【令和7年2月27日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10087号)】
【事案の概要】
本件は、商標法50条1項に基づく商標登録取消審判請求について、特許庁が請求不成立とした審決の取消しを求める事案である。争点は、同条2項所定の期間に日本国内において、登録商標の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが請求に係る指定商品について登録商標の使用をしていたか否かである。
【判決文抜粋】(下線は作成者)
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
第1 請求
特許庁が取消2022-300932号事件について令和6年5月21日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
(中略)
2 特許庁における手続の経過等
⑴ 被告が商標権者である登録第6162919号商標(以下「本件商標」と いう。)は、「UNBRAKO」の文字を標準文字で書して成る商標であり、平成30年10月20日商標登録出願され、第6類「金属製金具」を指定商品として、平成31年4月12日登録査定され、令和元年7月19日設定登録された。(甲1、2)
⑵ 原告は、令和4年10月19日付けで本件商標の指定商品(第6類「金属製金具」)について、商標法50条1項に基づく不使用取消審判請求(以下「本件審判請求」という。)をし、同年11月4日本件審判請求(取消2022-300932)の登録がされた(同条2項所定の「その審判の請求の登録前3年以内」とは、令和元年11月4日から令和4年11月3日まで(以下「要証期間」という。)である。)。
⑶ 特許庁は、令和6年5月21日に、本件審判請求は成り立たないとの審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月30日原告に送達された。
⑷ 原告は、令和6年9月25日、本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
3 本件審決の理由の要旨
⑴ 中島工機株式会社(以下「中島工機」という。)は、本件商標について商標権者である被告から使用許諾を得た通常使用権者であるところ(甲12、本件審決の乙1)、中島工機は、要証期間中の令和3年6月9日に、株式会社小野に対し、アンブラコ製の使用商品(ボルト)100個を納入し(甲14、本件審決の乙3)、その納入に際して、使用商標(Unbrako)を付した包装箱(黒色の外箱。甲13、本件審決の乙2)に使用商品を収納して譲渡又は引き渡したものである。
そして、使用商標は、包装箱に付された「Unbrako🄬」の構成などから「Unbrako」の文字が独立して自他商品識別標識としての機能を果たすものであり、使用商標「Unbrako」の文字と、本件商標「UNBRAKO」の文字は、大文字と小文字の差はあるものの、綴りを共通にするから、社会通念上同一の商標である。また、使用商品「ボルト」は、「金属製金具」の範疇に属する。
以上からすれば、通常使用権者が、要証期間に日本国内において本件審判請求に係る指定商品(第6類「金属製金具」)の範疇に属する「ボルト」の包装箱に、本件商標と社会通念上同一と認められる使用商標を付して譲渡又は引き渡した(商標法2条3項2号)と認めることができる。
⑵ よって、被告は、要証期間中に日本国内において、通常使用権者が審判請求に係る指定商品について本件商標(社会通念上同一と認められる商標を含む。)を使用していたことを証明した。
第3 審決取消事由に関する当事者の主張
(中略)
第4 当裁判所の判断
1 原告は、本件審決には商標法50条の「登録商標の使用」に係る判断の誤りがあると主張するので、以下、検討する。
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
⑴ 原告及びその企業グループは、アンブラコ・ブランドのボルト等のファスナー製品を製造販売しており、中島工機は、原告の日本総代理店の販売代理店(原告の復代理店)の一つとして、遅くとも平成13年1月頃から継続して、同製品を販売してきた(甲30、弁論の全趣旨)。
⑵ 被告は、令和元年7月19日に登録された本件商標「UNBRAKO」の商標権者であり、中島工機は、同年8月1日、被告から、本件商標につき、商品「金属製金具」、地域「日本全国」、期間「本件商標権の存続期間が満了するまで」との範囲内で通常使用権の許諾を受けた(甲12、本件審決の乙1)。
⑶ 中島工機は、株式会社小野に対し、アンブラコ製品のボルト100本(乙2製品)を販売し、令和3年6月9日にこれを納入した。中島工機は、その際、包装箱に梱包済みの同製品を納入しており、同包装箱は、黒色で、上面部及び左側面部にそれぞれ赤地に白色文字で「Unbrako🄬」との表記があり、上面部の同表記の下方には白色文字で品質表示文言が記載され、上面部から正面側面部にかけて貼付されたラベルには、上面部に「PARTNO.1118936」「QUANTITY100」「SOCKET HEAD CAP」「8-32 UNC x3/4」「1960 Series」「CERTIFICATE NO.75362M1639」などの、正面側面部に「SOCKET HEAD CAP」「1118936」「8-32 UNC x3/4」「1960 Series」「SHANNON、IRELAND」などの各記載がある(甲13、本件審決の乙2)。また、中島工機は、販売の際に、同日付け物品受領書/現品票を作成し、株式会社小野から受領印を得ており、同取引書類には、メーカー「アンブラコ」、商品「CS#8NCX3/4」「CAP NC #8-32 x3/4」、数量「100」、単位「P」などの記載がある(甲14、本件審決の乙3)。
2 検討
⑴ 前記認定事実によれば、中島工機は、本件商標の通常使用権者であるところ、本件商標は「UNBRAKO」の標準文字から成り、他方、乙2製品の包装箱の「Unbrako🄬」との表記は、その構成から「Unbrako」の文字部分が独立して自他商品識別標識として機能するものということができる。そして、本件商標「UNBRAKO」と乙2製品の使用商標「Unbrako」は、大文字、小文字の相違はあるが、綴りが共通し、称呼も同じになるから、社会通念上同一というべきである。また、乙2製品のボルトは、指定商品「金属製金具」の範疇に属する。
そうすると、本件商標の通常使用権者である中島工機は、要証期間である令和3年6月9日、株式会社小野に譲渡販売し、本件商標が表示された包装箱に梱包された金属製金具(ボルト100個)を納品したものと認めるのが相当であり、指定商品について登録商標の使用(商標法50条、2条3項2号)をしたというべきである。
⑵ 原告は、乙2製品の販売は、本件商標とは無関係なメーカーの出所を特定し、販売するものであり、また、商標使用の効果を原告に帰属させるものであるから、商標法50条の「登録商標の使用」にいう出所表示機能を発揮する態様での商標の使用ではないなどと主張する。
しかし、商標法50条の趣旨は、登録された商標には排他独占的な権利が発生することから、長期間にわたり全く使用されていない登録商標を存続させることは、当該商標に係る権利者以外の者の商標選択の余地を狭め、国民一般の利益を不当に侵害するという弊害を招くおそれがあるので、一定期間使用されていない登録商標の商標登録を取り消すことを認めたものである。そうすると、商標法50条所定の「使用」は、当該商標がその指定商品又は指定役務について商標として使用されていれば足り、その商標としての使用が商標権者を商品の出所として表示する場合に限定されるものではないというべきである。
そして、前記の中島工機による乙2製品の譲渡販売行為では、指定商品である金属製金具の譲渡販売において、譲渡販売対象が「アンブラコ」という商品であることが取引書類に記載されるとともに、本件商標の付された包装箱に梱包された製品が納入されているのであるから、本件商標の通常使用権を有する中島工機においては、その指定商品について、商標法50条所定の「登録商標の使用」をしたものというべきである。原告は、中島工機による乙2製品の譲渡販売行為は、商標使用の効果を原告に帰属させるものであるから、同条所定の「登録商標の使用」に当たらないとも主張するが、前記の同条の趣旨に照らすと、本件商標が原告を商品の出所として表示するために使用された場合であっても、要証期間中に指定商品である乙2製品について本件商標が使用された事実が認められる以上、それが「登録商標の使用」に当らないということはできない。よって、原告の主張を採用することはできない。
3 以上によれば、被告は、要証期間に日本国内において、通常使用権者が審判請求に係る指定商品について本件商標(社会通念上同一と認められる商標を含む。)を使用していたことを証明したといえるから、本件審判請求を成り立たないものとした本件審決の判断に誤りはない。
第5 結論
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
【解説】
本件は、商標法50条1項に基づく商標登録取消審判請求について、特許庁が請求不成立とした審判の取り消しを求める事案である。
商標法50条1項は、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者が、3年間指定商品について登録商標の使用をしていないときは、登録商標の登録は取り消される旨規定する。本件では、商標権者である被告から使用許諾を得た通常使用権者である中島工機が、株式会社小野に対して納入したアンブラコ製の使用商品(ボルト)の包装箱に使用商標を付したことが、商標法50条、同2条3項2号の「使用」に当たるかどうかが争われた。
裁判所は、中島工機から株式会社小野にボルトを納品した際には、本件商標が表示された包装箱に梱包された指定商品を納入したのだから、指定商品について登録商標の使用をしたというべきであると判断して、原告の請求を棄却した。原告の、中島工機から株式会社小野に対するボルトの納品は、商標使用の効果を原告に帰属させるものであるから、出所表示機能を発揮する態様での商標の使用ではない、との主張に対しては、商標法50条の趣旨から、同条所定の「使用」は、当該商標が指定商品又は指定役務について使用されていれば足り、商標権者を商品の出所として表示する場合に限定されないと判断した。
本判決の判断は、商標法50条の「使用」について、出所表示機能の効果が誰に帰属するか、という点では広く解釈したものであるが、商標法50条の趣旨を踏まえれば、妥当であると考える。
商標法では、商標登録の要件として、現に当該商標を使用していること又は登録後直ちに使用することは求められていないが、商標法50条は、商標権者の排他独占的な地位を、長期間にわたり使用されていない登録商標に対して認めることは、国民一般の利益を不当に侵害するとして、3年間の不使用の場合は取り消され得ることを定めたものである。商標権者は、商標権を取得した後も、権利を維持する場合には、何らかの形で使用するよう留意するべきである。
本件では、アンブラコ・ブランドのボルト等のファスナー製品を製造販売している原告ではなく、被告が本件商標「UNBRAKO」の商標権者となった経緯、及び日本におけるアンブラコ製のボルトの総代理店である原告ではなく、原告の復代理店である中島工機に通常使用権が許諾された経緯は不明であるが、原告としては、本件商標に関する被告の商標権を取消し、自らが商標登録する狙いがあったと思われる。
本件は事例判決であるが、商標法50条の「使用」の解釈についての実例として、取り上げさせていただいた。
以上
弁護士 石橋 茂