【東京地判平成31年1月31日(平29(ワ)34450号[住宅地図事件])】

【判旨】
 原告の専用実施権の侵害を理由とする損害賠償請求について、文言侵害及び均等侵害が否定された。

【キーワード】
充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

事案の概要(特許発明の内容)

【請求項1】
A 住宅地図において,
B 検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載すると共に,
C 縮尺を圧縮して広い鳥瞰性を備えた地図を構成し,
D 該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し,
E 付属として索引欄を設け,
F 該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した,
G ことを特徴とする住宅地図。

争点

 構成要件Dの充足性

判旨

 従来の住宅地図は,建物表示に住所番地だけでなく居住者氏名も全て併記されていたため,氏名を記載するためのスペースを確保するために住宅地図の縮尺を高くすることができず,そのため,地図の大きさも比較的大きくする必要があるとともに,地図に氏名が記載されることによるプライバシー侵害や利用者の検索への支障を生じたり,地図の更新作業のための調査に膨大な労力と人件費がかかったりするという課題があった。また,住宅地図に付されている索引についても,住所のうち丁目と,それぞれの丁目に該当するページが掲載されているだけであったため,同一の丁目の中で番地が異なっている多くの建物の中から目的とする建物を探し出す必要があった。
 本件発明は,居住者氏名を記載しないため,高い縮尺度で地図を作成することにより小判で,薄い,取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することや,地図の更新のために氏名調査等の労力を要しないことによって廉価な住宅地図を提供することを可能にするとともに,地図上に公共施設や著名ビル等以外は住宅番地のみを記載し,地図のページを適宜に分割して区画化したうえで建物の所在する番地と記載ページと記載区画の記号番号を一覧的に対応させた索引欄を付すことによって,簡潔で見やすく迅速な検索を可能にする住宅地図を提供することを可能にするものである。」
・・・
⑶ 構成要件Dの「適宜に分割して区画化」について
 構成要件Dの「適宜に分割して区画化」の意義について,特許請求の範囲の「各ページを適宜に分割して区画化し,…住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載」という記載(構成要件D,E及びF)に照らせば,構成要件Dの「適宜に分割して区画化」とは,記号番号を付すことや番地と対応する区画を一覧的に示すことができる区画を作成することが可能となるように,検索すべき領域の地図のページを分割し,認識できるようにすることといえる。
 そして,本件発明は,前記1⑵のとおり,地図上に公共施設や著名ビル等以外は住宅番地のみを記載するなどし,全ての建物が所在する番地について,掲載ページと当該ページ内で分割された該当区画を一覧的に対応させて掲載した索引欄を設けることによって,簡潔で見やすく迅速な検索を可能にする住宅地図の提供を可能にするというものであり,本件発明の地図の利用者は,索引欄を用いて,検索対象の建物が所在する地番に対応する,ページ及び当該ページにおける複数の区画の中の該当の区画を認識した上で,当該ページの該当区画内において,検索対象の建物を検索することが想定されている。そのためには,当該ページについて,それが線その他の方法によって複数の区画に分割され,利用者が該当の区画を認識することができる必要があるといえる。そうすると,本件明細書に記載された本件発明の目的や作用効果に照らしても,本件発明の「区画化」は,ページを見た利用者が,線その他の方法及び記号番号により,検索対象の建物が所在する区画が,ページ内に複数ある区画の中でどの区画であるかを認識することができる形でページを区分することをいうといえる。
 前記⑵のとおり,本件明細書には,発明の実施の形態において,本件発明を実施した場合における住宅地図の各ページの一例として別紙「本件明細書図2」及び「本件明細書図5」が示されているところ,これらの図においては,いずれも道路その他の情報が記載された長方形の地図のページが示されたうえで,そのページが,ページ内にひかれた直線によって仕切られて複数の区画に分割されており,その複数の区画にそれぞれ区画番号が付されている。また,本件明細書図4の索引欄には,番地に対応する形でページ番号及び区画番号が記載されており,利用者は,検索対象の建物の番地から,索引欄において当該建物が掲載されているページ番号及び区画番号を把握し,それらの情報を基に,該当ページ内の該当区画を認識して,その該当区画内を検索することにより,目的とする建物を探し出すことが記載されている(段落【0028】)。ここでは,上記の特許請求の範囲の記載や発明の意義に従った実施の形態が記載されているといえる。そして,「区画化」の意義に関係して,他の実施の形態は記載されていない。
 以上によれば,構成要件Dの「区画化」とは,地図が記載されている各ページについて,記載されている地図を線その他の方法によって仕切って複数の区画に分割し,その各区画に記号番号を付すことであり,索引欄を利用することで,利用者が,線その他の方法及び記号番号により,当該ページ内にある複数の区画の中の当該区画を認識することができる形で複数の区画に分割することを意味すると解するのが相当である。
⑷  原告は,被告地図において,縮尺レベル19の住宅地図及び縮尺レベル20の住宅地図がそれぞれ構成要件Dの「該地図を記載した各ページ」に該当すると主張した上で,被告地図のデータは,画面に表示されるときに区分された形でその一部が表示されるから構成要件Dの「適宜に分割して区画化」されると主張するとともに,「メッシュ化」され,また,複数のデータとして管理されているから構成要件Dの「適宜に分割して区画化」することになると主張する。
 しかし,仮に,縮尺レベル19の住宅地図及び縮尺レベル20の住宅地図がそれぞれ構成要件Dの「該地図を記載した各ページ」に該当するとしても,利用者は,画面に表示されている地図を見ているのであって,線その他の方法及び記号番号により,ページにある複数の区画の中で,検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。被告地図において「メッシュ化」がされていて,また,被告地図に係るデータが複数のデータとして管理されているとしても,被告地図プログラムの構成(分説)及び前記⑴アないしウに照らし,利用者は,「メッシュ化」されている範囲や区分されたデータを通常認識しないだけでなく,それらに対応する記号番号を認識することはない。したがって,被告地図において,線その他の方法及び記号番号により,ページにある複数の区画の中で,検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。そうすると,前記⑶に照らし,被告地図において,「各ページ」が,「適宜に分割して区画化」されているとはいえない。
 これらによれば,被告地図について,構成要件Dの「適宜に分割して区画化」がされているとは認められない。

検討

 本件は、ソフトウェアに関する発明の特許権に関する裁判例である。構成要件Dの「分割して区画化」に関し、実施例として、紙の地図を分割して区画化したものしか開示されていなかったが、被告製品における、データベースに保存された地図がメッシュにより分割されている態様が含まれるか否かが争われた。
 構成要件Dの「分割して区画化」の文言には、紙の地図に分割することも、メッシュにより分割されることも含まれ得るが、両者は、大きく異なる方法であり、このような場合、裁判所の傾向としては、一見、クレームに含まれるとしても、実施例に記載されていない態様を、権利範囲に含めることについて、非常に慎重である。
 本件では、明細書を参酌したところ、分割して区画化する意義は、「地図上に公共施設や著名ビル等以外は住宅番地のみを記載し,地図のページを適宜に分割して区画化したうえで建物の所在する番地と記載ページと記載区画の記号番号を一覧的に対応させた索引欄を付すことによって,簡潔で見やすく迅速な検索を可能にする住宅地図を提供すること」であり、これは、紙の地図を前提とした技術的意義であったことから、データベースに保存された地図に当てはまらないといて、文言充足性が否定された。
 発明の課題の記載からすると、上記のとおり発明の技術的意義が認定されることは、合理的である。明細書に紙の地図の実施例が記載されている場合に、これを電子化したものぐらいには権利範囲が及んでも良いのではないかという考え方もあるかもしれないが、明細書の記載との関係では本件の結論は妥当と考えられる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 杉尾雄一