御社の製品が特許の明細書に記載された実施例とそっくりであることが分かった場合,御社が特許侵害をしていると決まってしまうのでしょうか。
かならずしもそうとは限りません。特許侵害について,詳しく見ていきましょう。

特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有する旨規定されています(特68条本文)。
したがって,特許権の侵害とは,権原なき第三者が業として特許発明の実施をすることです。
「第三者の権原」については,後述するとして【クレームに該当していれば勝てる?】,「業として」,「特許発明」,「実施」とは何でしょうか。

「業として」とは,細かくいうと諸説ありますが,「その事業に関連ある経済活動の一環として」と解されています(大地判平3・9・30「受水槽事件」)。
継続反復して行われる必要はなく,一回限りであっても,特許権の侵害となりえます。
会社が製品を製造販売する行為は,「業として」に該当します。

「特許発明」とは,特許を受けている発明をいいます(特2条2項)。
特許を受けようとする者は,願書に「特許請求の範囲」という書面を添付しなければなりません(特36条2項)。
この「特許請求の範囲」には,特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければなりません(特36条5項)。
そして,審査官は,「特許出願に係る発明」(これは「特許請求の範囲」に記載された発明を意味しています。)が「特許をすることができないもの」であるかを審査します(特49条2号)。
したがって,「特許を受けている発明」とは,特許されたときに「特許請求の範囲」に記載されていた発明をいいます(ただし,その後,訂正された場合は訂正後の「特許請求の範囲」に記載されている発明(特128条,134条の2第5項)となります。)。

「実施」については,以下のように発明の種類によりそれぞれ規定されています(特2条3項)。
物の発明:その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
単純方法:その方法の使用をする行為
物を生産する方法の発明:その方法の使用をする行為,その方法により生産した物の使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

このように「特許発明」と「実施」が定義されましたが,「特許発明」の「実施」をするとは,生産等される物又は使用される方法が特許発明に係る物又は方法(以下「対象製品等」といいます。)と同一であることを意味します。
換言すると,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属するということです。

特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないと規定されています(特許請求の範囲基準の原則。特70条1項。最判昭47・12・14「フェノチアジン誘導体の製法事件」)。
したがって,対象製品等が,特許されたときの特許請求の範囲に記載された発明に該当する場合には,特許発明の技術的範囲に属するとされます。
具体的には,

  1. 特許請求の範囲に記載された発明を数個の構成要件に分説し,
  2. 対象製品等の技術的構成を,上記①の構成要件に対応するかたちで分説し,
  3. 上記②の技術的構成と上記1の構成要件とを順次対比し,

特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存しない場合には侵害となり(これを「文言侵害」といいます。),異なる部分が存する場合には,原則として,非侵害となります(ここで,「原則として」と述べたのは,均等論により侵害になることがあるからです。
詳しくは,【均等論って何?

そして,3の対比の際において,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する際には,明細書の記載及び図面を考慮します(明細書及び図面参酌の原則。特70条2項)。
従来,特許請求の範囲の文言が一義的に明確である場合に,明細書及び図面を参酌するか否かについては両説ありましたが,一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,明細書及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきであるというのが最近の実務です(知高判平18・9・28「図形表示装置及び方法事件」)。
なお,要約書の記載は考慮されません(特70条3項)。

さらに,特許発明の技術的範囲の解釈には,意識的除外・禁反言という論点もあります。

例えば,特許権者が,出願から特許までの経過を通じて示した意図・意見を参酌すべきであるという説があります(出願経過参酌の原則)。
具体的には,公知文献Aに記載された装置aに基づき進歩性がないとの拒絶理由に対して,装置aは○○であるから,本件発明とは全く異なる旨の意見書が提出され,特許になったとしましょう。
この場合に,特許になってから,○○という点を備える装置bに対しては,権利行使ができないというのが,意識的除外(意図的に○○という点を備えるものを除外したという意味)又は禁反言(○○であるから本件発明とは異なるという前言に反した,○○という装置bに対する権利行使は禁ずるという意味)による技術的範囲の解釈です。

この論点については,出願段階の意見を当然に考慮して解釈すべきという説,特許庁が意見を容れて特許にした場合は解釈すべきという説,参酌すべきでないという説等,種々の説があります。
最近の実務は,明確ではありませんが,特許請求の範囲,明細書及び図面を考慮して,技術的範囲を明確に特定することができる場合には,出願段階の意見は参酌しないという態度を裁判所は採っているようです(ただし,均等範囲については,明確に,意識的除外・禁反言の適用があるとされています。
詳しくは,【均等論って何?

さて,冒頭の質問ですが,もうお分かりのことと思います。
御社製品が実施例とそっくりか否かは関係なく,特許請求の範囲に記載された発明と御社の製品とをそれぞれ分説して対比し,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存しない場合には侵害となるということですね(ただし,抗弁により,非侵害となる場合もあります。
詳しくは,【クレームに該当していれば勝てる?

他方,異なる部分が存する場合には,原則として,非侵害となります。

このような特許侵害の判断には、法律的な専門性と技術的な専門性の両方が必要になるだけでなく、最近の裁判所がどのような判断傾向にあるのかを把握していることが求められますので、自分たちだけで判断するのではなく、特許訴訟を専門にする弁護士・弁理士にご相談されることをお勧めします。

USLFでは,特許侵害に関する権利鑑定等も業務として行っております。お気軽にご相談ください。