【令和7年10月8日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10085号)】

 

1 事案の概要

⑴ 手続の経緯等
 被告は、令和3年4月22日、発明の名称を「出力制御装置、出力制御プログラム、及びそれを用いた太陽光自家消費システム」とする特許出願(特願2021-072826号)をし、令和4年1月7日、特許権の設定の登録を受けた(特許第7004987号、以下「本件特許」という。)。
 原告は、令和5年3月30日、本件特許の請求項1ないし24に係る発明につき特許庁に無効審判(無効2023-800022号)を請求した。これに対し、被告は、令和5年8月4日、本件特許の特許請求の範囲及び明細書につき訂正請求をし、さらに、令和6年4月26日、手続補正書を提出し、前記訂正請求に係る訂正請求書を補正した(以下、令和6年4月26日付け手続補正書により補正された後の、令和5年8月4日付け訂正請求に係る訂正を「本件訂正」といい、本件訂正後の明細書及び図面を「本件明細書等」という。)。
 特許庁は、令和6年8月13日、特許第7004987号の特許請求の範囲を、本件訂正に係る訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める、本件審判の請求は成り立たないとする審決(以下「本件審決」という。)をしたことから、原告は、令和6年9月17日、本件審決の取消しを求めて、本件訴訟を提起した。

⑵ 本件発明
 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲に記載の発明(以下、各請求項に記載の発明をそれぞれ「本件発明1」等といい、それらを併せて「本件各発明」という。)のうち、本件発明1の構成要件を分説すると、以下のとおりである。

1A:太陽電池と、太陽電池の発電電力を制御するパワーコンディショナと、電力送配電網からの商用電力を負荷に供給するための受変電設備とを備える太陽光発電自家消費システムにおいて、前記パワーコンディショナの出力電力を制御するための出力制御装置であって、
1B:前記負荷の消費電力と前記パワーコンディショナの最大出力可能電力であるPCS定格との比率に対応させて、前記消費電力から引く電力の値を設定差分値として予め登録した比率・設定差分値テーブルを記憶している記憶部と、
1C1:現在の前記消費電力と前記PCS定格との前記比率を算出し、
1C2:前記比率・設定差分値テーブルを参照して、算出した前記比率に対応する前記設定差分値を決定し、
1C3:現在の前記消費電力から決定後の前記設定差分値を引いた値を、前記PCS定格で割って、当該割った値を出力指令値とし、
1C:前記出力指令値を前記パワーコンディショナに送信して、前記パワーコンディショナの出力を制御する制御部とを備え、
1D:前記比率・設定差分値テーブルにおいて、前記設定差分値の値は、少なくとも二種類以上存在し、
1E:現在の前記消費電力から決定後の前記設定差分値を引いた値が、前記パワーコンディショナの出力電力の上限値となっている
1F:ことを特徴とする、出力制御装置。

⑶ 本件審決
 本件審決は、原告による実施可能要件違反による無効理由の主張、並びに甲第1号証(特開2019-161777号公報、甲第1号証に記載の発明を、以下「甲1発明」という。)に基づく新規性欠如及び進歩性欠如による無効理由の主張のいずれも認めず、本件特許を維持した。
 なお、本件発明1の新規性及び進歩性に係る本件審決の判断は、本件発明1と甲1発明との間に、以下の相違点1-1及び1-2が存在するとした上で、さらに当該相違点について、当業者が容易に想到し得たものに該当しないとしたものである。また、本件発明1以外の本件各発明についても、甲1発明との間に、少なくとも相違点1-1と同様の相違点を有するものであるとして、同様の結論を導いている。

ア 相違点1-1
 本件発明1の「記憶部」に記憶される情報は、「前記負荷の消費電力と前記パワーコンディショナの最大出力可能電力であるPCS定格との比率に対応させて、前記消費電力から引く電力の値を設定差分値として予め登録した比率・設定差分値テーブル」であるのに対し、甲1発明の記憶部に記憶される情報は、「消費電力」に関連付けられた「一次係数a及び0次係数b」並びに「一次関数P(t)=(1-a)S(t)-b」である点等。
イ 相違点1-2
 出力指令値を算出する際に発電電力の上限値を割る値が、本件発明1では「PCS定格」であるのに対し、甲1発明では「太陽電池1の定格電力」である点。

 

2 判決

 本判決は、以下のように述べて、本件審決と同様、原告によるいずれの無効理由の主張も認めず、本件審決を維持した。
⑴ 実施可能要件違反について
「ア 判断基準
 特許法36条4項1号に規定する実施可能要件については、明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているかを検討すべきである。
 本件各発明は、出力制御装置、出力制御プログラム、及びそれを用いた太陽光発電自家消費システムの発明であり、いずれも物の発明であるから、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しているというためには、当業者が、本件発明1~24の出力制御装置、出力制御プログラム、及びそれを用いた太陽光発電自家消費システムを生産でき、かつ、使用することができるように具体的に記載されていなければならないというべきである。
イ 実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載の有無について
…発明が解決しようとする課題の解決手段は、消費電力とPCS定格との比率に対応した少なくとも二種類以上の設定差分値等を記憶し…これを用いてパワーコンディショナの出力指令値を算出することであると認められ、このような構成を実現することは、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載及び前記⑴ア(エ)等の記載によれば、当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば技術常識に基づいてさほどの困難を伴うことなくこれを実施できるものと解される。すなわち本件発明1ないし5、13ないし16の出力制御装置、同6、7、17ないし20の出力制御プログラム、及び同8ないし12、21ないし24のそれを用いた太陽光発電自家消費システムを、それぞれ生産でき、かつ、使用することができると認められる。」
 「よって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、当業者が容易に本件発明1ないし24の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められるから、特許法36条4項1号の規定(実施可能要件)を充足していると判断するのが相当である。」

⑵ 新規性について
「ア 相違点1-1が実質的な相違点といえるかについて
 本件発明1において、負荷の消費電力とパワーコンディショナの最大出力可能電力であるPCS定格との比率αを使用することは、…現在の消費電力がPCSの最大出力に対してどの程度近づいているかを需要家が把握できるようにした指標であり、需要家の理解を助けるものであるとともに、PCS定格は製品仕様として明示されているのが通常から、需要家にとり容易に把握可能なものである。
 そうすると、本件各発明において、PCS定格との比率を用いて電力量を表現することは、甲1発明とは異なる観点から、需要家の理解を助けるものであるということができ、相違点1-1は、実質的な相違点であると認められる。
イ 相違点1-2が実質的な相違点といえるかについて
 相違点1-2に係る電力の変換・制御を行うPCS(パワーコンディショナ)と、発電を行う太陽電池とは全く別の装置であるから、『PCS定格』と『太陽電池の定格出力』の技術的な意味が同一ということはあり得ない。
 そうすると、相違点1-2についても、実質的な相違点と認められる。
ウ 本件発明1、2、6、8及び9についての新規性の判断の誤りの有無
 上記ア、イによれば、本件発明1と甲1発明とは、実質的な相違点1-1及び相違点1-2で異なるから、本件発明1は甲1発明とは同一でなく、新規性が認められ、本件発明2は、その構成に請求項1を含むから、新規性が認められ、これらの点に関する本件審決の判断…に誤りはない。
 本件発明6は、本件発明1を出力制御プログラムの発明として特定したものであり、甲1発明との間には、少なくとも相違点1-1と同様の相違点6-1…が存在するから、新規性が認められ、この点に関する本件審決の判断…に誤りはない。
 本件発明8は、本件発明1を太陽光発電自家消費システムとして特定したものであり、甲1発明との間には、少なくとも相違点1-1と同様の相違点8-1…が存在するから、新規性が認められ、本件発明9は、その構成に請求項8を含むから、新規性が認められ、これらの点に関する本件審決の判断…に誤りはない。
 以上のとおり、本件審決の本件発明1、2、6、8及び9についての新規性の判断には誤りはない。」

⑶ 進歩性について
 「原告は、本件審決が認定した相違点1-1は誤りであり、実質的には相違点ではない旨主張するところ…、既に検討したとおり、本件発明1、3ないし5と甲1発明とは、少なくとも相違点1-1において異なっている。
 そして、甲1には、相違点1-1に係る本件発明1の構成である、消費電力P(t)とPCS定格との比率αを算出することについて、何らの記載も示唆もなく、甲1発明においては、S(t)と、一次係数a及び0次係数bとから発電電力の上限値P(t)を求めることが可能であるから、S(t)をPCS定格で除して比率αを求める必要性がそもそも存しない。
 また、甲1発明において、S(t)をPCS定格で除して比率αを求めることについての動機付けが存するものと認めるべき証拠はない。
 したがって、甲1発明から、相違点1-1に係る本件発明1の構成は容易に想到し得ないものと認められる。
 そうすると、本件審決の相違点1-1についての進歩性判断…に誤りはない。」

 

3 解説

⑴ 実施可能要件について
 実施可能要件については、特許法36条4項1号において、発明の詳細な説明の記載に求められる要件として、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定されており、明細書の発明の詳細な説明の記載が、当該記載及び出願当時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を要することなく、特許を受けようとする発明の実施をすることができるものであるかという観点から判断される。
 本判決は、このような従来のとおりの規範を示した上で、本件各発明による課題の解決手段である「消費電力とPCS定格との比率に対応した少なくとも二種類以上の設定差分値等を記憶し…これを用いてパワーコンディショナの出力指令値を算出すること」について、本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載並びに技術常識に基づいて、当業者であれば困難を伴うことなく実施できるとして、実施可能要件の充足性を認めたものである。

⑵ 新規性及び進歩性
 発明の新規性及び進歩性の有無を判断するにあたっては、特許請求の範囲に記載の発明と引用文献に記載の発明とを対比した後、これらの間に実質的相違点が存在しなければ新規性を欠くとされ、実質的相違点が存在する場合には、当該相違点について当業者が容易に想到できるものであったか否かが判断され、これが肯定された場合に進歩性を欠くとされる。
 本件においては、原告は、審決が認定した本件発明1と甲1発明との相違点である相違点1-1及び相違点1-2について、技術的な意味を有しない、設計上の微差にすぎない等の理由から実質的な相違点ではないと主張したが、本判決は、相違点1-1について、本件発明1が、「負荷の消費電力とパワーコンディショナの最大出力可能電力であるPCS定格との比率αを使用すること」が甲1発明と異なる観点によるものであること等、相違点1-2について「PCS定格との比率を用いて電力量を表現すること」は、甲1発明とは異なる観点によるものであること等を理由として、相違点1-1、相違点1-2共に本件各発明と甲1発明との実質的な相違点であるとして本件発明1の新規性を肯定した。
 さらに、本判決は、相違点1-1に係る本件発明1の構成である「消費電力P(t)とPCS定格との比率αを算出すること」について、甲1発明には記載も示唆もなく、かつ、甲1発明ではそもそも採用する必要性がなく、採用する動機付けがないとして、進歩性も肯定した。
 なお、本判決は、本件発明1以外の本件各発明についても、甲1発明との間に、少なくとも相違点1-1と同様の相違点を有するものであるとして、本件発明1と同様の結論を導いている。

⑶ まとめ
 本判決は、特に新しい規範を示した判決ではないものの、発明の課題及びその解決手段について詳細に認定した上で、それに基づいて実施可能要件の充足性、並びに新規性及び進歩性の有無について詳細に判断したものであり、実務上参考となる事案であると考えたことから、紹介させていただいた。

 

以上
弁護士・弁理士 井上修一