【平成31年3月14日判決(知財高裁平成30年(行コ)10002号)】

事案の概要

 本件は、ベルギー国法人であるアマケム エヌブイ(本件出願人)が、1970年6月19日ワシントンで作成された特許協力条約(特許協力条約)に基づいてした、指定国に日本国を含む外国語でされた国際特許出願(本件国際特許出願)について、特許庁長官に対し、特許法(以下、単に「法」という。)184条の4第1項の国内書面提出期間内に国際出願日における明細書等の日本語による翻訳文(以下「明細書等翻訳文」という。)を提出することができなかったことにつき「正当な理由」(同条4項)がある旨主張して、国内書面提出期間経過後に法184条の5第1項の書面(国内書面)及び明細書等翻訳文を提出したが、特許庁長官から、「正当な理由」があるとはいえず、本件国際特許出願は、法184条の4第4項に規定する要件を満たしていないため、同条3項の規定により取り下げられたものとみなされたとして、国内書面に係る手続(国内書面及び明細書等翻訳文の提出手続)の却下処分(本件却下処分)を受けたため、本件出願人から本件国際特許出願の特許を受ける権利を譲り受けた控訴人が、本件却下処分の取消しを求める事案である。
 原審によれば、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかった事情として、下記の事実が認定されている。
 「オ B(現地事務所補助者)は、平成27年7月20日、本件出願人から国内移行を希望する国のリストの最終版の提供を受け、作業予定リストの各期限欄の備考欄に本件出願人から国内移行の指示があった国の国コードを手入力したが、その際、31か月期限欄の備考欄に日本に国コード「JP」を誤って入力した。
  本件事務所(現地事務所)における通常の業務としては、30か月期限が到来する前に、30か月期限国及び31か月期限国の全てにつき、国内移行指示レターを各国の代理人に送信する処理をすることになっていた。しかし、Bは、翌21日から同年8月5日まで休暇を取得する予定であったため、同年7月20日には30か月期限の指示レターのみを30か月期限国の各国の代理人に送信し、31か月期限の指示レターについては、休暇後に処理することとした。
  そして、Bは、各国の規格書面に国際出願番号、国際出願日、国内移行日を反映させた後、PDF形式で保存し、30か月期限の各国の代理人にメールで送信した。Bは、同日付けで指示レターを受領したとする各国の代理人からのメール受信を確認し、作業予定リストの30か月期限欄に指示送信済みの印を付け、その後、同日付けで国内移行が完了した国の代理人からの手続完了のメールを受信した。また、Aや他の事務員らは、同日、30か月期限の欄に入力された各国の代理人に指示が送信されているかどうかをBに口頭で確認した。(甲15、20~24)
  カ 本件事務所において平成27年7月27日に行われた定例ミーティングにおいて、作業予定リストとメール送受信を参照して、30か月期限の各国の代理人に指示レターを送信し、受領済みであることが確認されたが、本件誤入力は発見されなかった。」
 原審は、控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴を申し立てた。

裁判所の判断(下線部筆者)

第4 当裁判所の判断
  当裁判所も、本件却下処分に控訴人主張の違法があるとは認められず、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(中略)
 2 争点(1)(法184条の4第4項の「正当な理由」についての認定判断の誤りの有無)について
(中略)
  「(6) 当審における控訴人の主張について
  控訴人は、法184条の4第4項の「正当な理由」の有無は、特許庁が策定したガイドライン(甲29)に従って出願人等が講じていた措置が「相応の措置」に当たるかどうかによって判断すべきであり、期間徒過の原因となった事象が補助者による人為的ミスに起因する場合、「相応の措置」に当たるかどうかは、監督者が個々具体的な人為的ミスを防ぐための措置を採っていたかどうかではなく、当該補助者を使用する出願人等が採った措置がガイドライン3.1.5(5)に規定する3要件を満たしているか否かによって判断するのが相当であるとした上で、〈1〉本件事務所(現地事務所)の案件・期限管理システムは、ISO認証を取得し、規格に従い適切に運用されていたこと、〈2〉本件事務所では、国際規格ISO9001に従い、PCT国内移行の補助者用の処理マニュアル(甲36)を保持し、人為的入力ミスによる期間徒過が生じるのを防止するために、定例ミーティングを開催していたこと、〈3〉補助者であるAは、十分な経歴を有し、その業務は極めて標準的な業務であり、Aの誤入力は、知識や経験不足によるものと考えられず、単なる錯誤であることによれば、本件においては、ガイドラインの上記3要件を満たし、「相応の措置」が採られていたというべきであるから、本件期間徒過については「正当な理由」があり、これを否定した原判決の判断は誤りである旨主張する。
  しかしながら、ガイドライン(甲29)は、「期間徒過後の救済規定に係るガイドラインの利用に当たって」の項(表紙から4枚目)に、「ガイドラインの目的」として「このガイドラインは、救済規定に関し、救済要件の内容、救済に係る判断の指針及び救済規定の適用を受けるために必要な手続を例示することにより、救済が認められるか否かについて出願人等の予測可能性を確保することを目的としています。」、「ガイドラインの留意事項」として「このガイドラインは、救済規定に関する基本的な考え方を示すものです。考え方をわかり易くするため、所々に具体的な事例を記載しておりますが、実際には、期間徒過の原因など諸々の事情を総合して判断されることに御留意ください。」と記載があるように、特許庁の「救済規定」に関する判断の指針、運用手続等を示したものであって、政省令のような法規範性を有するものではない
  そして、上記〈1〉の点については、前記(3)ア認定のとおり、本件事務所が本件ISO規格の認証を受け、同規格に従って本件システムを適切に管理運用していたことは、業務の管理運営システムが一定の水準にあることを示すにとどまり、同規格の認証を受けたシステムを利用していたことから直ちに本件出願人が本件誤入力を回避するための相当の注意を尽くしていたということはできない
  次に、上記〈2〉の点については、前記(3)ウ認定のとおり、補助者のAの休暇中の平成27年7月27日に行われた定例ミーティングにおいては、30か月期限国の代理人に国内移行指示レターが送信され受領済みであることが確認されたのみであり、補助者が手入力した記載について他の資料と照合してクロスチェックするなどしてその正確性を確認する作業は行われていないから、定例ミーティングの開催をもって、本件出願人が本件誤入力を回避するための相当の注意を尽くしていたということはできない
  さらに、上記〈3〉の点については、本件誤入力がAの錯誤によるものであるとしても、Aが長期休暇を取得すること自体はあらかじめ予定されており、休暇に入る前に、その休暇期間、担当業務の進捗状況、休暇の間に他の者が代替して行うべき業務等を把握した上で、当該補助者又は他の所員に必要な指示を与えることによって本件誤入力を回避することが可能であったにもかかわらず(前記(3)イ)、このような措置が講じられていないから、本件出願人が本件誤入力の回避のため相当な注意を尽くしていたということはできない。ガイドラインとの関係でみても、このことは、ガイドライン3.1.5(5)に規定する「b 補助者に対し的確な指導及び指示を行っていること」及び「c 補助者に対し十分な管理・監督を行っていること」との要件を満たしていないことを示すものといえる。
  したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。」

 3 争点(2)(法184条の5第2項1号による補正命令を発せずに本件却下処分をしたことについての違法の有無)について
(中略)
  「(6) 当審における控訴人の主張について
  控訴人は、自国語である日本語を選択できる状況下において外国語を選択している内国民と、日本語を選択する余地のない外国民とでは、内国民待遇の原則を適用する前提が異なること、日本語特許出願の出願人が国内書面提出期間内に国内書面を提出しなかった場合には、法184条の5第2項1号に基づく補正命令が発せられるなどの救済が行われるのに対し、外国語特許出願の出願人が不注意により国内書面の提出期間を徒過した場合、補正命令を受けることなく、国内書面の却下処分を受けることになるというのは不合理であることからすると、外国語特許出願の出願人が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出しなかった場合、同号による補正の機会を与えずに国内書面が却下されることは、パリ条約2条の定める内国民待遇の原則(内外国人平等の原則)に反するものであって、補正命令を発することなくされた本件却下処分は違法であるから、これを否定した原判決の判断は誤りである旨主張する。
  しかしながら、前記(3)で説示したとおり、法184条の4第3項が国内書面提出期間(同条第1項ただし書の外国語特許出願にあっては、翻訳文提出特例期間)内に明細書等翻訳文の提出がなかったとき当該国際特許出願が取り下げられたものとみなされる旨を定めているのは、特許協力条約24条(1)(ⅲ)が、出願人が翻訳文の提出を所定の期間内にしなかった場合、国際出願の効果が当該指定国における国内出願の取下げの効果と同一の効果をもって消滅する旨を定めていることに基づくものである。
  一方で、同条(2)は、同条(1)の規定にかかわらず、指定官庁は国際出願の効果を維持できる旨を定めているが、これは、翻訳文の提出が所定の期間内にされなかった場合の国際出願の効果について、同条(1)(ⅲ)又は(2)のいずれを採用するかを指定国に委ねる趣旨のものと解するのが相当であるから、同条(1)(ⅲ)を採用した法184条の4第3項の規定は、同条約に反するものではない
  また、前記(2)で説示したとおり、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文が提出されなかった場合に取下げが擬制される同項の規定及び国内書面提出期間内に国内書面が提出されなかった場合の補正命令に関する法184条の5第2項の規定は、外国語特許出願の出願人が内国民であるか外国民であるかを問わず適用されるものであるから、これらの規定はパリ条約2条の定める内国民待遇の原則に反するものではない
  そして、本件においては、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文が提出されなかったため、法184条の4第3項の規定により、本件国際特許出願が取り下げられたものとみなされた結果、国内書面の提出に係る法184条の5第2項1号の補正命令を発する余地はなかったものであるから、補正命令を発することなくされた本件却下処分は適法である。
  したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。」

 4 結論
  以上によれば、控訴人の請求は棄却されるべきものであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

解説

 特許協力条約に基づいてした国際特許出願について、国内書面提出期間内に明細書等の日本語による翻訳文の提出がなかったときは、その国際特許出願は、取り下げられたものとみなされる(法184条の4第3項)が、明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて「正当な理由」があるときは、経済産業省令で定める期間内に限り、明細書等翻訳文を提出することができる(法184条の4第4項)。本件は、「正当な理由」の有無が争われた事案である。
 控訴人は、「正当な理由」は、特許庁が策定したガイドライン1に規定する3要件を満たしているか否かによって判断するのが相当であると主張したうえで、〈1〉本件事務所(現地事務所)の期限管理システムはISO認証を取得し、運営されていたこと、〈2〉本件事務所では、ISO9001に従い、PCT国内移行の補助者用マニュアルを保持し、人為的入力ミス防止のための定例ミーティングを開催していたこと、〈3〉補助者であるAは十分な経歴を有しているので、Aの誤入力は、単なる錯誤であること、から、本件においてはガイドラインの3要件が満たされていたので、「正当な理由」があると主張した。
 しかし、裁判所は、ガイドラインは、特許庁の「救済規定」に関する判断の指針、運用手続等を示したものであって、政省令のような法規範性を有するものではない、とした上で、上記の〈1〉から〈3〉の点について、ガイドラインの要件を満たしていないと判示し、控訴人の主張を退けた。
 同様の事案(知財高判H30_12_20)においては、控訴人(出願人)補助者が、国内移行を指示するメールを控訴人補佐人である弁理士事務所の代表メールアドレスではなく、プライベートメールアドレスに送信したために、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかった、という事情のもとに、「正当な理由」該当性が争われた。この事案では、「控訴人としては、そもそもそのようなアドレスが使われないよう配慮すべきであったし、仮に何らかの事情から上記アドレスも使用可能にしておく必要があったのであれば、本件控訴人補助者に対し、宛先として正しいメールアドレスを選択するよう、適切に管理、監督する必要があったにもかかわらず、そのような管理、監督をしていたとは認められないこと等の事情に照らしてみれば、控訴人は、本件の誤送信防止について、相当な注意を尽くしていたとはいい難い。」、として「正当な理由」が否定された。
 では、どのような事情があるときに、「正当な理由」とされるのか。ガイドラインには、例えば、「(例1)システムへのデータ入力及びその確認業務に関し、出願人等は、適切な補助者を2名選任し、彼らに対し十分な説明を行っており、通常滞りなく業務が行われていた。ところがある日、入力業務を行っていた補助者が、一連の作業後に突然の病気で倒れたことにより、その混乱に際して、確認業務を行っていた補助者が入力ミスを見過ごしてしまったといった事情。」という事情が記載されている。
 本件で判示されたとおり、ガイドラインは法的規範ではないが、本件とガイドラインの事案を比較することで、「正当な理由」が認められる範囲を理解するための一助となると考え紹介した。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂  


1 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/document/kyusai_method/h28guideline.pdf