【大阪地判平成17年9月22日 平成17(ワ)1394号[レンジフードのフィルター装置事件]】

【判旨】

原告の特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が否定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

(1)特許請求の範囲

① レンジフードのフード内の排気口に着脱可能に配設されている金属製フィルタを覆うためのフィルタ装置であって,

② 前記金属製フィルタのフロント面をカバー可能なフィルタと,

③ このフィルタの周縁部に取り付けられ,かつフィルタを,前記フロント面で緊張させて前記金属製フィルタに取付けるためのリング状伸縮性紐状体とで構成されており,

④ 前記金属製フィルタは剛性で方形プレート状に形成されているとともに,上端部が排気口の上部に形成された溝又はスリットに挿入可能であり,下端部が排気口の下部に形成された溝に挿入可能であり,

⑤ 前記フィルタは,不織布で構成されているとともに,

⑥ 金属製フィルタのフロント面を被包可能なサイズを有し,

⑦ かつ前記金属製フィルタに対応した相似形状の平面方形状に形成されており,

⑧ 金属製フィルタの裏面での紐状体の収縮により,前記フロント面のフィルタに緊張力又は牽引力を作用させて,金属製フィルタに対してフィルタを取り付け,レンジフードの換気口に装着できるフィルタ装置

(2)明細書

2.争点

 「相似形状」の充足性

3.判旨(下線部は当職が付した)

「相似形状」の解釈

証拠(乙7)によれば,「相似形」とは,「互いに相似の関係にある2つ以上の図形」を指し,相似とは,「互いに似ていること」ないし「1つの図形が一様に拡大または縮小すると他の図形と完全に重ね合わせられること」を,「相似比」とは「相似の関係にある2つの図形の対応する部分の長さの比」を指すものと認められる。上記事実によれば,通常の用語法においては,正方形と長方形や,縦横の長さの比が著しく異なる長方形同士を「相似形」の形状とは呼ばないものと認められる。

 上記「相似形状」について,本件明細書には,「フィルタは,金属製フィルタ又はフィルタ要素の平面形状に対応する相似形状を有していてもよい。例えば,フィルタは,方形状の金属製フィルタ又はフィルタ要素に対応して平面方形状であってもよく」(【0018】)との記載があるが,この記載を参酌しても,「相似形状」が,通常の用語法と異なる趣旨で使われていると解することはできない。したがって,構成要件⑦の「相似形状」とは,正方形と長方形や,縦横の長さの比が著しく異なる長方形同士の形状を含まないものと認められる。

 この点に関して,原告は,どちらも方形の場合,形状の分類においては同類であって,「相似」である旨主張するが,そのような用例が普通に使われていることを認めるに足りる証拠はない。

「相似形状」の充足性

イ  証拠(乙1の1・2,乙2ないし4)及び弁論の全趣旨(とりわけ,反訴状添付の被告製品の取扱説明書)によれば,被告製品の不織布は,縦横57cm×44cmないし55cm×42cmであるところ,縦横45cm×30cmまでの金属製フィルタに取り付けることができる汎用のフィルタであること,縦横45cm×30cmまでの金属製フィルタには,縦横の比率が様々な長方形のものが存在すること,したがって,被告製品は,例えば乙第2,第3号証に示される縦横44.8cm×27.7cmや縦横34.2cm×29.8cmの金属製フィルタのように,縦横57cm×44cmないし55cm×42cmの比率とは著しく異なった形状の金属製フィルタにも取り付けられることがあることが認められる。

 ウ  そうだとすると,被告製品は,縦横57cm×44cmないし55cm×42cmの比率とは著しく異なった形状の金属製フィルタに取り付けられるときには,「相似形状」の要件を満たさないものというべきである。

4.検討

クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]

一方、本判決では、「相似形状」の解釈につき、辞書の意義と、明細書の実施例(段落0018)の記載に基づき解釈がされており、課題等の記載は何ら考慮されていない。明細書においても、「相似形状」の文言は、実施形態の記載に1度と、解決手段の記載に1度しか登場しないことから、明細書に解釈の手掛かりとなる記載は殆どない。

本判決は、「相似形状」の解釈につき辞書の意義と、明細書の実施例の記載のみに基づいてかなり形式的な解釈をした結果、限定的な解釈がされたものと考えられる。一方、控訴審では、技術常識等も参酌した結果、「相似形状」が広く解釈され、充足するとの結論に変更されている。

特許権者としては、辞書の意義と、明細書の実施例の手掛かりしかない場合でも、技術常識を持ち出すことで、広くクレーム解釈がされることに留意する必要がある。

                                 弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)