【令和8年1月15日(知財高裁 令和7年(行ケ)第10039号)】

 

◆主な争点:

  • 主引用発明(甲2発明)に副引用例(甲1)の記載事項(甲1記載事項)を組み合わせる動機付けの有無
  • 主引用発明における「最大吸収波長が360nm以上400nm以下である紫外線吸収剤」として、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂を採用することについての動機付けの有無

 

【キーワード】

 特許法第29条第2項/進歩性/動機付け/論理付け/理由付記義務

 

1 事案の概要

(1) 経緯:

 本件訴えに先立って、本件特許に対して特許異議の申立てがされた。
 当該特許異議申立事件において、原告(特許権者)は、本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1~10)を訂正する旨の訂正請求(本件訂正)をした。
 被告(特許庁長官)は、当該訂正請求を認めたうえで、本件特許の請求項1~7、9、10に係る特許を取り消す決定(本件決定)をした。
 原告は、本件決定を不服として、本件訴えを提起した。

(2) 主な判断事項:

ア 甲2(特開2013-216774号公報)に記載された発明(甲2発明)の「最大吸収波長が360nm以上400nm以下である紫外線吸収剤」として、甲1(特開2001-246687号公報)に記載された「ベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂」を採用する動機付けがあるか否か、という点について、裁判所は、当該動機付けがないと判断した。
 そして、上記動機付けがないとの判断に基づき、裁判所は、本件決定でされた判断(すなわち、本件訂正後の本件特許の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)は、甲2発明及び甲1の記載事項に基づいて当業者が容易に発明できたもので、進歩性が欠如するとの判断)は誤りであると判断した。

  ※ 甲2発明では、アンカーコート層に、「最大吸収波長が360nm以上400nm以下である紫外線吸収剤」が含まれるべきことが規定されている。

  ※ 甲2には、アンカーコート層に用いる紫外線吸収剤として、最大吸収波長が360nm以上400nm以下であるものの中から適宜選択すればよい旨の記載と共に、ベンゾフェノン系が好ましい旨の記載がされている。ベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂が好ましい旨の記載はない。

  ※ 甲1には、紫外線吸収層を構成する材料(紫外線吸収剤に対応)として、ベンゾトリアゾール系モノマー共重合アクリル樹脂を構成するモノマーである「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール」(甲1吸収剤)が記載されている。しかし、甲1には、いずれについても最大吸収波長の記載はない。

イ また、裁判所は、本件決定に被告が主張するような判断の理由が記載されていると読み取ることは困難であると判断した。

 

2 裁判所の判断

(※下線は筆者が付した)

第5  当裁判所の判断
・・・

(4)  相違点2についての検討
・・・
 原告は、・・・甲2発明においてアンカーコート層に含ませる紫外線吸収剤の最大吸収波長が「360nm以上400nm以下」であることは必須の構成であり、これを失わせることは甲2発明の目的を失わせるものであるから、当業者は、最大吸収波長の数値範囲を必須の構成とする甲2発明に、最大吸収波長の記載がない甲1吸収剤を採用しようと試みることはないから、甲2発明に甲1記載事項を適用する動機付けはないと主張する。
・・・  ここで、甲2には、アンカーコートに用いる紫外線吸収剤としては、最大吸収波長が360nm以上400nm以下であるものの中から適宜選択すればよいが、ベンゾフェノン系が好ましい旨が記載されている。
 他方、甲1には、実施例として、・・・塗料組成物として「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール(30wt%)共重合メチルメタクリレート」(これは、相違点2に係る本件訂正発明1の「ベンゾトリアゾール骨格、トリアジン骨格、及びベンゾフェノン骨格からなる群から選択される1種以上の骨格を1個以上有する(メタ)アクリレートに由来する構成単位」に当たる。)が含まれる構成の光触媒コート用積層フィルムが記載されているが、甲1には、紫外線吸収剤に相当する「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール」(甲1吸収剤)の最大吸収波長を読み取ることができる記載はない。
 そうすると、アンカーコートに用いる紫外線吸収剤として、最大吸収波長が360nm以上400nm以下であるものの中から適宜選択すればよいとされる甲2発明に接した当業者が甲1の記載に接したとしても、最大吸収波長が明らかではない甲1吸収剤を、甲2発明のアンカーコートに用いる紫外線吸収剤として採用する動機付けがあるとはいえず、これを左右する技術常識等も認められない
 よって、当業者が、本件優先日当時、甲2発明及び甲1の記載に基づいて、相違点2に係る本件訂正発明1の構成に容易に想到できたということはできず、これを容易に想到できるとした本件決定には誤りがある。

(5)  被告の主張について
ア 被告は、本件決定が、甲2発明におけるアンカーコートの紫外線吸収剤として、甲1記載事項の「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール(30wt%)共重合メチルメタクリレート」のようなベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂を採用することは容易に想到できたと判断したものである旨を主張し、原告の主張の前提を争うほか、甲2発明と甲1記載事項から、相違点2に係る本件訂正発明1の構成に容易に想到し得た旨を主張する。
 しかし、相違点2に係る本件決定の判断は、「甲2発明におけるアンカーコートとして甲1記載事項のものを採用することは、当業者が容易に想到できた」というものである。そして、ここで甲1記載事項とは、・・・塗料組成物に関する事項であり、当該塗料組成物が、「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール(30wt%)共重合メチルメタクリレート95部、変性飽和ポリエステル樹脂4部、メチル化メラミン樹脂1部を含有すること」を述べるものである。しかるところ、本件決定には、甲2発明における「紫外線吸収剤」として、甲1記載事項のうち紫外線吸収剤に相当する「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール」(甲1吸収剤)のようなものを採用するとか、「ベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂」を採用するなどの記載は見られないのであって、このような理由の記載のみから、本件決定が、甲2発明におけるアンカーコートの紫外線吸収剤として、「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール(30wt%)共重合メチルメタクリレート」のようなベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂を採用することは容易に想到できた旨の理由が記載されていると読み取ることは困難である。
 この点を措くとしても、甲2には、アンカーコート層に用いる紫外線吸収剤としては、最大吸収波長が360nm以上400nm以下であるものの中から適宜選択すればよいが、ベンゾフェノン系が好ましい旨が記載されているところ、そのような甲2発明につき、最大吸収波長が甲1の記載からは明らかではなく、かつ、ベンゾフェノン系でもないベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂を採用する動機付けがいかなる理由により認められるのかに関して、本件決定の論理は不明瞭というほかない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
イ 被告は、塗膜を形成する塗料に紫外線吸収剤を配合するとブリードアウトの問題が生じることや、紫外線吸収能を有する有機骨格を持つ重合体を用いてこれを解決できることは、いずれも本件優先日当時公知であったところ、当業者は、甲2発明においてもこのような課題が内在していることを認識できるから、甲2発明に、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂を採用することは十分に動機付けられると主張する。
 しかし、そもそも本件決定にはそのような理由が記載されていない上に、仮にそのような課題とその解決手段が公知であったとしても、被告の主張は、あえてベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂を採用する理由を説明できていない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
ウ 被告は、甲1の「紫外線吸収層(A)」が接着性を有しないとは断言できず、むしろ、屋外用途の積層フィルムが有すべき通常の接着性を有するものとみるべきであるし、甲1から「2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール(30wt%)共重合メチルメタクリレート」以外の具体的な化合物が特定できないとしても、当業者であれば、当然、通常の積層フィルムに使用する「変性飽和ポリエステル樹脂」や「メチル化メラミン樹脂」を使用するということができるから、甲2発明に甲1記載事項を適用する動機付けが認められるとも主張する。
 しかし、前記イと同様に、そもそも本件決定にはそのような理由が記載されていない上に、被告の主張は、甲2発明の構成につき別の何らかの構成を採用する動機付けの論理として成り立っていない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。

(6) 小括
 以上によると、本件決定には相違点2に係る容易想到性の判断に誤りがあって、この誤りは本件決定の結論に影響を及ぼすものであるから、本件訂正発明1と甲2発明との相違点1について検討するまでもなく、本件決定には取り消されるべき違法がある。原告の主張する取消事由1には理由がある。

 

3 コメント

 本判決は、最大吸収波長という数値限定が技術的中核を成す甲2発明につき、その最大吸収波長が引用文献(甲1)から把握できず、甲2でも使用することが示唆されていない紫外線吸収剤(ベンゾトリアゾール系紫外線吸収モノマー共重合アクリル樹脂)を採用することが「容易想到」とは言えないとし、本件決定に取消事由があるものと判断した。
 もっとも、本判決に基づいて、「最大吸収波長の不記載=常に動機付け否定」とまで一般化できるわけではない点にも留意が必要である。仮に、甲1吸収剤(2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリロキシエチルフェニル)-2H-ベンゾトリアゾール)が360~400nmの範囲に最大吸収波長を有する事実があったり、当該系統の紫外線吸収剤(ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤)が多くの場合360~400nmの範囲に最大吸収波長を有する事実があったりしたのであれば、本判決は逆の結論(容易想到と認める結論。)になっていた可能性も考えられる。特に、このような事実についての技術常識が存在していたような場合は、上記逆の結論になる可能性もより高かったであろう。

 また、本判決の特徴として、裁判所は、本訴において被告がした複数の主張(本件決定が正しいとする理由)について、本件決定にそのような理由が記載されていないことを指摘している。
 本件では、原告は、本件決定の取消理由として、「本件決定は、主引用発明である甲2発明の必須の構成を失わせてまで甲1記載事項を適用する動機付けを具体的に説明しないほか、容易想到性の判断において特段の根拠を示していないなど、特許を取り消す決定に一般的に求められる具体的理由を付すべき義務に違反しており(特許法120条の6第1項4号)、その程度は著しいというべきであるから、本件決定は取り消されるべきである。」との、理由付記違反も挙げていた。本判決では、取消理由として理由付記違反を取消理由として認める判示こそしていないが、上記のような理由の不記載の指摘は、このような原告の主張も意識してのものと解され、また、このような主張は裁判所の最終的な結論にも影響しているものとも考えられる。
 特許異議申立てに係る取消決定や拒絶査定取消審判の拒絶審決について争おうとする原告(特許権者や出願人)として、原決定や原審決で示されていない理由が被告(特許庁長官)から主張された時に、それが原決定や原審決で示されていない旨を指摘する重要性が確認された事案であるともいえる。

弁護士・弁理士 高玉峻介