これまでに検討したとおり【実施例とそっくり!やばいのかな?】,原告(特許権者)は,特許権を有していること,被告が業としてその特許発明の技術的範囲に属する物を製造等していることを主張立証することにより,被告に差止めや損害賠償を請求します。

これに対して,被告は,上記の立証を妨げるように,証拠を基に反論していきますが,上記の立証がされてしまった場合であっても,抗弁事実を立証することにより,請求棄却を導くことができます。
以下に,主な抗弁を見ていきます。

1.無効の抗弁

無効の抗弁(特104条の3)については,すでに詳述しました【本当に勝てるのかな?

2.先使用権

特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし,又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は,その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において,その特許出願に係る特許権について通常実施権を有します(特79条)。
具体的には,

  1. 被告が当該発明の内容を知らないで自らその発明をしたこと,又は,被告が当該発明の内容を知らないでその発明をした者から当該発明を知得したこと
  2. 当該特許出願の際,被告が日本国内で当該発明の実施である事業をし,又はその準備をしていたこと
  3. 被告の現在の実施が,2の実施又は準備していた発明及び事業の目的の範囲内であること

を立証することが必要となります。

ここで,「事業の準備」とは,「いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である」とされています(最判昭61・10・3「動桁炉・ウォーキングビーム事件」)。

なお,立証が容易でないとされている先使用権の利用を推進するために,特許庁により「先使用権ガイドライン(事例集)」が作成されており,参考になります。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/senshiyouken/guideline.pdf

上記のように、先使用権は立証のハードルが高いといわれています。普段から、自社製品の開発記録、伝票、分析データなどの書類をきちんと保管し、ある製品が開発されてから販売に至るまで書類で辿れるようにしておくことが有用です。

3.試験又は研究のための実施

特許権の効力は,試験又は研究のためにする特許発明の実施には,及ばないとされています(特69条1項)。

具体的には,被告の実施が試験又は研究のためにするものであることを立証することが必要となります。

「試験又は研究」には,特許発明の改良・発展を目的とする試験研究,特許発明の実施品の分析,特許の有効性を確認するための試験研究が含まれると解されています。

特許発明の実施品である後発医薬品(ジェネリック薬品)を,特許存続期間満了後に販売すべく,厚生労働省に承認申請するために必要な試験については,「試験又は研究」に含まれますが,特許存続期間中の製造販売を目的としてなされる場合や特許存続期間満了後の販売に向けて在庫品を製造するような場合は,「試験又は研究」に含まれません(最判平11・4・16「グアニジノ安息香酸誘導体事件」)。

4.国内消尽

「特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下,両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することは許されない」とされています(最判平19・11・8「インクカートリッジ事件」)。

国内消尽は,特に,リサイクル品について問題になります。前掲最判平19・11・8は,「特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである」との基準を定立しています。

また,同判決は,「特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。」としています。

具体的に,被告が何を立証することが必要であるのかについては,明らかではありませんが,「被告の譲渡した特許製品が原告が譲渡した特許製品と社会通念上の『同じ物』であること」(又は「被告の譲渡した製品が原告が譲渡した特許製品に由来すること」)を立証することが必要となると考えるようです(飯村敏明・設樂隆一編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ知的財産関係訴訟』190頁~191頁)。
この場合,原告は,再抗弁として,「加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたこと」を立証することになります。

5.並行輸入

「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き,譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該製品について我が国において特許権を行使することは許されない」とされています(最判平9・7・1「BBS事件」)。

具体的には,被告は,被告製品が,特許権者又はこれと同視し得る者によって,国外において譲渡されたものであることを立証することが必要となります。

「同視し得る者」には,特許権者と同一企業グループに属する会社,資本関係のないライセンシーが含まれます。

これに対し,原告は,再抗弁として,被告製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を被告と合意したこと(被告が譲受人の場合)又は被告製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人と合意したこと及び当該被告製品にこれを明確に表示したこと(被告が譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者の場合)を立証することになります。

「合意」は,例えば,「契約書又はこれに類する文書で,販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意があることを確認できる資料」(関税定率法基本通達69の11-7⑵ロ)を証拠として立証します。

「その旨が製品に明確に表示された場合」については,関税定率法基本通達69の11-7⑵ハにおいて,「当該製品の取引時において,製品の本体又は包装に刻印,印刷,シール,下げ札等により,通常の注意を払えば容易に了知できる形式で当該製品について販売先ないし使用地域から我が国が除外されている旨の表示がされている場合で,当該製品の取引時にはその旨の表示がされていたことが輸入時において確認できる場合」との基準が示されています。

6.権利者の一機関としての実施

特許権が共有に係るときは,各共有者は,原則として,他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができますが(特73条2項),共有者の一人が特許製品を自ら販売するために第三者に製造させ,納品させる場合,当該第三者の製造販売は,侵害行為になるでしょうか。
同様に,通常実施権者が特許製品を自ら販売するために第三者に製造させ,納品させる場合,当該第三者の製造販売は,侵害行為になるでしょうか。これらは,いわゆる権利者の一機関としての実施の問題です。

旧法時代の判例になりますが,大判昭13・12・22(「模様メリヤス事件」)は,共有者の一人の下請けについて,

「登録実用新案を自ら実施する実用新案権者の指揮監督の下にその者の事業としてその実用新案に係る物品の製作その他の行為をなす者のごときは,その権利者の実施事業の内にありて実施行為に従事する者たるに止まり,畢竟実施事業主たる実用新案権者の一機関たるに過ぎざれば,たとい継続してこれに従事したりとするも自ら他人の登録実用新案を実施するものということを得ず」

との基準を定立した上,1.工賃を支払うべきことを特約したこと,2.1の特約に基づき原料の購入,製品の販売・品質等一切を共有者の一人の指揮監督の下になしたこと,3.製品を全部当該共有者の一人に引き渡し,一つも他に売り渡していないことから,「指揮監督の下に工賃を得てこれが制作に従事」したにすぎないと認定しています。その後,同様の事案につき,1~3と同様の事実を認定した裁判例もあります(仙高判昭48・12・19「蹄鉄事件」。上告棄却)。

また,許諾による通常実施権者の下請けについて,最判平9・10・28(「鋳造金型事件」),先使用権者の下請けについて,最判昭44・10・17(「地球儀型トランジスタラジオ受信機事件」。意匠のケース)の各判例があります。

被告が何を立証することが必要であるのかについては,明らかではありませんが,実務的には,注文者が権利者であること,及び,上記1~3その他の当該注文者の「指揮監督の下」の実施であることを基礎付ける事実を立証していくことになるでしょう。