【平成23年10月31日(知財高裁 平成23年(行ケ)10189号)】

◆進歩性に関する裁判例

【キーワード】

 引用適格性、進歩性、容易想到性

1 事案の概要

 本件は,原告Xが名称を「牛,鶏,豚の生物の疾病に対して塩化マグネシウムを利用する方法」とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をし,平成23年3月14日付けで手続補正(請求項の数1,発明の名称を「牛,鶏,豚の生物の細胞の活性化に対する塩化マグネシウムを利用する方法」と変更。以下、補正後の請求項1に係る発明を「本願発明」という。)をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

◆争点3(審決において本願発明の進歩性を否定する根拠となった引用発明が記載された引用例(原告であるXの著作)が、引用文献としての適格性を有するか)について

※:本件では、複数の争点が存在するが、本紙では、上記争点3についてのみ取り上げる。

2 裁判所の判断

第4  当裁判所の判断

……

   ウ 取消事由3(引用例には引用文献適格性がないこと)について

  原告は,①刑事事件において裁判所が引用例(乙1)の内容をでたらめと判断し,これを刊行物として認めなかったこと,②A教授が,引用例の内容をでたらめと判断したこと,③引用例が絶版となったことの3点を根拠に,引用例は引用刊行物として妥当でないと主張する。

  しかし,仮に刑事事件において裁判所が引用例の内容をでたらめと判断し,あるいはA教授が引用例の内容をでたらめと判断し,さらには引用例とされた刊行物が絶版になった事実が認められたとしても,当該刊行物が出版されたという事実自体が消滅するものではなく,引用例は特許法29条1項3号所定の「特許出願前に日本国内・・・において,頒布された刊行物」に該当する。

  したがって,引用例が引用刊行物としての適格性を欠く旨の原告の主張は採用することができない。

(以下略)

3 コメント

 本件では、引用例の内容が裁判上でたらめであると判断されたものであったとしても引用適格性を肯定する旨の判断が示されている。

 進歩性要件の趣旨からしても、引用例がでたらめであったとしても、当該引用例に接触した当業者が本願発明に想到することが容易になるのであれば、当該引用例に記載の用発明を引用発明として採用して本願発明の進歩性を否定することは、進歩性の規定の趣旨(※)にも合致すると考える。

※:通常の人が容易に思い付くような発明に対して排他的権利(特許権)を与えることは社会の技術の進歩に役立たないばかりでなく、かえって妨げとなるので、そのような発明を特許付与の対象から排除しようとするもの(工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第22版〕 85頁)

 もっとも、もしも引用例の内容が当業者が見れば明らかにでたらめであり、そのような事実はあり得ないと直ちに認識するようなものであったとすれば、通常の当業者は、その引用例に記載の発明に基づいて本願発明に想到することもなかったであろうと言い得るので、引用適格性を否定する結論もあり得たように思える。

 なお、本件は進歩性が問題となった事案であるため、新規性が問題になった場合は異なる判断がされる可能性は否定できない。

以上
弁護士・弁理士 高玉峻介