【令和4年12月13日(知財高裁 令和4年(ネ)第10065号)】

 

【キーワード】

 用途発明、新規性、内在同一

 

1 事案の概要

 本件は、発明の名称を「エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤」とする発明に係る特許権(特許第5969161号。以下、この特許権に係る特許を「本件特許」という。)を有する控訴人が、被控訴人らが取り扱う医薬品に関し、それらを製造、販売する行為が上記特許権の侵害に当たると主張して、各医薬品の生産等の差止め及び廃棄を求める事案である。
 原審は、訂正前の請求項1、2及び4に係る各発明(本件発明)が、いずれも先行文献に記載された発明(乙1発明:「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトール)に対して新規性を欠くことなどを認定し、控訴人の請求をいずれも棄却した。これを不服として、控訴人は、本件控訴を提起した。

 

2 裁判所の判断

第3 当裁判所の判断
(略)
公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。
 そして、前記1⑵のとおり、本件発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。
(略)
 (ウ) しかしながら、前記⑶イの技術常識によれば、当業者は、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記⑶ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記⑶イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。
 以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。
さらに、前腕部である場合と他の部位である場合とで、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない
(略)
そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
 (オ) 以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。
 そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
 (カ) したがって、相違点1は実質的な相違点ではない
(略)
 以上によれば、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、特許無効審判により無効とされるべきものであると認められる。

 

3 コメント

 本件は、本件特許の優先日よりも前から、乙1発明の骨粗鬆症治療薬としてのエルデカルシトールは公知であり、このエルデカルシトールが投与された公衆は、本件発明における前腕部骨折抑制剤としての効果・効能も享受できていたと解されるところ、いわゆる内在同一が問題となる事案である。
 特許出願がされるよりも前から、特許出願の請求項に記載された「物」が公知であり、かつ、公衆がその「物」を使用することによって当該請求項に記載された「用途」に係る効果を享受していたような場合であっても、特許(新規性な等)が認められる場合はある(知財高裁平成31年3月19日〔平成30年(行ケ)10036号、IL-17産生の阻害事件〕、知財高裁平成18年11月29日〔平成18年(行ケ)10227号、シワ形成抑制剤事件〕等)。
 もっとも、特許が認められた事例では、公知になっていた効果実現のための機序と、特許出願において開示された効果実現のための機序とが異なるものであり、それによって、公知の物と当該特許出願に係る物との用途(使用シーン、使用対象等)が十分に区別できることが、特許を認めるにあたっての重要な考慮要素になっていたように解される。
 本件では、そのような用途の区別ができているとは認められず、前腕部骨折抑制剤と骨粗鬆症治療薬との相違が実質的な相違点ではないものとして、本件発明の新規性が否定されたものと理解される。

以上
弁護士・弁理士 高玉峻介