【平成17年5月25日 (知財高裁 平成17年(ネ)第10038号 )(原審・さいたま地方裁判所平成16年(ワ)第1090号)】

【キーワード】
標題,データ,グラフ,実験結果,実験条件など,科学論文中の図表に係る著作物性

【判旨】

 一般的な通常の手法に従って,データに忠実に,線グラフや棒グラフとして表現した本件図表は,著作物に当たらない。

第1.事案の概要

 本件は,A大学が,訴外B(以下「B」といいます。)が執筆した学位論文に基づき,Bに対して学位を授与したところ,控訴人が,上記学位論文が控訴人の創作に係る著作物を盗用して執筆されたものであり,A大学による上記学位授与行為は控訴人の有する著作権及び民法上の人格権を侵害するものである旨主張して,A大学を設置することを目的として設立された国立大学法人である被控訴人に対し,著作権法112条に基づき,学位の取消等を求めた事案です。原判決は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が,本件控訴を提起しました。
 本件では複数の争点が存在しますが,以下では,同争点のうち,上記学位論文で使用された各グラフの図表(以下「本件図表」といいます。)の著作物性に関する論点について,原判決の内容にも言及しつつ,ご紹介します。

第2.本判決及び原判決の内容

1.本判決の内容
「控訴人は,生のデータをグラフ化する場合には,一様でない表現が可能であるから,データをグラフ化した本件図表は,著作物に当たる旨主張する。
 控訴人の指摘するように,実験結果等のデータをグラフとして表現する場合,折れ線グラフとするか曲線グラフとするか棒グラフとするか,グラフの単位をどのようにとるか,データの一部を省略するか否かなど,同一のデータに基づくグラフであっても一様でない表現が可能であることは確かである。
 しかしながら,実験結果等のデータ自体は,事実又はアイディアであって,著作物ではない以上,そのようなデータを一般的な手法に基づき表現したのみのグラフは,多少の表現の幅はあり得るものであっても,なお,著作物としての創作性を有しないものと解すべきである。なぜなら,上記のようなグラフまでを著作物として保護することになれば,事実又はアイディアについては万人の共通財産として著作権法上の自由な利用が許されるべきであるとの趣旨に反する結果となるからである。しかるところ,本件図表は,その個々の正確な意味内容は本件全証拠によっても必ずしも明らかではないものの,その体裁に照らせば,いずれも,C研究室が高硫黄・高金属常圧残油の水素化分解触媒の開発について行った実験の結果等のデータを,一般的な通常の手法に従って,データに忠実に,線グラフや棒グラフとして表現したものであると認められる。したがって,本件図表は,著作物に当たらないものといわざるを得ず,控訴人の上記主張は理由がない。」

2.原判決の概要
 本判決は,本件図表の著作物性に関し,控訴審における控訴人の追加的な主張について判断したものですが,控訴人の著作権に関するその他の主張の是非については,基本的に原判決の内容を引用しています。
 その原判決では,概要,次のような判断がされています。

 すなわち,研究により発明・解明された内容をまとめた研究成果それ自体はアイディアであって著作物ではなく,また,本件図表については,その表現形式に創作性が認められるかが問題となり,創作性が認められるためには,著作者の個性が著作物に表れていることを要する。
 そして,本件図表は,研究成果をとりまとめた報告書の一部であって,図表にまとめて表現したグラフであり,本件図表中の標題はその内容を端的に表したもの,また,本件図表中の説明文は実験の条件等を表すことにより本件図表の記載内容を補足するものである。
 その上で,①対象となる実験等の選択は研究成果そのものであってアイディアである,②本件図表で示された数値等のデータは客観的な事実であって同一の条件で実験等を行えば誰が実施しても同じ結果となる性質のものである,③標題はその性質上,誰が付しても同じような表現にならざるを得ないものである,また,④実験条件等の記載は本件図表と一体をなし,実験等の結果を正確に表現しようとした場合には不可欠のものである。
 結論として,本件図表に関し,対象の選択はアイディアそのものであって表現ではなく,また,客観的な記載はその性質に照らし著作者の個性が表現物に表れているものではないことから,著作物性の要件としての創作性を欠き,本件図表は著作物には当たらない。

第3.説明

 著作権法2条1項1号は「著作物」について,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義しています。そして,事実それ自体は所与の客観的存在であり,人の精神的な活動の所産ではないため,「思想・感情」とはいえず,著作物たり得ません。事実自体に独占を認めると,表現の自由や学問の自由等に対する重大な弊害となり得るので,独占を認めるべきものではないともされます。このため,事実であるデータは,人がいかに刻苦勉励して見つけ出したものであり,かつ表現したものであっても著作物たり得ないとされます 。
 本件では,数値等のデータはもとより,一般的な通常の手法に従って,データに忠実に,線グラフや棒グラフとして表現した図表については著作物性がないことが示されました。もっとも,判旨では,「データを一般的な手法に基づき表現したのみのグラフは,多少の表現の幅はあり得るものであっても,なお,著作物としての創作性を有しない」とされているため,「一般的な手法」でない手法により表現されたグラフには著作物としての創作性が生じるようにも読めます。しかし,科学論文で使用されるグラフにおいて,そのような一般的でない手法が使用されることは通常考えにくいことから,実際の場面において,グラフに創作性が生じる場面は想定しにくいと考えられます。
 科学論文を起案する場面や学術的な講演を行う場面等において,他者の科学論文等で示された数値等のデータのほか,図表を使用したいと考えるケースも多々あると考えられますが,本件はこのようなケースにおいて参考になるものと思われます。

弁護士 永島太郎


中山信弘「著作権法〔第3版〕」51頁~53頁