【令和4年11月9日判決(知財高裁令和2年(行ケ)第10120号審決取消請求事件)】

【キーワード】

商標の使用主体、流通業者による商標の使用、Fashion Walker事件(ファッションウォーカー事件)

【事案の概要】

1.本件商標登録について

原告は、商標登録第2244788号商標の商標権者であり、その登録商標は下図のとおりである(以下、当該商標登録を「本件商標登録」、本件商標登録に係る商標権を「本件商標権」、本件商標登録に係る登録商標を「本件登録商標」という。)。
また、本件商標登録に係る指定商品は、その一部に第9類「電気通信機械器具」を含んでいる。

図1 本件登録商標

2.本件訴訟に至るまでの経緯

被告は、平成30年3月、本件商標の指定商品中、一部の指定商品(上記した第9類「電気通信機械器具」を含む。)について、商標法50条1項に基づく商標登録の取消審判(いわゆる不使用取消審判)を請求した。
特許庁は、令和2年6月、審判請求を認める旨の審決を下した(=不使用による商標登録の取消しを認める審決をした)。
原告は、上記審決の取消しを求めて、本件訴訟を提起した。

3.原告の主張

原告の主張は、大要以下のとおりである(筆者による要約)。

(1)本件商標は原告によって使用されていたこと(流通業者を介した使用)

ア.本件商標は、「審判の請求の登録前3年以内(商標法50条2項)」に、その指定商品中第9類「電気通信機械器具」について、流通業者Aによって使用(ECサイトへの掲載、図2参照)されていた。

イ.知財高裁平成24年(行ケ)第10310号(Fashion Walker事件)判決は、商標法50条1項の要件に関して、「商標権者等が登録商標の使用をしている場合とは…商標権者等によって市場に置かれた商品が流通する過程において、流通業者等が、商標権者等の製造に係る当該商品を販売等するに当たり、当該登録商標を使用する場合を含むものと解するのが相当である」との判断をしている。

ウ.以上に鑑みれば、本件商標は、その指定商品中第9類「電気通信機械器具」について、流通業者Aによる使用を通じて、「商標権者」である原告によって使用されていたといえるから、本件審決の判断には誤りがある。

(2)被告の本件審判請求が信義則に反し権利濫用に当たること

ア.本件商標には、原告の信用及び顧客吸引力が化体している。

イ.被告は、米国において、「PACKERD BELL」との商標を用いて、原告の信用にフリーライドしながら事業をしている。

ウ.被告は、日本において、「PACKERD BELL」との商標につき商標登録出願をしたうえ(出願された商標を以下「被告出願商標」という。)、それとほぼ同時に本件審判請求をした。

エ.以上の経緯に照らすと、本件審判請求は、被告出願商標を登録させて、被告が原告の信用にフリーライドするという不正の意図でなされたものである。よって、本件審判請求は、信義則に反し権利濫用に当たる。


図2 流通業者によるECサイトへの掲載態様[1]

[1]判決文に挙げられている商品名と同一の商品名を用いているWebページを、一部加工の上で引用した。https://www.amazon.co.jp/-/en/LED-1366-768-G-40-15-6-14140/dp/B00NI7IOTG

4.裁判所の判断(概要)

裁判所(知財高裁2部、森裁判長)は、概略、(1)本件商標は原告によって使用されていたとはいえず、(2)被告の本件審判請求が信義則に反し権利濫用になると認めることはできないと判示し、原告の請求を棄却した(=商標登録を取消すべき旨の審決を維持した)。

【判決理由(抜粋)】

※固有名詞には変更を加え、判決文の一部に下線強調及び引用注を付した。

 1.流通業者による使用が、商標法50条1項の「使用」にあたるかどうかについて

2 商標法は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする(商標法1条)ものであるところ、一定期間使用されていない商標については、そのような商標権者等の業務上の信用の維持を図る必要はない上、かえって国民一般の利益を害することになるため、商標法50条は、「継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていない」ことを要件として、商標登録の取消しを認めている。
そこで、本件において、本件商標の「商標権者、専用使用権者又は通常使用権者」(以下、「本件商標権者等」という。)が本件指定商品について本件商標の使用をしているということができるかどうかについて判断する。
(1) (略)
(2) …本件証拠上、▲▲▲▲(引用注:流通業者A)が本件商標権について、「商標権者、専用使用権者、通用使用権者」(本件商標権者等)に当たると認めることはできないのはもとより、本件商標権者等といかなる関係にある者であるかは全く明らかではない
また、…原告から▲▲▲▲に原告の商品が流通した経路が本件において全く明らかになっていないことを考慮すると、…本件ウェブページ(引用注:本稿図2を参照のこと。)を用いて▲▲▲▲が販売していた「Packard Bell ■■■■シリーズ」が、原告の製品であるかどうかは本件の証拠上、明らかでないというほかない…。
そうすると、仮に、本件ウェブページにおいて、本件商標が使用されているとしても、上記のとおり、本件商標権者等との関係が全く不明であり、しかも、販売している商品も不明である商標の使用をもって、本件商標権者等による本件商標の使用を認めることはできない
(3) 以上によると、原告は、本件要証期間内に、日本国内において、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、本件指定商品について、本件商標の使用をしていることを証明したとは認められないから、本件指定商品に係る本件商標登録は、取り消されるべきである。
なお、原告の主張するFashion Walker事件判決は、流通業者が、ウェブサイトなどを通じて、商標の通常使用権者の商品を販売していたことが認定された事案であり、本件とは、事案を異にする

2.商標不使用取消審判の請求が信義則違反・権利濫用となるかについて

3 原告は、被告の本件審判請求が信義則に反し権利の濫用であると主張する。
前記2のとおり、商標法50条は、一定期間使用されていない商標については、商標権者等の業務上の信用の維持を図る必要はない上、かえって国民一般の利益を害することになるため、第三者による商標登録の取消請求を認めたものであると解される。
そうすると、一定期間使用していない商標について、第三者が、それと同一又は類似する商標を商標登録することを目的として、商標法50条により、商標登録の取消しを求めたとしても、商標権者等の商標登録を維持する必要性が認められない以上、当該第三者が、商標権者等の登録商標の使用をあえて妨害するなどの特段の事情がない限り、その商標登録の取消請求が信義則に反するとか権利濫用になると認めることはできない
本件において、前記1のような事実関係が認められるとしても、被告が、原告の登録商標の使用をあえて妨害するなどの特段の事情があるとは認められないから、被告の本件審判請求が信義則に反するとか権利濫用になると認めることはできない。

【筆者コメント】

1.流通業者による使用が、商標法50条1項の「使用」にあたるかどうかについて

(1)本件における裁判所の判断

裁判所は、流通業者AによるECサイトへの掲載(図2参照)があったとしても、「本件商標権者等との関係が全く不明であり、しかも、販売している商品も不明である商標の使用をもって、本件商標権者等による本件商標の使用を認めることはできない」と判示した。

(2)Fashion Walker事件との比較

Fashion Walker事件[2]では、流通業者による商標の使用をもって、商標法50条1項の「使用」にあたると判示されている。そうすると、本件とFashon Walker事件とでは、結論が180度変わっているようにも思える。
しかし、本件判決によれば、Fashion Walker事件では、「流通業者が、ウェブサイトなどを通じて、商標の通常使用権者の商品を販売していたことが認定」されている。
以上に鑑みれば、「流通業者による使用が商標法50条1項の『使用』にあたるかどうか」の分水嶺は、商流がどこまで認定されたかという点にあるといえるであろう。
すなわち、不使用取消審判を請求された商標権者等が、流通業者を介した「使用」を主張する場合、登録商標が流通業者によって使用されたことのみならず、当該流通業者に商品を販売等したのは商標権者等自身であることまで主張立証することが必要となるといえる。

[2] Fashion Walker事件の詳細については、当HPの解説記事を参照されたい(https://www.ip-bengoshi.com/archives/1675)。

2.商標不使用取消審判の請求が信義則違反・権利濫用となるかについて

(1)本件における裁判所の判断

裁判所は、「一定期間使用していない商標について…商標権者等の商標登録を維持する必要性が認められない以上、当該第三者が、商標権者等の登録商標の使用をあえて妨害するなどの特段の事情がない限り、その商標登録の取消請求が信義則に反するとか権利濫用になると認めることはできない。」と判示した。
本判決も指摘するように、商標法50条の趣旨は「一定期間使用されていない商標については、商標権者等の業務上の信用の維持を図る必要はない上、かえって国民一般の利益を害することになるため、第三者による商標登録の取消請求を認めた」点にある。この趣旨に鑑みれば、本判決の言う「特段の事情」は、よほどの場合でなければ認められないだろう。

(2)他の事件との比較

知財高裁令和4年2月10日判決(令和2年(行ケ)10114号)は、「和解契約に基づいて商標権について不争義務を負う者が、当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判(引用注:商標法50条1項の不使用取消審判)を請求することは、信義則に反し許されない」旨判示している。
上記事件は、本件判決における「特段の事情」が認められた一例として位置づけられるであろう。

3.まとめ

以上のとおり、本件判決からは、
①商標不使用取消審判において流通業者を介した「使用」を主張する場合には、当該流通業者に商品を販売等したのは商標権者等自身であることまで主張立証することが必要となるといえること(Fashion Walker事件判決との比較)、
②特段の事情がない限り、商標不使用取消審判の請求が信義則違反・権利濫用と認められることはないこと
の2点を参考にすることができると考え、ここに紹介する。

以上
弁護士・弁理士
奈良大地