【知財高判平成17年11月21日(平17(行ケ)10235号)】

【要旨】
公知刊行物に記載された発明を把握するに際しては,当該刊行物の特定箇所の記載のみをもっぱら参酌するのではなく,これと関連する記載を含め,当該刊行物の記載全体を,これと対比すべき特許発明の出願時の技術水準を前提として,参酌すべきである。そして,公知刊行物が公開特許公報である場合に,そこに実施例として記載された発明を把握するにあたっては,当業者は,当該実施例について具体的に記載された事項はもとより,これを包含する特許出願に係る発明に共通して記載されている事項をも参酌するものである。

【キーワード】
引用発明の認定

【事案の概要】
1.要旨
 本件は,無効審判の請求認容審決に対する取消訴訟において,原告は,引用発明の認定に誤りがある等として,審決の取消しを求めたが,引用発明の認定について審決の判断に誤りはない等として,請求が棄却された事例である。

2.引用刊行物(特開平5-261141号公報)の記載
   【0019】…之等容器の形状,大きさ等には特に制限はないが,一般には長方形や円筒形のものがよく用いられ,それらの内容量は一般的には約20ml程度から3l程度の範囲が汎用され,本発明でもかかる容器を用いるのが好ましい。

   【0044】
   【実施例3】炭酸水素ナトリウム5.8g及び塩化ナトリウム12.22g及び塩化カリウム0.3gを注射用水に溶解させて全量を1lとした水溶液を調製し,これをA液とする。また,塩化カルシウム・2水塩0.514g,塩化マグネシウム・6水塩0.204g及びブドウ糖2.0gを上記A液と同様にして調製し,これをB液とする。

   【0045】上記A液及びB液を,2室を有し用時混合可能なポリエチレン製容器(内容積:各室約1500cm3,膜厚:約0.5mm)の各室内にそれぞれ充填し,高圧蒸気滅菌(105℃,40分間)後,実施例1と同様にして包装した。次いで,炭酸ガス濃度30%の窒素-炭酸ガス混合ガス1lを,上記容器と包装材との空間部に封入して,本発明方法を実施して,本発明の医薬用水溶液収容容器(二次包装品)を得た。


【図面の簡単な説明】
【図1】本発明方法の実施により得られる本発明医薬用水溶液収容容器の一実施態様を示す概略図である。

3.原審審決
 審決は,引用刊行物に記載された容器を「長方形或いは円筒形で,内容量が20ml~3l程度の従来より医療分野で用いられているポリエチレン製の気体透過性を有するプラスチック製容器」と認定した。
   
【争点】
 引用刊行物に基づく引用発明の認定が争点となった。具体的には,引用発明として,円筒形の容器を認定することができるかが争点となった。

【判旨】
 引用刊行物の前記エの記載に照らせば,当業者は,実施例3に関し記載されている発明について,容器の形状が,「長方形」に限られず,「円筒形」でもよく,またその「内容量が20ml~3l程度」であってもよいと認識し得ることは明らかである。
 訴訟引受人は,本件審決が,実施例3について具体的に記載されている数字等を無視し,発明の詳細な説明中,実施例3について記載されている部分以外の記載に基づいて,引用発明を認定したことは誤りである旨主張する。しかし,公知刊行物に記載された発明を把握するに際しては,当該刊行物の特定箇所の記載のみをもっぱら参酌するのではなく,これと関連する記載を含め,当該刊行物の記載全体を,これと対比すべき特許発明の出願時の技術水準を前提として,参酌すべきである。そして,公知刊行物が公開特許公報である場合に,そこに実施例として記載された発明を把握するにあたっては,当業者は,当該実施例について具体的に記載された事項はもとより,これを包含する特許出願に係る発明に共通して記載されている事項をも参酌するものである。したがって,特定の実施例について具体的に記載された部分以外を参酌することは許されないという訴訟引受人の主張は,採用することができない。

【検討】
 本判決は,引用文献の明細書の実施例の欄には,容器の形状が「長方形」の実施例しか記載されていなかったが,引用文献においては,本願発明の抽象的な説明ないしは共通する説明として,容器の形状は「円筒形」のものも用いられることが記載されていたことから,実施例に記載された発明における容器の形状を「円筒形」と認定することも許されると判示した。
 このように,引用発明の認定において,刊行物の特定箇所の記載のみをもっぱら参酌するのではなく,当該刊行物の記載全体を参酌すべきであり,特許公報の実施例に記載された発明を把握するにあたっては,当該実施例に記載された事項のみならず,特許出願に係る発明に共通して記載されている事項をも参酌すべきである。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一