すでに述べたように【訴訟でできることって何?】、特許権侵害訴訟での主な請求は、差止請求(特100条)と損害賠償請求(民709条)ですから、この両方を請求したケースを前提として、考えていきます。

特許権侵害訴訟は、侵害論・無効論・損害論の3段階からなっています。 侵害論とは、対象製品が特許権を侵害しているか否かということです。 無効論とは、特許権が有効であるか無効であるかということです。特許権侵害訴訟では、原則として対象製品が特許権を侵害しているか否かが争われるのですが、特許法104条の3により、被告は、特許権の有効性についても争うことができます【本当に勝てるのかな?】。 損害論とは、被告の対象製品の実施により、原告(特許権者)が被った損害を決めることです。

なお、これに加えて、侵害論の前段階として、特定論というものがあります。 特定論とは、対象製品を特定することであり、審判の対象を明らかにすること、判決の効力を明らかにすること、特許発明の構成要件との対比を目的としています。 従来は、特定論における対象製品の特定を、クレームに対応する文章の形式で記載していました。 したがって、原被告間で、その記載内容に関して争いが生じることが必然でした。 原告は、侵害論で侵害が認められるように記載することを望み、被告は、逆に侵害論で侵害が認められないように記載することを望むためです。 そのため、特定論の審理だけで何か月も費やすような事態が生じていました。 しかし、現在では、商品名及び型式番号による特定を行うこととしたため、特殊な場合を除き、特定論の段階はほぼなくなったといえます。

では、具体的にどのように訴訟手続が進行していくかを見ていきましょう。 東京地裁のモデルケースを参照します(飯村敏明・設樂隆一編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ知的財産関係訴訟』11頁~24頁、http://www.courts.go.jp/tokyo/vcms_lf/tizai-singairon.pdf)。

東京地裁のモデルケースでは、以下に示すように期日が進行し(期日の間隔は1か月~1か月半程度)、侵害論・無効論までで8~12か月程度かかることが想定されています(実際の判決までの平均審理期間は12か月)。 詳しくは、【訴訟をすることは大変?

第1回期日(口頭弁論)

原告:訴状陳述、基本的書証の提出 被告:答弁書提出(被告主張の概要の提示)、基本的書証の提出

第1回弁論準備手続

被告:対象製品ないし対象方法の特定、技術的範囲の属否の主張、無効の抗弁の主張

第2回弁論準備手続

原告:技術的範囲の属否に関する被告の主張に対する反論、無効の抗弁に対する反論

第3弁論準備手続

被告:技術的範囲の属否に関する原告の主張に対する反論、無効の抗弁の主張の補充

第4回弁論準備手続

原告:無効の抗弁に対する反論の補充 双方:技術説明

第5回弁論準備手続

裁判所:損害論の審理への移行の有無の決定、心証開示(又は終結)

非侵害の場合→終結・和解勧告 侵害の場合→損害論の審理

これを分かりやすく図式化すると、下図となります。

この図では、特許権侵害訴訟と平行して、特許無効審判が請求された場合を示しています。

上述したように、現在では、被告は、特許権侵害訴訟において特許の有効性を争うことができますが、平行して特許庁において無効審判を請求する場合もかなりの割合であります。 そのような場合、無効審判の審理手続きは、侵害訴訟よりも早く結論(審決)が出ることが多いのですが、有効無効いずれの審決であっても、負けた側が審決取消訴訟(特178条)を知財高裁に提起することになります。

一方、侵害訴訟で敗訴した方も、知財高裁に控訴することができます(第1審が大阪地裁の場合も控訴審は知財高裁になります(民訴6条3項))。

そこで、無効審判の審決取消訴訟と侵害訴訟の控訴審とがいずれも知財高裁に係属することになります(いわゆる「ダブルトラック」)。 両者は、結論の食い違いを避けるべく、原則として同じ部で審理するという運用が採られているため、この知財高裁でやっと侵害・非侵害の結論が出るということになります。