【東京地裁平成31年2月22日判決(平成29年(ワ)第15776号)】

【判旨】
 第14類「時計」について商標権を有する原告が,時計の機能を有し,手首に装着することができる被告各商品(スマートウォッチ)を販売する被告に対し,商標権に基づく差止及び損害賠償請求を行った事案。裁判所は、原告商標の指定商品と被告商品とは類似の関係にあるとしつつ,商標不使用による権利濫用の抗弁に基づき差止請求は認めなかったものの,過去分の損害賠償請求のうち一部を認容した。

【キーワード】
商標の類否,指定商品の類否,不使用取消審判,差止請求

事案の概要及び争点

(1)事案の概要
 原告は,雑貨,電子製品,生活用品等の販売等を業とする株式会社であり,「moto」の文字からなる商標について,第14類「時計」を指定商品とする登録商標(原告商標)の商標権(商標登録第4995373号)を有していた。被告は,雑貨,工具,生活用品等の販売等を業とする株式会社であり,モトローラ・モビリティ・エルエルシー(モトローラ)が製造した被告商品(時計の機能を有し,手首に装着することができる電子機器。いわゆる「スマートウォッチ」。)を販売していた。被告商標は,時計表示の中央や背面に円形の形に沿って付されていた。また,モトローラの関係会社であるモトローラ トレードマーク ホールディングス エルエルシーは,「MOTO」の文字からなる商標について,第9類「腕時計の機能を有するスマートフォン・携帯情報端末・モバイルコンピュータ」を指定商品とする登録商標を有していた。

※各商標

原告商標 被告商標

商標登録第4995373号

   

指定商品:時計(第14類)

被告標章1

 

被告標章2

モトローラ商標
 

商標登録第5908902号

指定商品:腕時計の機能を有するスマートフォン・携帯情報端末・モバイルコンピュータ(第9類)

(2)争点
 本件の争点は,下記のとおりである。
  ① 原告商標と被告各標章の類否
  ② 原告商標の指定商品と被告商品の類否
  ③ モトローラ商標使用の抗弁の成否
  ④ 権利濫用の抗弁の成否
  ⑤ 損害の存否及び損害額
 本稿では,主に①②について取り上げることとする。

裁判所の判断

(1)争点1(原告商標と被告各標章の類否)について
 まず,裁判所は、被告標章2(moto 360)の要部を造語に係る「moto」部分と認定した上で,原告商標と被告商標は称呼,観念において一致し,外観上の違いも僅かであり一致しているとして,両者は類似すると判示した。被告は,被告商標における「moto」部分が著名商標である「モトローラ」の略称であることから,「モトローラの」,「モトローラ・ブランドの」等の観念を生じ,原告商標とは非類似となる旨の主張を行ったが,「moto」がモトローラの略称であることが需要者等において広く浸透したと認めるに足りない等として,被告の主張を退けた。

※裁判例より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)

   (2)  原告商標と被告各標章の類否
    ア 原告商標の外観,称呼及び観念
  原告商標は,別紙原告商標権目録記載のとおり,「moto」という欧文字の小文字から成る外観を有する。このうち,「m」の文字の左端の縦線の上端が飛び出しており,「t」の文字の縦線が下端部まで直線である。
  原告商標からは,「モト」との称呼が生じる。
  原告商標から特定の観念が生じるかについて検討するに,「moto」という単語は,一般的な英和辞典に記載がなく(甲21),また,我が国語の「もと」についても,これに当たる漢字としては「下」,「許」,「本」,「元」,「原」,「基」,「旧」,「故」等があり,その意味も,「物の下」,「起源」,「はじめ」など,様々なものがあると認められる(甲22)。
  以上によれば,「moto」は需要者から一種の造語のように認識されるものであり,原告商標から特定の観念が生じるとは認められない。
    イ 被告標章1の外観,称呼及び観念
  (ア) 被告標章1は,別紙被告標章目録記載のとおり,「moto」という欧文字の小文字が横書きされて成る外観を有する。このうち,「m」の文字の左端の縦線の上端は飛び出しておらず,「t」の文字の縦線の下端部は右に湾曲している。被告標章1からは「モト」との称呼が生じると認められるが,特定の観念が生じるとは認められない。
  (イ) これに対し,被告は,モトローラはスマートフォン及びその付属品たる腕時計型情報通信端末において周知著名であり,被告標章1の称呼である「モト」がモトローラの略称であることは,被告商品のような情報通信端末の需要者に既に浸透しているから,被告商品に接する需要者等は,被告標章1から「モトローラの」,「モトローラ・ブランドの」,「モトローラの品質保証が及んでいる」との観念を生じると主張する。
  この点について,証拠(乙3,4,17)によれば,モトローラが平成16年に発売した携帯電話「Motorola RAZR」は世界的なヒット商品となり,我が国においても平成18年に我が国における子会社であるモトローラ株式会社が上記携帯電話をベースとした「M702iS」の販売を開始したとの事実が認められるが,同商品の品名は「moto」の文字を含まず,同商品の販売により「モト」又は「moto」が「モトローラの」を意味するとの認識が需要者に浸透したと認めることはできない。
  その後,モトローラは,「Moto」を冠した携帯電話として,「Moto G」を平成27年12月に,「Moto X play」を平成28年3月に,「Moto Z」,「Moto Mods」を同年頃に,それぞれ我が国で発売し,「Moto Z」などの商品について,同年12月から平成29年1月にかけて宣伝広告活動を行ったことが認められる(甲57,58,乙17)。
  しかし,上記各商品の我が国における販売数や市場シェアは明らかではなく,また,モトローラによる上記スマートフォン等の我が国における販売は平成27年12月以降であり,被告商品の販売が開始された平成28年7月までの間に「moto」がモトローラの略称であることが需要者等において広く浸透したと認めるに足りる証拠も存在しない。
  被告は,モトローラがスマートフォン及びその付属品において周知著名であることを示すものとして,新聞,雑誌等(乙3~7,24~188)の記載を挙げるが,このうち,「モトローラ」,「Motorola」とのみ表記し,略称の「moto」の記載がないものについては,そもそも,そのような記載から「moto」がモトローラを意味すると読み取ることはできない上,「Moto Z」などのモトシリーズスマートフォンや被告商品の販売開始などを紹介する内容のものについては,同商品の我が国における販売数やシェアが明らかではないから,これらの記載から「moto」がモトローラの略称として需要者の間に浸透しており,「moto」から「モトローラの」という観念が生じるに至っていたとの事実を認めることはできない。
  以上によれば,「moto」という文字標章が,需要者の間でモトローラを示すものとして広く認識されているとは認められないから,被告標章1から「モトローラの」などの観念が生じるということはできない。
    ウ 被告標章2について
  (ア) 被告標章2の外観,称呼及び観念
   a 被告標章2は,別紙被告標章目録記載のとおり,「moto」という欧文字の小文字と「360」という数字が,間に空白が置かれて横書きされ,かつ,これらが円形に沿ってやや上方に湾曲して配置されて成る外観を有する。このうち,「m」の文字の左端の縦線の上端は飛び出しておらず,「t」の文字の縦線の下端部が右に湾曲していることは被告標章1と同様である。被告標章2からは,「モトサンビャクロクジュウ」,「モトサンロクマル」又は「モトサンロクゼロ」との称呼が生じると認められるが,特定の観念が生じるとは認められない。
   b これに対し,被告は,「moto」から「モトローラの」といった観念が,「360」から「360度の円形」という観念がそれぞれ生じ,両者を併せて「モトローラの円形のスマートウォッチ」との観念が生じると主張するが,「moto」から「モトローラの」という観念が生じると認められないのは,前記判示のとおりであり,また,「360」は単なる数字の記載であるから「360度の円形」が想起されるということはできない。
  (イ) 被告標章2の要部
  上記のとおり,被告標章2は,「moto」の部分と「360」の部分の間に空白があるほか,前者が欧文字,後者が数字であり,両者には意味の上での関連性がなく,これらの文字の結合によって,全体から特定の観念が生ずるということもできない。そして,「moto」の語は一般に使用されていない造語である一方で,「360」の部分は単なる数字にすぎないこと,被告標章2は,文字盤に被告標章1が付された被告商品の裏面に付されており,被告商品を見る者は,通常文字盤にある被告標章1(moto)を見てから被告標章2を見ると考えられることに照らすと,「moto」の部分がより需要者等に強い印象を与えると認められる。
  そうすると,被告標章2の要部は,「moto」の部分というべきである。
    エ 原告商標と被告各標章の対比
  原告商標と被告標章1の称呼及び被告標章2の要部の称呼はいずれも「モト」であり,特定の観念が生じない点も一致している。また,被告標章1の外観及び被告標章2の要部の外観につき,「moto」という欧文字の小文字から成る点も一致している。被告が指摘する「m」の左端の縦線の上端が飛び出しているか否か,「t」の縦線の下端部が湾曲しているか否かといった形態の相違は,一般的に存在するフォントの種類の中に,原告商標及び被告各標章のいずれの形態も含まれていること(甲55)に照らすと,些細な相違にすぎないというべきであり,外観も一致していると認められる。
  したがって,原告商標と被告標章1及び被告標章2は類似している。

(2)争点2(原告商標の指定商品と被告商品の類否)について
 次に,裁判所は,被告商品であるスマートウォッチについて,指定商品の区分としては第9類の「情報処理用の機械器具」に該当し,第14類の「時計」には該当しないとしつつも,スマートウォッチと腕時計の製造業者の同一性,商品の広告・販売状況,商品の用途,需要者の範囲等の事情を総合的に考慮すると,原告商標の指定商品である腕時計及び被告商品に同一又は類似の商標を使用した場合には,同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあるとして,両商品は類似の関係にあると判示した。

 2  争点(2)(原告商標の指定商品と被告商品の類否)について
    (1)  指定商品の同一性について
  原告商標の指定商品は「時計」であるところ,前記のとおり,省令別表は,第14類の「九 時計」「(一) 時計」について,「腕時計 置き時計 懐中時計 自動車用時計 ストップウォッチ 柱時計 目覚まし時計」と定めている。
  他方,政令別表第9類は「…情報処理用の機械器具…」を含むところ,平成28年12月12日経済産業省令第109号による商標法施行規則別表の改正により,同類に「三十一 腕時計型携帯情報端末 スマートフォン」が追加されている。特許庁の類似商品・役務審査基準〔国際分類第11-2017版対応〕(平成29年1月1日適用)によると,第14類には腕時計型携帯情報端末は含まないとされている(甲103,104,乙18)。
  被告商品は,いわゆるスマートウォッチ(又はウェアラブルウォッチ)と呼ばれる商品であり,「Android Wear」というオペレーティングシステムを搭載し,スマートフォンと連携させることにより,電子メールの受信等の表示,音声コマンドによる検索サイトの利用等をすることができるほか,スマートフォンにインストールされたアプリケーションの操作をすることなどができる(甲7~15,107,乙12,13)。
  このような被告商品の内容や性質に照らすと,被告商品は,その指定商品の区分としては,第9類の「情報処理用の機械器具」に該当し,第14類の「時計」には該当しないと解するのが相当である。
    (2)  指定商品の類似性について
    ア 指定商品の類似性の有無については,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判定すべきものではなく、それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあると認められるか否かにより判断すべきであり(最高裁昭和33(オ)第1104号同36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁),商品の品質,形状,用途が同一であるかどうかを基準とするだけではなく,その用途において密接な関連を有するかどうか,同一の店舗で販売されるのが通常であるかどうかなどの取引の実情をも考慮することが相当である(最高裁昭和37年(オ)第955号同39年6月16日第三小法廷判決・民集18巻5号774頁)。
    イ そこで検討するに,本件においては,以下の事実を認めることができる。
  (ア) 時計としての機能
  スマートウォッチ及び被告商品が時計としての機能を有することについては,当事者間に争いがない。
  (イ) 製造業者
  いわゆるスマートウォッチと呼ばれる商品は,アップル社,韓国LG電子,サムスンなどのIT企業に限らず,セイコーウォッチ,フォッシル,タグ・ホイヤー,シチズン,スカーゲン,フレデリック・コンスタント,カシオ計算機などの時計メーカーによっても製造,販売されている(甲30,43,47,52,乙173)。
  そして,スマートウォッチ市場には,平成28年頃から時計メーカーの参入が続き(甲43~46),平成28年9月21日付け東京読売新聞(甲52)は,「時計メーカー 参入続々 スマートウォッチ IT企業と差別化」との表題の下,「米アップルなどのIT企業だけでなく,腕時計メーカーが相次いで参入している」と報じている。
  (ウ) 販売状況
   a 小売店における商品の展示状況
  平成29年7月から10月の時点において,ビックカメラ有楽町店の3階健康家電売場にウェアラブルウォッチのコーナーが,6階に時計売場がそれぞれ設けられているが,シチズン,カシオ,タグ・ホイヤー,フォッシルなどのブランドの商品が展示された6階時計売場のショーケースでは,同ブランドのスマートウォッチとそれ以外の腕時計が並べて陳列されている(甲53,109,乙19)。他方,同年6月の時点において,被告店舗では,被告商品は8階の携帯電話用品売場で販売され,腕時計は10階の腕時計売場で販売されていた(乙2)。
  原告及び被告の行った調査を総合すると,平成29年9月及び10月の時点において,東京,神奈川,千葉,埼玉,大阪,京都に所在する28の時計店のうち,スマートウォッチと通常の腕時計の両方を取り扱っている店舗は17店であった(甲109,乙19。なお,タイムステーションNEOの堺鉄砲町店とトレッサ横浜店は同一店舗として計算している。)。
   b ネットショッピングにおける商品の区分
  平成29年7月の時点において,ビックカメラのインターネット通販サイトでは,カシオのスマートウォッチが「国内メーカー腕時計(男性向け)」のカテゴリーで,通常の腕時計とともに販売されている(甲54)。また,アマゾンのウェブサイトにおいて,被告商品は「家電・カメラ・AV機器」というカテゴリーで扱われている(なお,腕時計は「Amazon Fashion」というカテゴリーで扱われている。)が,「moto 腕時計」で検索すると被告商品が表示される(甲11~13,81~88,乙21)。さらに,ヤフーショッピングのウェブサイトでは,被告商品は「腕時計・アクセサリー」カテゴリーの中の「スマートウォッチ」に分類され(甲89~93),楽天市場のウェブサイトには被告商品を「腕時計」と分類している店舗がある(甲96)。上記の3つのウェブサイトには,被告商品を「スマートウォッチ 腕時計」と表示しているものがある(甲82,83,89~95)。
  (エ) 被告商品の説明,使途等
   a 被告商品を製造したモトローラ・モビリティのウェブサイト(平成28年当時)には,時計表示の被告商品の写真が掲載されるとともに,「あなたの時間を刻む時計を選ぶ」などと表記されている(甲7,10,11)。
   b モトローラ・モビリティが作成した被告商品のユーザーガイドの表紙には時計表示がされた被告商品の写真が掲載されるとともに,その「概要」ページには,被告商品を「新型の時計Moto360(第2世代)」と紹介した上で,その初期画面が時計表示であることが説明され,さらに,「卓上時計としても使えます」,「お客様の時計は」,「時計にどのような機能があるのか探索してみてください」,「1台の時計にさまざまな表情」などの記載が存在する(甲15)。
   c シネックスインフォテック,Amazon,楽天ブックス等の正規販売店及び正規販売店以外の販売業者による被告商品の広告には,全て時計表示の被告商品の写真が掲載されている(甲8~13,81~96)。また,シネックスインフォテックは,被告商品について,「スマートフォンに対応しており,腕に付けた時計に必要な情報をタイムリーにお知らせします」,「ウォッチフェイスを自由に変更して時計の雰囲気を変え」などと紹介している(甲8)。
  (オ) 原材料及び品質
  被告商品は,1.56インチLCDゴリラガラス3採用のディスプレイ,筐体(本体ステンレススチール,裏面プラスチック),心拍センサー,光センサー,バッテリーと,Android WearというOS,CPU,RAM,ROMなどから構成される(乙22)。
  通常のアナログ時計は,地板,歯車,電池,コイルブロック,巻真等で構成され,デジタル時計は地板,液晶パネル,反射板,回路スペーサー回路ブロック,電池絶縁版等から構成される(乙23)。
  (カ) 需要者の範囲
   a 雑誌における取扱い
  スマートウォッチの雑誌における取扱いについてみると,スマートウォッチは,「Men’s JOKER WATCH」,「時計 FINEBOYS」,「WATCH NAVI」といった腕時計専門雑誌,「Men‘s NON-NO」,「AERA STYLE MAGAZINE」などのファッション雑誌や,「mono(モノ・マガジン)」,「MonoMax(モノマックス)」,「日経TRENDY」などの雑誌における腕時計特集において,通常の腕時計とともに紹介されている(甲30~42,44~49)。
  また,「時計 FINEBOYS VOL.12」(平成29年5月発行)の「ゼロからわかる!腕時計の100識」という小冊子の「時計のタイプを知る。」という項目において,スマートウォッチは,デジタルウォッチ,デザインウォッチ等と並び,腕時計のタイプの一つとして紹介されている(甲31)ほか,「AERA STYLE MAGAZINE Vol.35」(平成29年7月発行)の腕時計に関するアンケートでは,「どの種類の時計が欲しい?」という質問の選択肢として,機械式時計,クォーツ等と並び,スマートウォッチが挙げられている(甲33)。
   b 価格
  被告商品は,アマゾンのウェブサイトで3万8000円から4万4000円程度の価格帯で販売されているが(甲10~13),スマートウォッチ一般の値段は商品によって様々であり(甲32,37,43,45,51,105),高価格のものは30万円を超えている(甲51)。他方,通常の腕時計の価格も,数千円台のもの(甲31)から100万円を超えるもの(甲33)まで様々である。
    ウ 上記認定事実によれば,スマートウォッチの市場には時計メーカーも参入し,IT企業のみならず,時計メーカーも腕時計等の時計に加えてスマートウォッチを製造,販売しているとの事実が認められる。このように,腕時計とスマートウォッチでは製造業者が共通し,時計メーカーが時計製造で培った技術を活かし,スマートウォッチ市場に参入している状況が看取される。
  また,販売状況を見ても,ビックカメラ有楽町店の例に見られるように,スマートウォッチと時計の売り場が共通している店舗もあり,原告及び被告の行った調査結果によれば,時計店の中にはスマートウォッチと腕時計の両方を取り扱っている店が相当程度あることがうかがわれ,ネットショッピングにおいても,スマートウォッチと腕時計のカテゴリーの区別は截然とせず,スマートウォッチを「腕時計・アクセサリー」の一つに分類しているショッピングサイトも存在する。そうすると,スマートウォッチと腕時計は,その販売分野においても共通若しくは近接しており,同一のウェブサイトや売り場で一緒に販売されていることも少なくないということができる。
  さらに,上記のとおり,スマートウォッチが時計としての機能を備えていることは争いがないところ,証拠に現れているスマートウォッチの初期画面はいずれも時計であり,被告商品を製造したモトローラ・モビリティのウェブサイト及び同商品の取扱説明書においても,時計表示の被告商品の写真が掲載されるとともに,同商品が「時計」である旨の記載がされ,同商品を販売するインターネットサイトにおいても同様の説明がされていると認められる。そうすると,スマートウォッチは,時計表示が付随的な機能にすぎない他の家電製品とは異なり,その主たる用途・使途は時計として使用することにあるというべきである。
  加えて,上記イ(カ)によれば,スマートウォッチの購入者は特定の層ではなく,時計に関心を有する一般消費者であり,ネットショッピングや小売店などで腕時計を購入しようとする一般の消費者にとって,スマートウォッチは,通常の腕時計等と並んで購入対象となるものであると認められる。また,スマートウォッチと時計とで販売価格が大きく異なるとは認められないことも考え併せると,スマートウォッチと腕時計の需要者層は重複しているということができる。
    エ 以上のとおり,スマートウォッチと腕時計の製造業者の同一性,商品の広告・販売状況,商品の用途,需要者の範囲等の事情を総合的に考慮すると,原告商標の指定商品である腕時計及び被告商品に同一又は類似の商標を使用した場合には,同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあるというべきである。
  したがって,被告商品は,原告商標の指定商品のうち「腕時計」と類似の商品であるということができる。

(3)その他の争点
 まず,被告は,被告による被告商標の使用は,登録商標であるモトローラ商標の専有権(商標法25条)の範囲内での使用であるとして,モトローラ商標使用の抗弁を主張したが,裁判所は,原告商標と被告各標章は類似し,かつ,原告商標の指定商品である腕時計と,モトローラ商標の指定商品である第9類に属する被告商品とは類似するから,モトローラ商標は,商標法4条1項11号,46条1項1号により,いずれも無効にされるべきものであるとして,当該抗弁を棄却した。
 次に,被告は,第二次不使用取消審判請求の登録日(平成29年6月23日)前3年以内の要証期間内に,原告が原告商標を腕時計について使用していないので,原告商標の指定商品のうち「腕時計」は不使用取消審判によって取り消されるべきものであり,そのような原告商標権に基づく権利行使は権利の濫用として許されないと主張した。これに対し,原告は各種の証拠を提出して反論を行ったが,いずれも証拠の証明力の問題等から原告の主張は採用されず,裁判所は,原告商標の指定商品中「腕時計」は,不使用取消審判により取り消されるべきと判示した。
 そして,審判により取り消された後の「時計(腕時計を除く。)」との指定商品との関係では,被告商品は類似しないので,原告による差止請求は,権利の濫用として許されないとしつつ,損害賠償請求については請求期間が審判請求登録日以前であることから,被告の抗弁を棄却して原告の請求を一部認容した。なお,損害額は,被告商品に係る売上高が53万4868円であったところ,商標法38条3項により料率は5パーセントで計算し,損害額は2万6743円(1円未満切捨て)に弁護士費用5000円を加算した合計3万1743円であった。

むすび

 本件は、互いに異なる指定商品区分に属する「腕時計」(第9類)と「スマートウォッチ」(第14類)の類否が問題となった事案であり,商品の類否の判断手法等において実務上参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸