【広島高裁松江支部平成30年11月9日・平成30年(う)4号(原審:鳥取地判平成30年1月24日・平成27年(わ)7号)】

【キーワード】
種苗法、育成者権、キリンソウ、有罪

1 事案の概要

 本件は、種苗法違反被告事件すなわち、種苗法違反にかかる刑事事件である。被告人(被告会社及びその代表者)は、育成者権者に無断で、育成者権にかかるキリンソウを増殖させ、それを譲渡したことについて罪に問われた。
 一審では、被告人に有罪判決が下された。本件は控訴審である。

2 本件品種

「トットリフジタ1号」(キリンソウの品種)

3 被告人の被疑事実

 被告人は、疎外CやDをして、トットリフジタ1号を育成者権者に無断で増殖させ、その植物体をトレイに植え込んだ商品を譲渡した。

4 主な争点

 トットリフジタ1号の品種登録に取消理由が存在するか否か。

5 裁判所の判断

「当裁判所は、弁護人の所論〈6〉を検討した結果、トットリフジタ1号の品種登録に種苗法49条1項1号、3条1項1号が規定する取消原因が存在しないとした原判断は、論理則、経験則等に照らし不合理であり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると判断した。以下、その理由を説明する。
第3 認定事実等
 原裁判所で取り調べられた後掲の証拠及び公知の事実から、以下の事実が認められる。・・・(中略)・・・」

※裁判所は、トットリフジタ1号が、キリンソウとタケシマキリンソウの近くから発見されたものであり、トットリフジタ1号がキリンソウではなく、タケシマキリンソウである可能性を否定できないこと、トットリフジタ1号の品種登録に対しては、キリンソウの審査基準が適用され、品種登録がなされたこと、トットリフジタ1号の品種登録に対しては、2件の異議申立てがなされているが、その手続きの中で、トットリフジタ1号とタケシマキリンソウとの比較はなされていないこと、等を認定した。

「第5 当裁判所の判断
 1 種苗法には、特許法104条の3第1項が準用されておらず、これと類似した規定もないが、これは種苗法が特許法のような特許無効審判制度を設けていないことによるものであると解され、種苗法49条1項において、農林水産大臣は、その品種登録が種苗法3条1項に違反してされたことが判明した場合には品種登録を取り消さなければならない旨規定されているので、当該品種登録が種苗法3条1項に違反してされたことが明らかな場合、そのような品種登録による育成者権に基づき差止め又は損害賠償等の請求は、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷判決民集54巻4号1368頁参照)。そして、刑罰の謙抑性の見地からすると、品種登録が種苗法3条1項に違反している場合には、そのような品種登録による育成者権侵害罪の構成要件該当性が阻却され、同罪が成立しないというべきである。上記のような民事事件においては、当該品種登録が種苗法3条1項に違反していることを、権利濫用を主張する者が立証する責任を負うのに対し、育成権者侵害罪においては、当該品種登録が種苗法3条1項に違反していないことを、検察官が立証する責任を負うと解される(なお、弁護人らは、原判決がこの点の立証責任を被告人らに負担させている旨主張するが(第2の〈3〉)、原判決は、その立証責任が検察官にあることを前提として、トットリフジタ1号の品種登録の有効性が推認される旨説示しているにとどまっており、弁護人らの前記主張は採用できない。)。
 しかるに、原判決は、〈1〉トットリフジタ1号に係る品種登録が取り消されたり、無効と判断されたことがなく、農林水産省としてその登録の有効性に疑義があるとの認識を有しておらず、また、〈2〉その品種登録の取消しを求める異議申立てが棄却されるなどしたことから、その品種登録の有効性が事実上推定され、特段の事情がない限り、その有効性に疑いが生じないとしたものであるが、このような原判決の判断構造は、次のとおり、前記〈1〉及び〈2〉の間接事実から種苗法3条1項1号所定の事由の存在が推認され、特段の事情のない限り、それが覆らないとした点において、その推認力を過大に評価した誤りがあり、不合理なものがあるといわざるを得ない
 2(1) 農林水産大臣がトットリフジタ1号の品種登録をした際、その審査に当たって使用された審査基準はキリンソウ種に属する品種に係る品種登録の審査において使用されるものであって、タケシマキリンソウ種に属する品種に係る品種登録の審査においては使用されるものではなく、トットリフジタ1号の区別性を判断するための特性審査においてタケシマキリンソウ種に属する品種が対照品種とはされず、キリンソウ種に属する品種が対照品種とされた。そうすると、トットリフジタ1号がキリンソウ種に属する品種ではないということになれば、トットリフジタ1号の品種登録の審査において使用された審査基準は、キリンソウ種以外の種に属する品種に係る品種登録の審査において使用すべきではない審査基準が使用され、また、トットリフジタ1号に係る区別性の有無の判断に当たってトットリフジタ1号と同じ種に属する品種の特性とトットリフジタ1号の特性とが比較されることなく、品種登録がされたということになる。したがって、トットリフジタ1号の品種登録が現在まで取り消されたり、無効と判断されたことがなく、農林水産省としてその登録の有効性に疑義を生じさせる何らかの事情があるとの認識も有していなかったなどといった前記1の〈1〉の間接事実から、種苗法3条1項1号所定の事由の存在が推認されるためには、トットリフジタ1号がキリンソウ種に属する品種であることが証明されている必要があるというべきである
 しかし、トットリフジタ1号の育成者であるIが、トットリフジタ1号がキリンソウ種に属する品種であると判断した根拠は、新潟県M産のキリンソウ等の近くでトットリフジタ1号の種が見付かったことにあるところ、それが見付かったビニールハウス内には種子が極めて微小なタケシマキリンソウも栽培されていたのであるから、トットリフジタ1号の親がタケシマキリンソウ種であることも否定できない状況にあった。加えて、トットリフジタ1号が常緑性であるのに対し、トットリフジタ1号の親とされたキリンソウは落葉性であり、落葉性の品種から自然交雑により常緑性の品種が育成されるかも疑問を容れる余地がある(J証言25頁参照)。そうすると、トットリフジタ1号の親が新潟県M産のキリンソウであるとは限らず、新潟県M産のキリンソウ等の近くでトットリフジタ1号の種が見付かったというIがトットリフジタ1号がキリンソウ種であると判断した状況から、トットリフジタ1号がキリンソウ種に属するものであるとは推認しがたい
・・・(中略)・・・
 結局のところ、原判決は、トットリフジタ1号がキリンソウ種に属する品種であることが合理的な疑いを超えて証明されていないにもかかわらず、前記〈1〉の間接事実から種苗法3条1項1号所定の事由の存在を推認しており、前記〈1〉の間接事実の推認力を過大に評価しているといわざるを得ない
・・・(中略)・・・
 (3) なお、被告会社は、Pを相手取って育成者権に基づく差止請求権不存在確認請求等の訴訟を大阪地方裁判所に提起し、同裁判所は、前記認定のとおり、被告会社敗訴の判決を言い渡した。
 その理由は、トットリフジタ1号の品種登録処分が種苗法49条1項1号、3条1項所定の要件に違反しているとは認められず、同処分より発生した育成者権に基づく請求が権利の濫用により許されないとはいえないと判断されたため(公知の事実)、すなわち、権利濫用の抗弁として被告会社が立証責任を負うところの同処分(品種登録)が種苗法3条1項の要件を充足していないことを認定できなかったためというものであって、同処分について種苗法3条1項1号の要件を充足していることが同裁判所によって積極的に認定されたものではない。よって、被告会社が前記民事訴訟で敗訴した事実自体から、種苗法3条1項1号所定の事由の存在が強く推認されるものでもない。
 3 以上によれば、トットリフジタ1号の品種登録に種苗法49条、3条1項が規定する取消原因が存在しないとした原判決は、論理則、経験則等に照らし不合理であるといわざるを得ず、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、その余の所論について判断するまでもなく、論旨は理由がある。そして、トットリフジタ1号の品種登録に種苗法49条が規定する取消原因が存在しないか否かについて判断するためには、トットリフジタ1号がキリンソウ種に属するものであるか否か、トットリフジタ1号がキリンソウ種以外の種に属することとなった場合には、トットリフジタ1号がその品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られたトットリフジタ1号と同一の種に属する他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されるか否かなどといった点について、更に審理を尽くす必要があるため、本件を原裁判所に差し戻すこととする。」

6 検討

 本判決は、原判決が、トットリフジタ1号の品種登録に取消理由が存在しないことの根拠を、トットリフジタ1号の品種登録の異議申立てが棄却されたことに求めていることについて、「推認力を過大に評価」、「不合理」と批判し、原判決を破棄した。
 本判決は、まず、種苗法には、特許法104条の3第1項が準用されておらず、これと類似した規定もないが、最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷判決民集54巻4号1368頁を参照し、品種登録に取消理由が存在する場合には、そのような品種登録による育成者権侵害罪は、構成要件該当性が阻却され、育成者権侵害罪が成立しないと判示した。
 その上で、原判決が、トットリフジタ1号にかかる品種登録について取消しや無効と判断されたことがなく、異議申立ても棄却されたことから、トットリフジタ1号の品種登録は、種苗法の要件を満たすことが推認され、特段の事情がないかぎり、それが覆らないと判示したことを、不合理であるとした。

 実際に、トットリフジタ1号の品種登録について具体的な問題点があったことまで認定はされていない中で、原判決が破棄されたことは興味深い。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎