【令和4年4月28日(知財高裁 令和3年(行ケ)第10097号)】

 

【事案の概要】

 特許出願人である原告は、発明の名称を「ゴルフスイングモニタリングシステム」とする発明について特許出願をしていたが、拒絶査定を受けた。これに対し、原告が拒絶査定不服審判の請求とともに特許請求の範囲の請求項の数を増加する補正(いわゆる「増項補正」)をしたところ、当該補正は特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものに当たらないとして却下され、請求不成立審決がなされた。本件は、当該審決に対する取消訴訟である。

 

【キーワード】

 増項補正、限定的減縮

 

【補正の内容】

 原告が拒絶査定不服審判の請求と同時にした補正(以下「本件補正」という。)の前後の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。なお、本件補正前の請求項数は21、本件補正後の請求項数は22であるが、以下ではその一部を抜粋して示す。また、下線箇所は本件補正によって変更された箇所である。

本件補正前

本件補正後

【請求項1】
 スポーツ器具による物体の打撃を伴うプレーヤまたはユーザにより実行されるスポーツ動作のパフォーマンスに関する情報を少なくとも1個のセンサから自動的に収集するためのシステムであって、
 該システムは、少なくとも1個のタグと、身体装着型装置とを備え、
 前記少なくとも1個のタグは、少なくとも1個のRFIDタグまたはNFCタグからなり、かつ、前記スポーツ器具に取り付けられるよう構成されており、
 前記身体装着型装置は、ストラップと、前記少なくとも1個のセンサと、タグ読取装置とを備え、
 前記少なくとも1個のセンサは、少なくとも1個のスイングセンサと、少なくとも1個の物体接触センサとを備え、該少なくとも1個の物体接触センサは、前記スポーツ器具による前記物体との接触を検知するように構成されており、
 該システムは、前記少なくとも1個のスイングセンサからの読み取り値に基づいて、あるいは、該読み取り値に応答して、前記少なくとも1個の物体接触センサを作動させるよう構成されており、および、
 前記タグ読取装置は、RFIDタグ読取装置またはNFCタグ読取装置からなり、かつ、前記ストラップの少なくとも一部またはすべてに沿ってまたはその周囲に延在するアンテナを備える、
システム。

【請求項1】
 スポーツ器具による物体の打撃を伴うプレーヤまたはユーザにより実行されるスポーツ動作のパフォーマンスに関する情報をセンサから自動的に収集するためのシステムであって、
 該システムは、少なくとも1個のタグと、身体装着型装置とを備え、
 前記少なくとも1個のタグは、少なくとも1個のRFIDタグまたはNFCタグからなり、かつ、前記スポーツ器具に取り付けられるよう構成されており、
 前記身体装着型装置は、ストラップと、前記センサと、タグ読取装置とを備え、
 前記センサは、少なくとも1個のスイングセンサと、少なくとも1個の物体接触センサとを備え、該少なくとも1個の物体接触センサは、前記スポーツ器具による前記物体との接触を検知するように構成されており、
 該システムは、前記少なくとも1個のスイングセンサからの読み取り値に基づいて、あるいは、該読み取り値に応答して、前記少なくとも1個の物体接触センサを作動させるよう構成されており、および、
 前記タグ読取装置は、RFIDタグ読取装置またはNFCタグ読取装置からなり、かつ、前記ストラップの少なくとも一部またはすべてに沿ってまたはその周囲に延在するアンテナを備える、
システム。

(中略)

(中略)

 

【請求項8】
 前記ストラップは、前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能であり、
 該システムが、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備え、該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、
 該システムが、複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムを備え、該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されている、
請求項1~7のいずれかに記載のシステム。

【請求項8】
 該システムは、前記少なくとも1個のタグと前記タグ読取装置とが接近していることを判定し、かつ、前記スポーツ器具上の前記タグが、前記タグ読取装置の少なくとも一部に隣接または近接しているときに、前記スポーツ器具が前記プレーヤまたはユーザにより保持されていると判定するように構成されている、請求項1~7のいずれかに記載のシステム。

【請求項9】
 該システムは、前記少なくとも1個のタグと前記タグ読取装置とが接近していることを判定し、かつ、前記スポーツ器具上の前記タグが、前記タグ読取装置の少なくとも一部に隣接または近接しているときに、前記スポーツ器具が前記プレーヤまたはユーザにより保持されていると判定するように構成されている、請求項1~7のいずれかに記載のシステム。

【請求項9】
 前記手首装着型装置の少なくとも一部が、前記プレーヤまたはユーザの手首の下側に配置可能であり、前記アンテナの少なくとも一部が、前記プレーヤまたはユーザの手首の下側に位置するように構成されている、請求項4に従属する請求項8に記載のシステム。

【請求項10】
 前記手首装着型装置の少なくとも一部が、前記プレーヤまたはユーザの手首の下側に配置可能であり、前記アンテナの少なくとも一部が、前記プレーヤまたはユーザの手首の下側に位置するように構成されている、請求項4に従属する請求項に記載のシステム。

【請求項10】
 前記ストラップは、前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能であり、
 該システムが、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備え、該システムが、特定された前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、
 該システムが、複数のアンテナ整合回路またはシステム、および/または、調整可能な整合回路またはシステムを備え、該システムが、特定された前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記整合回路またはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、
 前記ストラップセンサが、前記ストラップの第1の部分に備えられた1個以上の第1接点と、前記ストラップの第2の部分に備えられた1個以上の第2接点とを備えるか、あるいは、第1接点および第2接点と通信可能であり、第1接点のうちの1個以上が、第2接点のうちの1個以上と選択的に接触可能であり、前記ストラップが閉じられるか固定されたときに、第1接点の1個以上および第2接点の1個以上の間の接触により測定回路を完成させるように構成されている導体によって、第1接点と第2接点とが結合されて、該システムが、前記ストラップセンサによって測定された前記測定回路の少なくとも1つの電気特性に基づいて、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さを特定するように構成されている、
請求項8または9に記載のシステム。



【請求項11】
 前記ストラップは、前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能であり、
 該システムが、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備え、該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、
 該システムが、複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムを備え、該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、
 前記ストラップセンサが、前記ストラップの第1の部分に備えられた1個以上の第1接点と、前記ストラップの第2の部分に備えられた1個以上の第2接点とを備えるか、あるいは、第1接点および第2接点と通信可能であり、第1接点のうちの1個以上が、第2接点のうちの1個以上と選択的に接触可能であり、前記ストラップが閉じられるか固定されたときに、第1接点の1個以上および第2接点の1個以上の間の接触により測定回路を完成させるように構成されている導体によって、第1接点と第2接点とが結合されて、該システムが、前記ストラップセンサによって測定された前記測定回路の少なくとも1つの電気特性に基づいて、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さを特定するように構成されている、
請求項または10に記載のシステム。

(後略)

(後略)

 

【判旨】

 裁判所は、次のように述べて、本件補正後の請求項8が本件補正により新たに追加された請求項であり、かつ本件補正前の請求項10に対応するものであると判断した。

 …同法(著者注:特許法)17条の2第5項の趣旨は、拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判の請求と同時にする特許請求の範囲の補正について、既に行った先行技術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限することにより、迅速な審査を行うことができるようにしたことにあるものと解される。このような同項の趣旨及び同項2号の文言に照らすと、補正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するというためには、補正後の請求項が補正前の請求項の発明特定事項を限定した関係にあることが必要であり、その判断に当たっては、補正後の請求項が補正前のどの請求項と対応関係にあるかを特定し、その上で、補正後の請求項が補正前の当該請求項の発明特定事項を限定するものかどうかを判断すべきものと解される。また、補正により新しい請求項を追加する増項補正であっても、補正後の新しい請求項がそれと対応関係にある補正前の特定の請求項の発明特定事項を限定するものであれば、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するものと解される。
 …本件補正前の請求項1ないし16と本件補正後の請求項1ないし17を対比すると、本件補正後の請求項1は、本件補正前の請求項1の文言の一部を補正したものであること、本件補正後の請求項2ないし7は、それぞれ本件補正前の請求項2ないし7と同一の記載であること、本件補正後の請求項9は、本件補正前の請求項8と同一の記載であること、本件補正後の請求項10ないし15は、それぞれ本件補正前の請求項9ないし14の文言の一部を補正したものであること、本件補正後の請求項16及び17は、それぞれ本件補正前の請求項15及び16と同一の記載であることが認められるから、本件補正前の請求項1ないし16は、それぞれ本件補正後の請求項1ないし7、9ないし17と対応関係にあることが認められる。
 そうすると、本件補正後の請求項8は、本件補正により、新たに追加された請求項であることが認められる。…本件補正前の請求項10は、本件補正前の請求項1ないし7の従属項であることからすると、本件補正後の請求項8(筆者注:補正後の請求項8は、請求項1~7に従属)は、本件補正前の請求項10の発明特定事項から…構成を削除した請求項であり、本件補正前の請求項10と対応関係にあることが認められる。


 その上で、裁判所は、本件補正後の請求項8が本件補正前の請求項10の構成の一部を削除したものであることを理由に、請求項8を追加した本件補正が限定的減縮を目的とするものとは認められないと判断した。
 一方で、原告は、本件補正後の請求項8が請求項1~7に従属しており、かつ、拒絶理由が発見されなかった本件補正前の請求項1に係る発明に対して内的付加に相当する追加的要件を規定したものであるから、本件補正後の請求項8は本件補正前の請求項1と一対一に準ずる対応関係にあり、本件補正は新たな審査負荷を生じさせるものではなく特許法第17条の2第5項の制度趣旨に沿うものであると主張した。しかしながら、裁判所は、本件補正後の請求項8と本件補正前の請求項1との対応関係を否定し、本件補正前の請求項10の構成の一部を削除した発明についてサポート要件等の記載要件の審査がされたことが窺われないことを理由に、本件補正が同項の制度趣旨に沿うものでもないとした。

【コメント】

 特許庁ウェブサイト[1]によれば、増項補正は原則として限定的減縮を目的とするものに当たらないとされる一方で、「多数項引用形式で記載された一つの請求項を、引用請求項を減少させて独立形式の請求項とするときや、構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項について、その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とするときは、実質的には一対一の対応関係にあれば増項補正は可能」であるとされている。一方で、本件判決では、「補正後の新しい請求項がそれと対応関係にある補正前の特定の請求項の発明特定事項を限定するものであれば」その補正が限定的減縮を目的とするものに当たるとされており、一見すると、本件判決は上記特許庁ウェブサイト記載の運用よりも増項補正に対して緩やかな態度をとったようにも思える。
 しかしながら、本件判決において、本件補正後の請求項8が従属先の請求項1に対応するものであるとする原告の主張が排斥され、構成要件の大部分において一致する本件補正前の請求項10に対応するものであると判断されていることからすると、「対応関係にある補正前の特定の請求項」とは構成要件の大部分が一致するものをいい、請求項の対応関係を原告が恣意的に設定する余地はないと考えられる。また、原告の主張を排斥するにあたり、本件補正後の請求項8に係る発明について記載要件の審査がされたことが窺われないことが理由として挙げられていることからすると、追加された請求項の構成は、補正前のいずれかの請求項に記載されているものでなければならないとも考えられる。このように考えると、増項補正が許容されるのは、特許庁ウェブサイトに例示されたような場合に限られることとなる。したがって、最後の拒絶理由がされた後に増項補正をする場合には、依然として慎重な検討が必要であると考える。

[1] https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/01.pdf

以上
弁護士・弁理士 阿形直起