【平成22年3月23日(知財高裁 平成22年(行ケ)第10256号)】

 

【キーワード】

 用途発明、新規性、内在同一

 

1 事案の概要

 本件は、本件特許発明について請求された無効審判における特許維持の審決に対して、審決取消訴訟が提起されたものである。
(以下、「本件特許発明」の請求項1の内容を示す。なお、構成の各分説及びその符号は、審判におけるものである。)

 【請求項1】
  A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で
  B 金属塩還元反応法により調整され,
  C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm以下の白金の微粉末からなる
  D スーパーオキサイドアニオン分解剤。

 

2 裁判所の判断

第3 当裁判所の判断
…(略)…一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。
…(略)…
本件補正明細書には,…(略)…スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,…(略)…等が記載されている。
他方,甲1には,…(略)…白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されている
…(略)…そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。
 以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。
 これに対し,被告は,本件発明は,白金微粉末における,新たに発見した属性に基づいて,同微粉末を「剤」として用いるものである以上,新規性を有すると主張する。しかし,確かに,一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎないから,被告の上記主張は,採用の限りでない。

 

3 コメント

 本件特許発明の構成AないしC記載を充足する白金の微粉末は、従来技術(甲1)の白金微粉末として公知の「物」であった。また、甲1には、白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用(構成Dに相当する作用)が明示的形式的には記載されていないものの、甲1の白金微粉末を所定の方法で用いれば、「物」としての同一性に基づき、スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであった。
 すなわち、従来技術(甲1)のもとにおいても、白金微粉末を所期の目的で使用していれば、公衆は、本件特許発明で規定される「物」を、本件特許発明で規定される「用途」に使用するのと同様のメリットを享受できていたものと言え、本件は、いわゆる内在同一の問題が認められる事案である。
 本件において、裁判官は、本件特許発明と従来技術(甲1)の白金微粉末とで所期される効果に重複があることを指摘したうえで、両者がスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと理解される旨を認定し、本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術の新規性を否定した。
 本件においては、検討事項として、「発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和」が具体的に挙げられている。特に「第三者に与える影響,公益との調和」のようなパブリック・ドメインを考慮すべきことが明示されている点で本件には特徴がある。
(もっとも、例えば、東京地裁平成25年2月28日〔平成23年(ワ)19435号・平成23(ワ)19436号、ピオグリタゾン製剤事件〕においても、「特許権の及ぶ範囲を不当に拡張する結果をもたらすとの非難を免れない」として特許権の間接侵害の要件への該当性を否定するなどされており、その他の裁判例でも(明示的であるかは別として)裁判官がパブリック・ドメインに配慮する姿勢は見受けられる。)

以上
弁護士・弁理士 高玉峻介