【令和7年1月24日(東京地裁 令和4年(ワ)第11316号】
【キーワード】
商標法38条3項、損害、使用料率
【事案の概要】
原告は、菓子の製造、販売等を業とする株式会社であり、次の登録商標(商標登録第5135076号、商標登録第5135077号)(以下、それぞれ「原告商標1」及び「原告商標2」といい、これらを併せて「原告各商標」という。また、原告各商標に係る商標権を「原告各商標権」という。)を有している。
商標登録:第5135076号
商標:
指定商品・役務:
第35類 菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供
商標登録:第5135077号
商標:
指定商品・役務:
第35類 菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供
被告は、国内外食事業、宅食事業等を業とする株式会社であるところ、令和4年2月1日から「PAKU MOGU(パクモグ)」という名称のミールキット(カット済み・下ごしらえ済み食材、調味料、レシピ等がセットになったもののこと。以下「被告ミールキット」という。)の販売を開始した。また、被告は、被告のウェブページ(以下「被告ウェブページ」という。)、被告のYoutubeチャンネル(以下「被告チャンネル」という。)で公開された動画のタイトル、説明及びサムネイル(以下、総称して「被告ウェブページ等」という。)に加え、被告ミールキットに係るレシピ、パンフレット及びチラシには、次の標章(以下、それぞれ「被告標章1」ないし「被告標章7」といい、これらを併せて「被告各標章」という。)を表示していた。
被告標章1 | 被告標章2 | 被告標章3 | 被告標章4 |
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被告標章5 | 被告標章6 | 被告標章7 |
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原告は、被告の当該表示行為について、本件商標権を侵害しているとして、被告に対し、商標法36条に基づく差止等請求及び民法709条に基づく損害賠償請求を行った。
なお、被告ミールキットの売上高は、5億1037万4025円であった。
【争点】
・損害の発生及び額(商標法38条3項に基づく使用料率)
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(原告各商標と被告各標章の類否)について
(1)~(4)(省略)
(5) 原告商標1と被告各標章との対比
ア・イ(省略)
ウ 原告商標1と被告標章5の類否について
(ア) 原告商標1は、ゴシック体様の片仮名及び平仮名から成る「パクとモグ」という文字が横書きされたものであり、文字は全て黒色であって、被告標章5は、ゴシック体様の片仮名の「パクモグ」という文字が横書きされたものであり、文字は基本的に黒色である。両者の外観を比較すると、片仮名の「パク」と「モグ」の間に平仮名の「と」が含まれるか否かという点において相違するものの、その点以外の大部分においては共通している上、原告商標1において、「と」が他の文字と比べてやや小さく記載されていることも考慮すれば、両者の外観は類似するというべきである。
(イ) 原告商標1と被告標章5において、その称呼において類似し、同一の観念を想起させるものであることは、前記ア(イ)及び(ウ)で説示したとおりである。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)のとおり、原告商標1と被告標章5は、その外観及び称呼において類似しており、同一の観念を想起させるものであるということができるから、前記ア(エ)及びイ(イ)で説示した取引の実情を踏まえても、原告商標1と被告標章5とが同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれ生じるものと認められる。
したがって、原告商標1と被告標章5は類似するものと認めるのが相当である。
(6)(省略)
(7) 小括
以上によれば、原告商標1と被告標章5は類似するものと認められるが、原告商標1とその余の被告各標章及び原告商標2と被告各標章についてはいずれも類似するものと認めることはできない。
2~4(省略)
5 争点5(損害の発生及び額)について
(1) 商標法38条3項による損害額の算定
ア 証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によれば、経済産業省知的財産政策室編の「ロイヤルティ料率データハンドブック~特許権・商標権・プログラム著作権・技術ノウハウ~」には、第35類「広告、事業の管理又は運営及び事務処理及び小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」の指定役務に係る商標の使用料率(ロイヤルティ料率)は、平均3.9パーセント、標準偏差3.5パーセント、最大値11.5パーセント、最小値0.5パーセントと記載されていることが認められる。
この点について、上記の使用料率は、菓子やミールキット以外に係る使用料率の例が含まれると推認されることに加え、前記1ないし3で説示したとおり、本件では、被告各標章のうち被告標章5(片仮名の「パクモグ」)のみが原告商標1を侵害すると認められるところ、このような一部の標章のみの使用を前提に使用許諾契約を締結することは通常考え難く、本件全証拠によっても、そのような契約が締結され得るような例外的な事情を認めることはできないから、本件において上記の文献で記載されている使用料率がそのまま妥当するということはできない。
そして、前記1(5)ア(オ)のとおり、被告ウェブページ等で主に使用されているのは、アルファベットの「PAKUMOGU」であり、片仮名の「パクモグ」は補助的に使用されているにすぎない上、証拠(乙35ないし38、41)及び弁論の全趣旨によれば、被告が令和6年2月頃までに被告ウェブページ等から被告標章5を削除した後も、被告ウェブページのユニークユーザー数は減少しておらず、むしろ増加傾向にあることが認められる。そうだとすれば、被告標章5の使用が被告ミールキットの売上げに与える影響は極めて限定的なものにとどまるものというべきである。
なお、原告は、インターネット上の検索サイトで被告ミールキットを検索する需要者としては、片仮名の「パクモグ」を使用して検索するのが通常であることから、被告標章5の使用が被告ミールキットの売上げに大きく寄与していることを主張する。
しかしながら、需要者が平仮名等ではなく片仮名の「パクモグ」を使用して検索するのが通常であるとの事実を認めるに足りる証拠はない。しかも、仮に需要者が上記の方法で検索を行うとしても、それは既に別の方法で被告ミールキットの名称を把握しているからであるとも考えられ、そうだとすれば、原告の指摘するような事情から被告標章5の記載が被告ミールキットの売上げに大きく寄与しているということはできない。
したがって、原告の上記の主張は採用できない。
イ 他方、商標権侵害をした者に対して事後的に定められるべき登録商標の使用に対し受けるべき使用料率は、通常の使用料率に比べて自ずと高額になるものと解される。
ウ 以上の事情を総合考慮すると、本件において、原告商標1の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額を算定する際の使用料率は、被告ミールキットの売上高の1パーセントとするのが相当である。
したがって、商標法38条3項により算定される損害額は、510万3740円(5億1037万4025円×0.01)と認められる。
エ これに対し、被告は、①原告サイトにおいては、原告商標1そのものは使用されていない上、原告が販売しているのは菓子であり、ミールキットの販売はしていないことなどを踏まえると、原告商標1は顧客誘引力を有するものではなく、また、②被告は、アルファベットの「PAKUMOGU」を中心に使用しており、被告標章5はアルファベット表記に続く読み仮名として、ごくわずかな部分で補助的に使用されているだけであり、被告ウェブページから被告標章5を削除した後も、被告ウェブページのアクセス数に影響はなく、被告標章5は被告ミールキットの売上げに全く寄与していないことから、損害不発生の抗弁が成立すると主張する。
しかしながら、上記①については、証拠(甲7、139、159)及び弁論の全趣旨によれば、原告は「パクとモグ」という名称のインターネット上のショッピングサイト(原告サイト)を運営しており、原告サイトには、その字体や文字の色は原告商標1とやや異なるものの、原告サイトのことを意味するものとして「パクとモグ」という記載が存在すること、原告サイトは、令和3年1月に日本マーケティングリサーチ機構が実施した調査において「ギフトにぴったりな菓子通販NO.1」に選ばれたことが認められる。このような事情からすれば、菓子とミールキットが必ずしも同様の形で提供されるものではないことを考慮しても、原告商標1に顧客誘引力が全く認められないということはできない。
また、上記②については、前記2(2)及び3で説示したとおり、被告標章5は、その余の被告各標章と併せて、被告の提供する役務の出所を示すものとして使用されていることが認められ、このような事実を前提に検討すると、本件全証拠によっても、被告標章5の使用のみが被告ミールキットの売上げに全く寄与していないことが明らかであるとまでは認められないというべきである。
したがって、本件において損害不発生の抗弁が成立するとはいえないから、被告の上記の主張は採用できない。
(2) 弁護士費用に係る損害額
事案の難易及び前記(1)で認定した損害額並びにその他本件で現れた諸般の事情に照らすと、本件において被告による原告商標権1の侵害と相当因果関係を有する弁護士費用は50万円とするのが相当である。
(3) 小括
以上のとおり、原告に生じた損害額は合計560万3740円となる。
(・・以下、省略・・)
【検討】
1 商標法38条3項について
商標法38条3項には、商標権者又は専用使用権者が侵害者に対し「その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」を損害として請求できる旨が定められている。
商標法38条は、知的財産権の侵害によって被る損害(逸失利益)について、権利者の主張立証責任の困難性を軽減させる趣旨であるところ、同条1項及び2項は損害額を推定する規定であるが、同条3項は少し毛色が異なり、使用料相当額について損害賠償請求を可能とする規定となっている。同条1項及び2項に基づく請求は、原則として権利者による登録商標の使用が必要と解されているが、同条3項に基づく請求は、使用料相当額を最低限度の損害額として法定したものであって、権利者が登録商標を使用していなくとも行うことができると解されている。そのため、登録商標を使用していない商標権者の請求は、基本的には、同条3項に基づく請求となるだろう。
ただし、同条3項に基づく請求であっても、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができるとされている(損害不発生の抗弁)(最判平成9年3月11日(小僧寿し事件))。
2 本件について
本件は、菓子の製造・販売事業を行う原告が、ミールキットを販売する被告に対して、商標権侵害に基づく差止及び損害賠償を請求した事案である。原告は、ミールキットの販売を行っていなかったためか、商標法38条3項に基づく使用料相当額の損害が請求された。
使用料相当額の認定は、個別の事案ごとに様々であるが、経済産業省知的財産政策室編の「ロイヤルティ料率データハンドブック」が参考として使用されることがある。本件でも同ハンドブックから原告各商標の指定役務に係る商標の使用料率は、平均3.9%、標準偏差3.5%、最大値11.5%、最小値0.5%と引用されている。
しかし、本件での裁判所は、次の事情から、「被告標章5の使用が被告ミールキットの売上げに与える影響は極めて限定的なものにとどまる」として、最終的に、使用料相当額は、被告標章を付した商品の売上の1%であると判断している。
- 被告各標章のうち被告標章5のみが原告商標権を侵害しているところ、一部の標章の使用のみに使用許諾契約を締結することは考え難く、上記ハンドブックはそのまま妥当しないこと
- メインで使用されているのは「PAKUMOGU」であり、「パクモグ」は補助的に使用されていること
- 被告標章5を削除しても被告ウェブページのユニークユーザー数は減少していないこと
上記の事情からすると、上記ハンドブックの使用料率の最小値0.5%でも良い気もするが、商標権の侵害者に対して事後的に請求する使用料率は通常の使用料率と比較して高額になると解されているため(商標法38条4項参照)、1%との認定につながったのではないかと推察される。
なお、被告は損害不発生の抗弁を主張しているが、裁判所は、原告の登録商標が菓子の取引において使用されていることから顧客誘引力が認められる等として同抗弁の成立を否定しており、同抗弁の成立はハードルが高いと言える。
以上
弁護士 市橋景子