【知財高判平成19年1月30日(平18(行ケ)10138号)】

【要旨】
 引用例1の液晶表示素子から,必須の構成である反射型直線偏光素子とミラーとの間に配置された位相差板を除外し,反射型偏光子のみを単独で取り出し,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」の発明(審決のいう引用発明)が開示されているとした審決の認定は,誤りであるというほかない。

【キーワード】
引用発明の認定,一部抽出

【事案の概要】
1.事案の概要
 本件は,拒絶審決に対する取消訴訟において,引用発明の認定に誤りがあり,その認定の誤りを看過したことに基づく進歩性に対する判断に誤りがあるとして,審決を取り消した事例である。

2.引用例1(特開平2-308106号公報)の記載
 引用例1には,①本発明は液晶表示素子に用いられる直線偏光光源であって,偏光としてはランダムな光源から1種類の直線偏光を非常に高効率に出射する直線偏光光源に関するものであること(1頁右欄第2段落),②発明が解決しようとする課題は,従来の直線偏光光源がランダムな偏光のうち半分の偏光しか利用できず残りの半分を捨ててしまっており効果が悪いという問題点を解決して,従来の直線偏光光源の効率の飛躍的な向上を目的とすること(1頁右欄最終段落~2頁左上欄第2段落),③当該目的を達成するために,解決手段として反射型直線偏光素子を用い,反射型直線偏光素子とミラーとの間に位相差板を配置することにより,ランダムな偏光を持つ光源の光を非常に高効率に1種類の偏光に変換するものであること(2頁左上欄第3段落)が記載されている。
 すなわち,引用例1に記載された発明は,反射型直線偏光素子4とミラー2の間に位相差板3を配置している構成により,反射型偏光子を通過しなかった他の一方の偏光が反射型偏光子により反射され,位相差板を通過し楕円偏光となり,楕円偏光がミラーで反射して逆回りの楕円偏光となり再び位相差板を通過し,反射型偏光子を通過可能な一方の偏光と同じ成分を有する偏光となること(2頁左上欄第4段落~左下欄第1段落),それにより,従来捨てていた他の一方の偏光も利用することを可能として,従来にない高効率の直線偏光光源が提供可能となること(2頁左下欄第2段落)により,上記②の目的を達成するものである。
 そして,この直線偏光光源は,液晶表示素子に用いられるものであって,その場合には,第1図(2頁右下欄)の矢印15の方向(図の左側)に,液晶モジュールが配置される。


また,引用例1には,光源と光源の背後に設けられたミラーと,一方の偏光のみを通過し,他の一方の偏光を吸収する直線偏光子を備えた直線偏光光源が,従来技術として記載されている(1頁右欄第3段落,第4図)が,この従来技術には,「光源,ミラー,光源と表示モジュールの間に配置された,一方の偏光のみを通過し,他の一方の偏光を吸収する直線偏光子を備えた直線偏光素子22」については記載されているものの,反射型直線偏光子を用いるものは記載されていない。

3.原審審決
 原審審決は,引用発明として,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」を認定し,引用発明において,ミラー及び位相差板を認定しなかった。

【争点】
 引用例1に基づく引用発明の認定が争われた。具体的には,引用例1から,ミラー及び位相差板を認定せず,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」を引用発明として認定することはできるか。

【判旨】
 本判決は,引用例1におけるミラー及び位相差板に関し,以下の様に認定した。
「以上のことからすれば,引用例1(甲1)には,「液晶表示素子であって,位相差板,光源,ミラー,表示モジュール,及び位相差板と表示モジュールとの間に配置され,一方の偏光を通過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む液晶表示素子」の発明(以下「引用例1の液晶表示素子」という。)が記載されており,この発明においては,従来捨てていた他の一方の偏光を利用するという上記②の目的を達成するためには,反射型偏光子とミラーとの間に位相差板を配置することが必須の構成であり,位相差板とミラーを有しない反射型偏光子単独では,他の一方の偏向を反射する意味がなく,従来技術の「他の一方の偏光を吸収する直線偏光子」を用いたもの以上の機能を有しないもの,すなわち,殊更に「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことが明らかである。」

 また,本判決は,審決の認定の誤りに関し,以下のように判示した。
「審決は,引用例1には,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」(引用発明)が開示されている(審決3頁第4段落),すなわち,引用例1(甲1)から「位相差板とミラーを有しない反射型偏光子を用いた液晶表示素子の発明」を含むものとして引用発明を認定したものであるが,引用例1に記載された発明において,反射型直線偏光素子とミラーとの間に配置された位相差板が必須のものであって,反射型偏光子単独では「他の一方の偏光を吸収する直線偏光子」に替えて「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことは,上記(3)のとおりである。また,引用例1には,「位相差板」を有しない直線偏光光源としては,従来技術として,光源と光源の背後に設けられたミラーと,一方の偏光のみを通過し,他の一方の偏光を吸収する直線偏光子を備えた直線偏光光源が記載されているのみであって,反射型直線偏光素子と光源の組み合わせからなる直線偏光光源は記載されていないことは,上記(3)のとおりである。
 以上のとおり,引用例1(甲1)には,「位相差板とミラーを有しない反射型直線偏光素子を備えた液晶表示素子の発明」が記載されていると認めることはできないのであるから,引用例1の液晶表示素子から,必須の構成である反射型直線偏光素子とミラーとの間に配置された位相差板を除外し,反射型偏光子のみを単独で取り出し,「液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子。」の発明(審決のいう引用発明)が開示されているとした審決の認定は,誤りであるというほかない。

 また,本判決は,被告の「引用例1(甲1)の記載から,液晶表示素子,光源,表示モジュール,反射型直線偏光素子等を容易に認識でき,他の事項との結び付きを離れて採用できない特段の事情があるわけでもないので,引用例1から『液晶表示素子であって,光源,表示モジュール,及び,一方の偏光を透過し,他の一方の偏光を反射する反射型直線偏光素子を含む,液晶表示素子』(審決のいう引用発明)が把握されることは明らかである」との主張を,以下のように排斥した。
 「確かに被告のいうように,引用例1には,液晶表示素子,光源,表示モジュール,反射型直線偏光素子の各構成要素が記載されていると認められる。しかし,引用例1の液晶表示素子においては,反射型偏光子とミラーとの間に位相差板を配置することが,必須の構成であり,位相差板とミラーを有しない反射型偏光子単独では,「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことは,上記(3)のとおりである。したがって,引用例1に審決のいう引用発明を構成する各構成要素が記載されていても,反射型偏光子を含む液晶表示素子の発明を,ひとまとまりの構成ないし技術的思想として把握することはできないから,被告の上記主張は採用することができない。」

 さらに,本判決は,被告の「引用例1(甲1)において,偏光状態がランダムな自然光である光源から反射型直線偏光素子に達する光は,位相差板の有無に関わらず偏光状態がランダムな自然光であるから,位相差板の有無は,反射偏光子を通過,反射する光の偏光状態を問題とする本願発明との対比においては引用発明の認定に影響を及ぼさない」との主張を,以下のように排斥した。
 「確かに被告のいうように,位相差板の有無は,ランダムな光源からの光が反射型直線偏光子において通過する一方の偏光成分と反射する他の一方の偏光成分に分けられるという作用に関する限り影響はない。しかし,引用例1の液晶表示素子は,従来捨てていた一方の偏光成分を有効利用するために,反射型直線偏光素子を用いるとともに位相差板を備えることとしたものであって,位相差板がなければ,反射した他の一方の偏光成分を一方の偏光成分へと変換することができないから,引用例1の液晶表示素子において,位相差板を有しない構成とすると,「反射型偏光子」を用いる技術的意味を有しないものとなってしまうことが明らかである。引用例1には,従来技術として,位相差板を用いない場合には,一方の偏光成分を透過し,他の一方の偏光成分を吸収する偏光子を用いるもののみが記載されていることからすれば,位相差板を有しない場合,すなわち,偏光子を通過しない偏光成分の有効利用を目的としない場合において,反射型偏光素子を用いることは想定されていないというべきである。

【検討】
 本判決は,引用例1における反射型直線偏光素子を引用発明として認定したが,引用例1におけるミラー及び位相差板を引用発明として認定しなかった。
 本件では,従来技術は,偏向素子として直進偏向素子を用いていたものを,本発明は,偏向素子として従来とは異なる反射型直線偏光素子を用いると共にミラー及び位相差板を用いることにより課題を解決したものであり,反射型直線偏光素子,ミラー及び位相差板がなければ,課題を解決できなかった。また,ミラー及び位相差板がなければ,従来技術である直進偏向素子に対し本発明が反射型直線偏光素子を採用したことが技術的に意味を有さなくなってしまうことから,ミラー及び位相差板が必須の構成と認定され,ミラー及び位相差板を除外し,反射型直線偏光素子のみを引用発明と認定することはできないと判断された。
 本判決の認定に基づけば,一部抽出の可否にあたっては,課題を解決するための必須の構成であるかどうかという点が大きく考慮されると考えられる。また,課題を解決するための必須の構成であるかどうかを判断するにあたっては,一部の構成のみを取り出し,他の構成を除外した場合に,当該一部の構成が技術的に意味を有さなくなるかどうかが考慮されると考えられる。さらに,当該一部の構成が技術的に意味を有さなくなるかどうかについては,従来技術と対比し,当該一部の構成を採用した技術的な意味が考慮されると考えられる。

以上

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一