差止請求は,通常の訴訟手続き(「本案」といいます。)でもできますが,仮処分(「仮の地位を定める仮処分」(民事保全法23条2項)の類型に該当)によることもできます。 仮処分は,簡易・迅速な手続きで,差止めを実現して相手方の競業行為を実質的に規制することができる手続きですので,訴訟戦略上極めて重要です。

仮処分の要件は,

  1. 被保全権利の存在
  2. 保全の必要性

です。1については,本案の「1特許権が侵害されていること又は侵害されるおそれがあること」と同じです。 2については,債権者(ここでは,特許権者)に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため差止めを必要とすると認められるかということです(民事保全法23条2項)。

具体的には,仮処分命令が発令されないことによる債権者の不利益と,仮処分命令が発令されることによる債務者(ここでは,侵害者)の不利益とが比較衡量して判断されます。 損害の立証が困難である場合(ex.債権者が値下げを余儀なくされる場合),債権者の実施品が主力製品である場合,債務者が債権者の損害を賠償するに十分な資力を有しない場合等の事情は,保全の必要性があると判断される方向に働きます。

差止めの仮処分のメリットは,簡易・迅速な手続きで,本案とほとんど同じ内容の給付を実現することができることです。 そのため,「満足的仮処分(断行の仮処分)」とも呼ばれます。

仮処分のデメリットは,ほとんどのケースで,担保として保証金が必要となることです。 また,別途本案訴訟を提起するのが原則であり,提起しない場合には仮処分命令が取り消されるときもあります(民事保全法37条3項)。 さらに,無効の蓋然性がある,均等論の主張を含む等,複雑な論点が予想される場合には,仮処分の迅速性の要請に適さないとして,取下げが勧告されることも少なくありません(東京地方裁判所知的財産権訴訟検討委員会「知的財産権侵害訴訟の運営に関する提言」判例タイムズ1042号4頁(2000年)参照)。

仮処分は,市場に極めて速いスピードで侵害品が氾濫し始めた場合に起こすのが伝統的な考え方ですが,最近では,差止めという強力な効果を早期に得ることができる方法であるため,仮処分提起により相手方を萎縮させて,早期の和解により実施料を獲得する手段としても用いることがあります。