【平成31年3月25日判決(平成30年(行ケ)第10098号) 審決取消請求事件】

【キーワード】
進歩性、医薬

【判旨】
 本件は、ゾニサミドを有効成分とするパーキンソン病治療薬の特許(本件特許)に関する進歩性が争われた事案である。本件特許は、いわゆる第二医薬用途発明に属するものであり、引用発明は、ゾニサミドを抗てんかん薬に用いるものであった。
 裁判所は、以下のとおり述べて、本件特許の進歩性を肯定した。
「引用例…における前記示唆から、健常動物以外であっても、ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。しかし…当業者は、抗てんかん薬であるゾニサミドについて、線条体ドパミン量の増加作用の観点からも、MAO-B阻害作用の観点からも、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。そうすると、このような技術常識を有する当業者は、引用例及び甲3文献から、ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。」
 判旨は、第一医薬用途と第二医薬用途の作用機序の同一性にかかわらず、引例から治療効果を合理的に予測可能でなければ進歩性があると判断したものであり、第二医薬用途発明における進歩性判断の一例として参考になる。

第1 事案の概要

1 本件発明
【請求項1】ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。
【請求項2】有効成分がゾニサミドである請求項1に記載の治療薬。
【請求項3】神経変性疾患がパーキンソン病である請求項1または2に記載の治療薬。
【請求項4】神経変性疾患治療薬の製造のためのゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩の使用。
【請求項5】神経変性疾患治療薬の製造のためのゾニサミドの使用。
【請求項6】神経変性疾患がパーキンソン病である請求項4または5に記載の使用。

2 引用発明

 ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって、ゾニサミドの投与量が20mg/kg、50mg/kgであり、雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す、抗てんかん薬。

3 一致点及び相違点

(1)一致点
 ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。
(2)相違点
 医薬について、本件発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、引用発明では「てんかん」を治療対象としている点。

4 判旨抜粋

ア 引用例における示唆
 引用例は、抗てんかん薬であるゾニサミドについて、ドパミン作動系に対する作用機序を解明することを目的として…健常動物を用いた実験を行い…線条体におけるドパミン、ドパミン前駆体、ドパミン代謝物の挙動を測定することにより…ゾニサミドによるドパミン合成促進を検討するとともに、ゾニサミドのMAO活性阻害作用によるドパミン分解阻害を検討し、ゾニサミドの用量と薬理作用、副作用との関係を考察するもの…ということができる。
 そうすると、引用例は、ゾニサミド20~50mg/kgを短期投与すると、線条体ドパミン量が増加すること、MAO-B活性の阻害によりドパミン分解が阻害されることを示唆するものではあるが、その示唆は、あくまでも、健常動物を用いた実験に基づくものということができる。

イ 甲3文献
 …甲3文献は、ゾニサミド20又は50mg/kg/日を投与すると、線条体ドパミン量が増加すること、ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50が660μMであることを示すものであるが、これらの実験結果は、あくまでも、健常動物を用いた実験に基づくものということができる。

ウ 技術常識
(ア)健常動物と疾患モデル動物の相違
 甲29…には、薬理実験を行う際の問題点について「薬物は疾患時に用いるのに、動物実験を行う場合には正常動物を用いているというギャップがある。これらの欠点を補う為、最近では数多くの疾患モデル動物が作成され、薬物の評価判定に用いられている。」と記載されている(17頁)。
 甲30…には、「医薬品は病気のヒトに用いられるのに、薬効管理、安全性試験は、主に正常な動物が用いられるという点が問題である。最近は…いろいろな方法でヒトの病気に近い状態を起こした疾患モデル動物が用いられている。」と記載されている。
 そして、甲8…には、「Parkinson病患者では大部分(80%以上)の黒質線条体ドーパミン神経は消失しているが…」と記載され、健常動物とパーキンソン病疾患モデル動物とでは、黒質線条体内のドパミン神経の量に大幅な相違があることが示されている。
 また、甲31…には、健常マウスとパーキンソン病疾患モデルマウスとの間では、KCl(塩化カリウム)によるドパミン量の増加量に大きな相違があることが示されている(図5)。さらに、甲32…には、健常ネコでは、KClによるドパミン増加量は大きかったのに対し、パーキンソン病疾患モデルネコでは、増加がほとんど生じなかったことが示されている。
 加えて、甲7…では、パーキンソン病疾患モデル動物を用いた実験結果を基にして、ラモトリジンの臨床的有用性をパーキンソン病の治療にも広げられる可能性があることを示唆するとの結論を得るに至っている。
 一方で、健常動物における線条体ドパミン量の挙動が、パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動と相関することを示す証拠は見当たらない。そうすると、当業者は、本件優先日当時、健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は、パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。

(イ)線条体ドパミン量の増加とパーキンソン病治療薬の関係
a パーキンソン病の病因
 当業者は、本件優先日当時、パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたと認められる(甲4、甲5、甲6)。

b 線条体ドパミン量を増加させる薬物(ハロペリドール)
 ハロペリドールは、線条体ドパミン量を増加させる薬物と認められる(甲23…の図1)。
 しかし、ハロペリドールは、薬物性パーキンソニズムを引き起こし、パーキンソン病患者への使用は禁忌とされていたものである(乙3…)。
 そして、本件優先日当時、ハロペリドールとゾニサミドが異なる作用機序で線条体ドパミン量を増加させること、更に線条体ドパミン量を増加させる作業機序によってはパーキンソン病の治療効果に差異が生じることを当業者が認識していたことを示す具体的な証拠はない。
 そうすると、当業者は、本件優先日当時、具体的な作用機序の差異を意識することなく、線条体ドパミン量を増加させる薬物には、パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあることを認識していたというべきである。

c 線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬(カルバマゼピン)
 甲3文献には、抗てんかん薬であるカルバマゼピンには線条体ドパミン量の増加作用がある旨記載されている(図1-a、図6)。
 しかし、本件優先日後の平成13年時点においても、パーキンソン病に対するゾニサミドの有効な作用が抗痙攣作用のメカニズムと関連しているのではないかと推測することもできるものの、「現時点でパーキンソン病患者の症状を改善すると報告されている抗痙攣薬は他にない。」とされており(甲13)、本件優先日当時、カルバマゼピンがパーキンソン病に対して治療効果を奏するか否かは不明であると理解されていたものと認められる。
 そうすると、当業者は、本件優先日当時、線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬の関係は不明であると認識していたというべきである。

d ゾニサミドが有する線条体ドパミン量の増加作用
 引用例及び甲3文献における前記示唆から、本件優先日当時、抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が、健常動物以外であっても、線条体ドパミン量を僅かでも増加させる可能性があることまでは否定できない。また、当業者は、本件優先日当時、パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたものである。
 しかし、当業者は、本件優先日当時、具体的な作用機序の差異を意識することなく、線条体ドパミン量を増加させる薬物には、パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあること、線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬との関係は不明であること、を認識していたというべきである。
 そうすると、当業者は、本件優先日当時、健常動物以外において線条体ドパミン量を増加させる可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても、線条体ドパミン量の増加作用の観点からは、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。

(ウ)MAO-B活性の阻害とパーキンソン病治療薬の関係
a パーキンソン病の病因
 当業者は、本件優先日当時、パーキンソン病治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたと認められる(甲6、甲8)。

b MAO-B活性を阻害する抗てんかん薬(ラモトリジン)
 甲7には、抗てんかん薬であるラモトリジン(LTG)がMAO-B活性を阻害する作用がある旨記載されている。さらに、甲7によれば、本件優先日当時、ラモトリジンのパーキンソン病疾患モデル動物に対する投与試験の結果を検討することで、ラモトリジンをパーキンソン病の治療薬として使用できる可能性が示唆されていたということができる。
 しかし、上記示唆は、「LTGで得られる保護がすべてMAO-Bに対する作用によるものとは考えられない。」、「新規抗てんかん薬であるLTGは、C57BLマウスにおけるMPTP誘発性ドパミン枯渇に対して保護作用をもつ。さらに、LTGがドパミンの取り込みやMAOを阻害するであろう濃度よりも低い濃度で脳内に存在するような用量でも、LTGには神経保護効果が認められる。」という検討の上で導かれたものである(甲7)。したがって、上記示唆は、ラモトリジンがMAO-B阻害作用を有することのみから、パーキンソン病の治療薬として使用できる可能性があると指摘するものではないというべきである。
 そうすると、当業者は、本件優先日当時、抗てんかん薬であって、MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても、MAO-B阻害作用を有することから、直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないことを認識していたというべきである。

c MAO-B活性を阻害するパーキンソン病治療薬(セレギリン)
 本件優先日当時、セレギリン(商品名デプレニル)がパーキンソン病治療薬として知られており(甲8の表1)、セレギリンがMAO-B活性を阻害することも知られていたものである(甲44の表1)。
 そして、セレギリンのMAO-Bに対するIC50値は11nMである(甲44の表1)。そうすると、当業者は、MAO-B阻害作用を有する薬物を投与するパーキンソン病治療においては、セレギリンと同程度、すなわち、IC50値が11nM以下にMAO-B活性を阻害する程度の薬理作用を有する薬物が必要であると認識していたものである。
 しかし、ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50値は660μMである(甲3)。また、引用例の「考察」の欄には、ゾニサミドの「MAO活性阻害は、DAの細胞外濃度と細胞内濃度の上昇にあたって、重要な機序ではないことが示された。」と記載されている。さらに、甲3文献には、ゾニサミドのMAO-B阻害作用について「細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難」くと記載されている。
 そうすると、当業者は、本件優先日当時、ゾニサミドのMAO-B阻害作用がセレルギンよりも顕著に弱く、また、それがパーキンソン病の治療に有用なドパミン量の増加に果たす程度も低いことを認識していたというべきである。
 したがって、当業者は、ゾニサミドが、MAO-B阻害作用の観点から、他のパーキンソン病治療薬と同程度の薬理効果を奏する可能性が低いことを認識していたというべきである。

d ゾニサミドが有するMAO-B阻害作用
 引用例及び甲3文献における前記示唆から、本件優先日当時、抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が、健常動物以外であっても、MAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。また、当業者は、本件優先日当時、パーキンソン病の治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたものである。
 しかし、当業者は、本件優先日当時、抗てんかん薬であって、MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても、MAO-B阻害作用を有することから、直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないこと、当業者は、ゾニサミドが、MAO-B阻害作用の観点から、他のパーキンソン病治療薬と同程度の効果を奏する可能性が低いこと、を認識していたというべきである。
 そうすると、当業者は、本件優先日当時、健常動物以外において、MAO-B阻害作用を有する可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても、MAO-B阻害作用の観点からは、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。

エ 引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付け
(ア)引用例及び甲3文献は、いずれも、ゾニサミドが、健常動物において、線条体ドパミン量の増加作用を有すること、MAO-B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
 そして、前記…のとおり、本件優先日当時の当業者は、健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が、パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。そうすると、当業者は、引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても、そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において、ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり、ゾニサミドがMAO-B活性を阻害したりするとは理解しないから、ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。

(イ)また、引用例及び甲3文献における前記示唆から、健常動物以外であっても、ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
 しかし、前記…のとおり、本件優先日当時の当業者は、抗てんかん薬であるゾニサミドについて、線条体ドパミン量の増加作用の観点からも、MAO-B阻害作用の観点からも、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
 そうすると、このような技術常識を有する当業者は、引用例及び甲3文献から、ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。

(ウ)よって、当業者は、引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。

第2 検討

 第二医薬用途発明は、先行技術の医薬用途と生物学的な作用機序が関連していれば、進歩性が認められることはないというのが原則である。ところが、本件では、抗てんかん薬としてのゾニサミドの作用機序と、パーキンソン病治療薬としてのゾニサミドの作用機序との間には概ね違いがない。
 すなわち、まず、判決は、引用例の記載を引いて、抗てんかん薬としてのゾニサミドの作用機序は、線条体ドパミン量の増加、とMAO-B活性の阻害によるドパミン分解の阻害であることが示唆されていると認定する。
 次に、パーキンソン病治療薬としてのゾニサミドの作用機序についても、判決は、「パーキンソン病の病院の一つが線条体ドパミンの枯渇である」こと、「パーキンソン病治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在すること」などを技術常識として認定しているのである。
 それにもかかわらず、判決は、「線条体ドパミン量を増加させる薬物には、パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあること」や、パーキンソン病治療薬であるセレギニンよりも、ゾニサミドのMAO-B活性阻害性が低いことなどを挙げて、進歩性を肯定した。
 第二医薬用途と第一医薬用途の作用機序が同一であってもなお、当該第二医薬用途の想到容易性を否定した限界事例として、参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓