ずる判決をした。(甲10、11、乙11、42)
ス 被告は、令和元年5月以降も、直接又は販売代理店を通じて被告商品の販売を継続し、被告商品のパンフレット(乙7の3、乙8の1)、被告のウェブサイト(乙8の2~4、乙26)及び被告の販売代理店のウェブサイト(甲89~92)には、被告商品の商品名として「ゴミサー」の文字から成る標章が表示され、被告標章が付された被告商品の写真が掲載されていた。(甲88~92、乙28~30)
⑵ 事実認定の補足説明
ア 原告は、本件出願についての被告の認識(前記⑴キ及びケ)に関し、原告は、平成26年11月頃、被告から本件出願をするよう求められ、この求めに応じて本件出願を行ったと主張し、原告代表者も同旨の供述及び陳述(甲44)をする。
これに対し、被告は、上記のようなやり取りはなく、令和元年5月に第三者から連絡を受けるまで、原告商標権について知らなかったと主張し、被告代表者(A)も同旨の供述及び陳述(乙37)をする。
そこで検討するに、原告と被告の間では、平成26年までの間、被告商品の出所を示す被告の会社名の表示に関して対立があったものであり(認定事実カ)、その後である同年11月頃に、被告が、現に使用中の被告標章に類似する原告商標の出願を行うよう求めるというのはにわかに考え難い。また、原告が被告の求めに応じて本件出願をしたのであれば、被告に出願及び登録の経過について連絡するはずであるが、そのような連絡をしていない(同キ)のも、不自然である。
かえって、原告に対する弁理士のアドバイスが、原告が被告に無断で「ゴミサー」の商標権を取得することを前提とした内容であること(同キ)、被告が令和元年5月に原告による「ゴミサー」の標章の使用の中止を求めていること(同ケ)は、本件出願について聞かされていなかったとの被告代表者の供述及び陳述に沿うものである。
以上によれば、上記原告代表者の供述及び陳述を採用することはできず、被告が、原告に本件出願を行うよう求め、原告がこれに応じて本件出願を行ったと認めることはできない。
なお、被告が平成22年まで資金繰りに窮していたこと(前記エ)、本件提案書に原告の行為に対する様々な苦情が記載されているのに原告商標権の取得に関する苦情が記載されていないこと(乙39)は、上記判断を左右するには足りない。
イ 原告は、原告商品の販売に至る経過(前記⑴コ及びサ)に関し、被告が本件メール(甲48)によって本件販売代理店契約を一方的に解消し、被告商品の出荷を打ち切ったため、やむを得ず、原告商品の販売を開始したと主張する。
しかし、本件メールには、本件販売代理店契約の解消についての記載はなく、被告商品以外の生ごみ処理機を販売するのであれば、「ゴミサー」の標章を使用することはできないことを述べているにすぎないから、これをもって、本件販売代理店契約を終了させる旨の意思表示であると解する余地はなく、また、被告が原告から発注があったのに被告商品の出荷を打ち切ったことを示す証拠も見当たらない。
2 争点⑴(権利の濫用の抗弁の成否)について
⑴ 原告による被告に対する原告商標権に基づく権利行使が権利の濫用に当たるかについて検討する。
ア 被告は、平成4年頃から、自社が開発した被告商品の商品名を造語である「ゴミサー」に決定して以来、被告商品について「ゴミサー」の文字から成る標章を使用し、遅くとも平成9年頃から被告標章を被告商品に付していたこと(認定事実ア)、被告は、直接又は原告を含む複数の販売代理店を通じて事業者等に被告商品を販売し、その販売数はピークの時期で年間200台以上、平成14年以降は年間50台から100台程度であったこと(同イ及びウ)、被告のパンフレットには、被告商品の商品名として「ゴミサー」の文字から成る標章及び被告標章が付された被告商品の画像が表示され、被告は、販売代理店との間で契約書を締結して広告の内容についても管理していたこと(同ア及びイ)、被告商品には製造元として被告の会社名が記載された名板が付されていたこと(同カ)からすれば、本件出願の当時、業務用生ごみ処理機について使用される被告標章を含む「ゴミサー」の標章には、被告商品の開発製造者であり、複数の販売代理店に対する販売元に当たる被告の信用が化体していたものといえる。
一方、原告は、本件出願時までに、被告商品の総販売数のうち60%以上、多い時には約80%を販売する最有力の販売代理店であり(同ウ)、「ゴミサー」の標章への信用の蓄積に相当程度貢献したものといえる。しかし、業務用生ごみ処理機のような機械は、製造者によって、製造される機械が本来有すべき性能を備えるものとなっているか否か、不具合の多寡などが左右されるといえるし、被告商品には製造元として被告の会社名が付されていたこと(同カ)も踏まえれば、仮に、同標章に、被告商品の精力的な営業活動を通じて原告の信用が化体しているとしても、それは一販売代理店としての信用であって、原告独自の信用ではない。
なお、被告旧商標権が存続していた間は、原告は、販売代理店として必要な限度で「ゴミサー」の標章の使用を許諾されていたものと解されるが、被告旧商標権が平成21年6月18日に消滅したからといって、被告が「ゴミサー」の標章についての権利を放棄したことにはならないし、被告から原告に「ゴミサー」の標章に化体した信用が移転するものでもない。
イ そして、本件出願の経緯をみると、前記1⑵アによれば、原告は、被告旧商標権が消滅していることを知ると、被告が被告商品について被告標章を使用していることを十分に認識しながら、本件販売代理店契約の継続中に、被告に無断で原告商標権の設定登録を受けたものである。
また、原告による権利行使に至る経過をみても、原告が主張する被告による本件販売代理店契約の一方的解消の事実を認めることができないのは前記1⑵イのとおりであり、かえって、前記1⑴キ~サ認定の経過に照らせば、原告は、原告商標権の設定登録の事実を被告に知らせず、被告による被告標章の使用に対する権利行使もしていなかったにもかかわらず、被告との間で本件販売代理店契約の終了や「ゴミサー」標章の使用について何らの協議をすることがないまま、被告商品の販売を中止し、「ゴミサー」の標章を付した原告商品の販売を開始し、その後、本件無効審判請求が確定したのを受けて、原告商標権の権利行使を行ったものである。
ウ 他方、被告は、平成4年から令和7年に至るまで、被告商品について被告標章を含む「ゴミサー」の標章を使用し、直接又は販売代理店を通じて被告商品を販売していたものであり、原告も、令和元年5月までは、被告の販売代理店として製造元として被告の会社名を表示して被告商品の販売を継続し、さらに、令和3年8月30日まで、原告ウェブサイトでも「ゴミサー」という業務用生ごみ処理機の製造元として被告の会社名が表示されていた(認定事実ア、カ、サ及びス)。このように、本件出願の前後を通じ、被告による被告商品についての被告標章の使用態様は変わっておらず、原告が被告商品の販売を中止し、原告商品の販売を開始したからといって、被告が被告商品について被告標章を使用する正当な利益が失われるものではない。
なお、原告による権利行使に先立って、被告が、原告商品の販売に関して別件訴訟2を提起したことが認められるが、これは、原告が、原告商品について被告が製造元であるかのような表示をしたことについての正当な権利行使であって、上記の正当な利益を失わせるものではない。
エ 以上のとおりの「ゴミサー」の文字から成る標章に化体した信用の帰属、本件出願から権利行使に至る経緯、被告における被告標章の利用状況など本件に現れた一切の事情に照らせば、原告の被告に対する原告商標権に基づく権利行使は、権利の濫用として許されないというべきである。
⑵ 原告の主張に対する判断
原告は、原告商標権に基づく権利行使が権利の濫用に当たらない事情として、①原告が被告商品の最有力の販売代理店であり、「ゴミサー」の標章には原告の信用が化体していること、②被告が原告に対して本件出願をすることを求めたこと、③被告が本件メールによって本件販売代理店契約を一方的に解消したことからやむを得ず原告商品の製造委託を開始したことを主張するが、これらの点に関する判断は上述したとおりであり、いずれも採用することはできない。
なお、被告標章が被告の業務に係る商品を示すものとして周知であるとまではいえないが、被告標章に被告の信用が化体していたといえるのは前記⑴アに説示したとおりであり、周知性を獲得するに至っていないことは、本件に現れた一切の事情に照らし権利の濫用に当たるとの前記⑴の判断を左右するものではない。
第4 結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
【若干の解説】
1 総論
商標権者は、指定商品・指定役務と同一又は類似の商品・役務について登録商標と同一又は類似の商標を使用する者に対し、商標法36条に基づく差止・廃棄請求を行い、かつ民法709条に基づく損害賠償請求を行うことができる。もっとも、こうした権利行使にも権利濫用法理(民法1条3項)が妥当することから、当該権利行使は、それが権利の濫用に当たると認められる場合には例外的に否定される。
本判決は、商標権の行使が権利の濫用に当たるとして否定された事案である。以下、本判決の判断について整理しつつ、若干の補足を行うこととする。
2 本件の判断
⑴ 裁判所が摘示した事情
以下、裁判所が権利の濫用を判断する上で摘示した事情を順に検討する。
ア 「ゴミサー」の文字から成る標章に化体した信用の帰属
裁判所は、権利の濫用の判断に当たり、まず「ゴミサー」の標章に化体した信用について以下のとおり述べている。
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ア 被告は、平成4年頃から、自社が開発した被告商品の商品名を造語である「ゴミサー」に決定して以来、被告商品について「ゴミサー」の文字から成る標章を使用し、遅くとも平成9年頃から被告標章を被告商品に付していたこと(認定事実ア)、被告は、直接又は原告を含む複数の販売代理店を通じて事業者等に被告商品を販売し、その販売数はピークの時期で年間200台以上、平成14年以降は年間50台から100台程度であったこと(同イ及びウ)、被告のパンフレットには、被告商品の商品名として「ゴミサー」の文字から成る標章及び被告標章が付された被告商品の画像が表示され、被告は、販売代理店との間で契約書を締結して広告の内容についても管理していたこと(同ア及びイ)、被告商品には製造元として被告の会社名が記載された名板が付されていたこと(同カ)からすれば、本件出願の当時、業務用生ごみ処理機について使用される被告標章を含む「ゴミサー」の標章には、被告商品の開発製造者であり、複数の販売代理店に対する販売元に当たる被告の信用が化体していたものといえる。 |
ここでは、
・被告標章を含む「ゴミサー」の標章には、被告商品の開発製造者であり、複数の販売代理店に対する販売元に当たる被告の信用が化体していたといえること。
・仮に、同標章に、被告商品の精力的な営業活動を通じて原告の信用が化体しているとしても、それは一販売代理店としての信用であって、原告独自の信用ではないこと。
・「ゴミサー」の標章に係る被告旧商標権が消滅したからといって、被告が当該標章についての権利を放棄したことにも、被告から原告に当該標章に化体した信用が移転することにもならないこと。
が述べられている。裁判所は、これらの事情に言及した趣旨について具体的に明示していない。もっとも、当該事情からは、少なくとも、権利行使を認めた場合に失われる利益(「ゴミサー」の標章に化体した被告の信用)に比べて、保護される利益(同標章に化体した原告の信用(ただし、上記のとおり原告独自のものではないと認定されている。))が相対的に小さい、ということは言えるものと思われる。
イ 本件出願から権利行使に至る経緯
続いて、裁判所は原告の本件出願から権利行使に至る経緯について、以下のとおり述べる。
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イ そして、本件出願の経緯をみると、前記1⑵アによれば、原告は、被告旧商標権が消滅していることを知ると、被告が被告商品について被告標章を使用していることを十分に認識しながら、本件販売代理店契約の継続中に、被告に無断で原告商標権の設定登録を受けたものである。 |
ここで述べられる事情についても、裁判所は、いかなる趣旨で考慮されるものか具体的に明示していない。もっとも、原告が本件出願に至る経緯からは、原告は被告が不利益を被ることを知りながら被告に無断で原告商標権を取得したことが窺われ、また権利行使の経緯からは、原告は、被告に対し何ら権利行使していなかった従前の態度から一転して、調整の余地を設けることなく、本件の権利行使に踏み切ったことが窺われる。このような点から、当該事情は、原告の被告に対する加害目的や害意性を(明瞭ではないものの)推認させるものと位置付けることも可能と思われる[1]。
ウ 被告における被告標章の利用状況
最後に、裁判所は、被告における被告標章の利用状況につき、以下のとおり述べた。
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ウ 他方、被告は、平成4年から令和7年に至るまで、被告商品について被告標章を含む「ゴミサー」の標章を使用し、直接又は販売代理店を通じて被告商品を販売していたものであり、原告も、令和元年5月までは、被告の販売代理店として製造元として被告の会社名を表示して被告商品の販売を継続し、さらに、令和3年8月30日まで、原告ウェブサイトでも「ゴミサー」という業務用生ごみ処理機の製造元として被告の会社名が表示されていた(認定事実ア、カ、サ及びス)。このように、本件出願の前後を通じ、被告による被告商品についての被告標章の使用態様は変わっておらず、原告が被告商品の販売を中止し、原告商品の販売を開始したからといって、被告が被告商品について被告標章を使用する正当な利益が失われるものではない。 |
上記の事情についても、具体的にいかなる趣旨で考慮されたか明示する記載はない。ただ、「被告が被告商品について被告標章を使用する正当な利益」という記載からは、権利行使を認めることで失われる利益の要保護性を示す事情として考慮されたと整理する余地があるものと思われる。
エ 小括
以上の事情等を踏まえ、裁判所は以下のように結論し、原告による権利行使が権利の濫用に当たることを認めた。
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エ 以上のとおりの「ゴミサー」の文字から成る標章に化体した信用の帰属、本件出願から権利行使に至る経緯、被告における被告標章の利用状況など本件に現れた一切の事情に照らせば、原告の被告に対する原告商標権に基づく権利行使は、権利の濫用として許されないというべきである。 |
⑵ 先使用権の抗弁との関係
補足として、裁判所は以下のようにも判示しているが、これは先使用権(商標法32条)との関係を意識した記載と思われる。
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なお、被告標章が被告の業務に係る商品を示すものとして周知であるとまではいえないが、被告標章に被告の信用が化体していたといえるのは前記⑴アに説示したとおりであり、周知性を獲得するに至っていないことは、本件に現れた一切の事情に照らし権利の濫用に当たるとの前記⑴の判断を左右するものではない。 |
商標法32条は、一定の要件を満たす場合に、先使用に基づき商標の使用をする法定の権利(先使用権)が認められることを規定しており、その要件の一つとして、登録商標の出願時における周知性(「現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」こと)を要求する。本件では、「周知であるとまではいえない」として被告商標の周知性が否定されているところ、周知性が認められない、すなわち先使用権が認められない場合に、権利濫用法理に基づき権利行使を認めないことが許されるかが問題となり得る。上記判示では、こうした取扱いも認められることが示されている。
3 所見
以上のとおり、本件では、商標権の行使に係る権利濫用該当性の判断に際し、主として「ゴミサー」の文字から成る標章に化体した信用の帰属、本件出願から権利行使に至る経緯及び被告による被告標章の利用状況の三点が考慮された。
同様の事例においても上記三点を考慮すべきことは言うまでもない。一方で、権利濫用の有無を判断した事例には、権利を行使する者とその相手方の主観的事情、客観的事情及び問題となる権利の性質並びにその権利を発生させる規定の立法趣旨等種々の事情が考慮される事例が多く、したがって同種事例における考慮要素も上記三点に限られるわけではないものと思われる。結局のところ、個々の事例に応じて、諸々の事情が、いかなる理由で権利濫用を肯定し、又は否定するのかを整理しつつ、事案に即した主張を行うことが重要と考えられる。
[1] 権利濫用の抗弁の判断に際して、一定の客観的事情が意図や動機を推認させるものとして意味を持つと判示した判例に、最判平成7年3月28日裁判所時報1144号3頁がある。同判例は、会社の代表取締役である夫が当該会社から賃貸して妻とともに居住していた建物について、夫婦仲の悪化から夫が退去した8日後に、会社と夫との間の賃貸借契約が合意解除されたことを理由として会社から妻に建物の明け渡し請求がなされたのに対し、妻から権利濫用に当たる旨の抗弁がなされたという事例に関して、妻と夫との婚姻生活に関する事実は合意解除に関する事実と相まって「本件建物の明渡しを求める被上告会社の意図ないし動機を推認させる事情の一部として意味がある」と判示した。
以上
弁護士 稲垣紀穂

