【令和7年3月17日(大阪地裁 令和5年(ワ)第10125号)】
◆争点:液体石鹸ディスペンサー用容器に係る登録意匠と被告意匠が類似するかまたは利用関係にあるか
【キーワード】
意匠法24条2項、意匠法26条、類似、利用
1 事案の概要
本件は、液体石鹸ディスペンサー用容器に係る登録意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である原告が、被告商品(被告商品に係る意匠を以下「被告意匠」という。)を販売する被告に対して、意匠権侵害を主張して、販売等の差止等を請求した事件である。
- 本件意匠(一部の角度での図のみ抜粋)
- 被告商品の形状(一部の角度での写真のみ抜粋)
2 裁判所の判断
(※下線は筆者が付した)
・・・
1 争点1(本件意匠と被告意匠が類似するか)について
(1) 本件意匠と被告意匠の構成について
ア 本件意匠の構成
本件意匠は、別紙「本件意匠(図面)」のとおりであり、その構成は、別紙「構成態様一覧表」の「本件意匠」の「裁判所の認定」欄のとおりと特定される。
原告は、マグネットの突出を構成として挙げていないが、上記図面(【斜視図】【正面図】【背面図】)によれば、マグネット部分は、壁取付面において突出(凸状)していることは明らかであり、美感にも影響する形状であるから、この点は具体的構成態様として特定するのが相当である。
イ 被告意匠の構成
被告意匠の構成は、別紙「構成態様一覧表」の「被告意匠」の「裁判所の認定」欄のとおりと特定される。
原告は、防滑シートとマグネットから成る形状を具体的構成態様として位置付けない旨主張するが、被告意匠の防滑シートとマグネットは壁取付面において本体から突出し、ある程度の大きさを有し、接して配置されていることからすると(甲12)、これらの形状は美感にも影響する形状といえるから、具体的構成として特定するのが相当である。
(2) 本件意匠と被告商品との類否の判断手法
登録意匠とそれ以外の意匠が類似するか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うこととされている(意匠法24条2項)ところ、類否の判断は、登録意匠に係る物品の性質、用途、使用態様を考慮し、更には公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を参酌して、当該意匠に係る物品の看者となる需要者の視覚を通じて最も注意を惹きやすい部分(意匠の要部)を把握し、この部分を中心に、両意匠の構成を全体的に観察・対比して認定された共通点と差異点を総合して、両意匠が全体として美感を共通にするか否かによって判断するのが相当である。
(3) 本件意匠の要部
ア 物品の性質、用途、使用態様
本件意匠に係る物品は、「液体石鹸ディスペンサー用容器」である。
本件意匠は、シャンプー等の液体石鹸用のディスペンサー容器であり、背面側のマグネットを利用して壁面に取り付けた状態で使用することもできるものである(甲3:意匠公報の「意匠に係る物品の説明」)。
そうすると、本件意匠の需要者は、上記容器を購入又は購入を検討する消費者であると認められる。そして、需要者は、上記容器を壁面に取り付けない場合には、ディスペンサー容器としての使いやすさやインテリアとの協調性から、その前面や側面の形状に注意を惹かれやすいといえるが、壁面に取り付けて使用する場合には、壁面への接着の強度等への関心から、上記容器の背面(取付面)の形状に注意を惹かれやすい。
イ 公知意匠
本件意匠の登録出願日(令和3年6月2日)時点では、①縦長の角丸正方形筒状の容器本体を備える複数の液体用又は泡用ディスペンサー(乙1・番号1、3,4、6、10)、②上記形状の容器本体の背面に略全体に亘って縦長長方形シート状のマグネットが貼り付けられた液体用ディスペンサー(乙1・番号2)、③縦長の容器本体の背面に縦長長方形シート状のマグネットや滑り止めを備えた歯ブラシホルダー(乙2・番号2、乙11)、略横長長方形状又は台形状の本体の背面に略全体に亘って横長長方形シート状のマグネットが貼り付けられた石鹸置きやトレイ等(乙2・番号3ないし6、乙12ないし16)が存在した(うち、②及び③は、いずれも浴室壁面や金属壁面に取り付けて使用されるものである。)。また、上記時点において、④原告は、上面に開口を有する縦長角丸正方形筒状の容器本体と同上面の開口に合わせた角丸正方形状の着脱可能な蓋本体から成り、容器本体に取り付けた状態では薄いプレート板状となる、液体用ディスペンサーを販売していた(乙8。取扱開始日は平成26年2月21日。)。
ウ 要部の検討
本件意匠に係る物品の性質、用途、使用態様は、上記アのとおりである。そして、上記イによれば、本件意匠の登録出願時点において、液体用ディスペンサーにおいて、縦長角丸正方形筒状の容器本体を有する構成(上記イ①)や、上面に開口を有する縦長角丸正方形筒状の容器本体及び同開口に合わせた角丸正方形状の蓋を有する構成(上記イ④)、本体の背面に略全体にわたってマグネットを貼り付ける構成(上記イ③)はいずれも公知であったといえる。
以上を前提に、上記(2)の判断手法に沿って意匠の要部を検討すると、液体用ディスペンサーの上面に開口を有する容器本体と蓋を備えることや、容器本体及び蓋の形状、容器本体の背面にマグネットを貼り付ける構成は、いずれも公知であるか、又は機能的形態であり、本件意匠の要部であるとはいえない。本件意匠の使用態様が、浴室等の壁面に取り付けるものであることからすれば、本件意匠の需要者は、容器本体の正面のみならず、マグネットを含めた容器本体の背面(壁取付面)の具体的な形状に最も注意が惹かれるというべきであるところ、正面の構成は上記のとおり公知であるから、本件意匠の要部は、マグネットを含めた容器本体の背面(壁取付面)、すなわち、具体的構成態様I及びJ(筆者注:容器本体の壁取付面の形状)であると認めるのが相当である。
これに対し、原告は、本件意匠のすべての基本的構成及び具体的構成の組合せが要部になると主張するが、上記(2)の意匠の類否の判断手法とは相容れないものであり、採用できない。
(4) 類否の判断
本件意匠及び被告意匠は、・・・基本的構成態様C及び具体的構成態様F、HないしJにおいて相違する。
・・・共通点は、いずれも本件意匠の要部に関する構成ではないのに対し、上記相違点は、蓋の形状(筆者注:基本的構成態様C、具体的構成態様F、H)に関する相違は微細な相違であるといえるが、容器本体の壁取付面の形状(具体的構成態様I及びJ)に関する相違は、本件意匠の要部に関する相違である。・・・
このように、本件意匠と被告意匠は、要部において顕著な相違があり、上記共通点を考慮しても、両意匠の共通の美感を凌駕するものではなく、需要者が受ける全体としての美感を異にするものというべきである。
(5) 小括
以上によれば、本件意匠と被告意匠は類似するとは認められない。
2 争点2(被告意匠は本件意匠又はこれと類似する意匠を「利用する」(意匠法26条)ものであるか)について
意匠の利用(意匠法26条)とは、ある意匠がその構成要素中に他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を、その特徴を破壊することなく、他の構成要素と区別し得る態様において包含し、この部分と他の構成要素との結合により全体としては他の登録意匠とは非類似の意匠をなすが、この意匠を実施すると必然的に他の登録意匠を実施する関係にある場合をいうと解するのが相当である。
上記1によれば、本件意匠と被告意匠は、複数の構成において共通するが、容器本体の壁取付面の形状において顕著な相違があるところ、この相違点は、需要者が最も注意を惹かれやすい部分(要部)、すなわち、各意匠の特徴部分に関する相違点である。このように、意匠の特徴部分において両意匠は相違していることからすれば、被告意匠が、本件意匠又はこれに類似する意匠の全部を「その特徴を破壊することなく、他の構成要素と区別し得る態様において包含」するとはいえない。
よって、被告意匠は、本件意匠又はこれと類似する意匠を「利用する」ものであると認めることはできない。争点2に係る原告の主張は、理由がない。
3 コメント
本件では、素朴な感覚からは類似しているようにも思われる本件意匠と被告意匠について、類似が認められなかった。
本件のように、意匠法における類似の範囲、ひいては意匠権の権利範囲を判断するにあたっては、登録意匠そのものだけでなく、登録意匠に係る物品の性質、用途、使用態様を考慮し、更には公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を参酌して検討する必要がある。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介