【平成21年6月16日判決 (知財高裁平成20年(行ケ)第10279号) 審決取消請求事件】

【キーワード】
ソフトウェア関連発明,2条1項,29条1項柱書,自然法則の利用

【裁判官】
  中野哲弘、今井弘晃、真辺朋子

【事案の概要】
 被告を特許権者とし、「遊技機」とする特許(特許第3699417号,以下「本件特許」という)について,原告が無効審判請求をした(無効2007−800118号事件)が,特許維持審決を受けた。
 そこで,原告は,当該審決の取消を求めて知財高裁に取消訴訟を提起したが,知財高裁は審決を支持し棄却した事案。

本件特許:
  登録番号 第3699417号
  発明の名称 遊技機
  平成14年  4月18日 出願
  平成17年  7月15日 特許権設定登録
  平成19年  6月19日 無効審判請求(無効2007−800118号事件)
        同年  9月 4日 訂正請求
  平成20年  6月16日 特許維持審決

本件特許の概要:
 いわゆるパチスロ(パチンコ型スロットマシンの略称。法律上は「「回胴式遊技機」」)において、従来は高確率再遊戯期間が一定であったものを、その終了条件を複数用意することにより、遊戯者の期待感を維持させるものである。

 

【請求項1】
 複数の図柄を変動表示する変動表示手段と、
 内部当選役を決定する内部当選役決定手段と、
 前記変動表示手段の変動表示動作を、少なくとも前記内部当選役決定手段の決定結果を含む情報に基づいた停止制御によって停止表示させる停止制御手段と、
 前記変動表示手段に所定の図柄が停止表示された場合に、再遊技の権利を付与する再遊技実行手段と、
 所定の条件が成立した場合に、前記内部当選役決定手段における前記再遊技の内部当選する割合を増大させることが可能な期間を発生させる高確率再遊技期間発生手段と、を有する遊技機において、
 前記高確率再遊技期間の終了決定を所定の終了確率で行う高確率再遊技期間終了決定手段と、
 前記終了確率を前記内部当選役決定手段において決定された内部当選役に基づいて決定する終了確率決定手段と、を備え、
 前記終了確率決定手段は、所定の内部当選役が入賞したことを条件に、複数の高確率再遊技選択状態のうちから一の高確率再遊技選択状態を決定し、
 前記高確率再遊技期間終了決定手段は、前記決定した高確率再遊技選択状態に基づいて終了か否かを決定することを特徴とする遊技機。
【請求項2】
 前記内部当選役決定手段において特定の内部当選役が決定され、
 前記変動表示手段に前記特定の内部当選役に対応する図柄が停止表示しなかった場合に、次の遊技に前記特定の内部当選役を持ち越す特定内部当選役持ち越し手段を有し、
 前記特定内部当選役持ち越し手段によって、前記特定の内部当選役が持ち越されている場合においても、前記特定の内部当選役を含めて、前記内部当選役決定手段による内部当選の決定を行うようにしたことを特徴とする請求項1に記載の遊技機。
【請求項3】
 前記内部当選役決定手段において、前記特定の内部当選役が決定された回数を記憶可能な特定内部当選役決定回数記憶手段を有し、
 前記特定内部当選役持ち越し手段は、前記特定内部当選役決定回数記憶手段に記憶される回数分の内部当選役を持ち越すようにしたことを特徴とする請求項1又は2に記載の遊技機。
【請求項4】
 前記変動表示手段に前記特定の内部当選役に対応する図柄が停止表示された回数を、特定内部当選役決定回数記憶手段から減算するようにしたことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の遊技機。
【請求項5】
 前記変動表示手段の変動表示を停止させるための複数の操作手段を有し、前記停止制御手段による停止制御を、前記内部当選役の決定結果と、前記操作手段の操作と、に基づいて行うようにしたことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の遊技機。

審判での主張と判断:
 請求人は,請求項1~5記載の発明は技術上の意義ある部分がルールそのものであり、本件特許は、特許法第29条柱書に違反し、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべき,と主張したが,認められなかった。

【裁判所の判断】

3 特許法29条1項柱書にいう「発明」性の有無について
 (1) 原告は,前記のような内容を有する本件訂正発明1~5は特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当しないと主張するので,以下,検討する。
 (2) 特許法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明については特許を受けることができる」と定め,その前提となる「発明」について同法2条1項が,「この法律で『発明』とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定めている。
 そうすると,本件訂正発明1~5が,①産業上利用できる発明ではない場合,②自然法則を利用した発明でない場合,③技術的思想の創作となる発明でない場合,④技術的思想の創作のうち高度なものでない場合,のいずれかに該当するときは,同法29条1項柱書にいう「発明」に該当しないことになる(なお原告は,前記のとおり,本件訂正発明1~5が上記①及び④には該当しないことを自認している)。
 ところで,本件訂正発明1~5は,前記のようにスロットマシン等の遊技機に関する発明であって,そこに含まれるゲームのルール自体は自然法則を 利用したものといえないものの,同発明は,ゲームのルールを遊技機という機器に搭載し,そこにおいて生じる一定の技術的課題を解決しようとしたものであるから,それが全体として一定の技術的意義を有するのであれば,同発明は自然法則を利用した発明であり,かつ技術的思想の創作となる発明である,と解することができる
 そこで,以上の見地に立って本件訂正発明の特許法29条1項柱書にいう発明該当性について検討する。
 (3) 前記2のとおり,本件訂正発明1~5は「遊技機」という機器に関する発明であり,上記ゲームのルールを機器に定着させたもの(例えば,実施例として「ゲームを実行するための予め設定されたプログラムに従って制御動作を行うCPU(クロックパルス発生回路,乱数発生器を含む。),スタートレバーを操作(スタート操作)する毎に行われる乱数サンプリングの判定に用いられる確率抽選テーブル,停止ボタンの操作に応じてリールの停止態様を決定するための停止制御テーブル,副制御回路82へ送信するための各種制御指令(コマンド)等を格納(記憶)するROMを含むマイクロコンピュータを主たる構成要素とする制御回路を用いて遊技処理動作を制御する技術を用いる」もの)であるから(なお,審決は,本件訂正発明1~5が前記甲1発明〔特開2001‐314559号公報〕及び〔特開2000‐210413号公報〕との関係で特許法29条2項にいう進歩性があると判断しており,原告も本件訴訟においてこれを争わない),全体として本件訂正発明1~5は,自然法則を利用した発明であり,かつ技術的思想の創作となる発明であるというべきある。
 (4) 原告の主張に対する補足的判断
 ア 原告は,特許法39条,29条の2,29条1項及び2項の特許要件を判断するに際し,2つの発明を対比する場合に,周知慣用技術等を除外して検討することを挙げ,それと同様に特許法29条1項柱書の要件についても,「技術的に意義のある部分」について,自然法則利用の有無や技術的思想の創作該当性を判断すべきであると主張する。
 しかし,前記のように,特許法2条1項が「『発明』とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め,同法29条1項柱書において,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」とした上で,「次に掲げる発明」として,1~3号に公知発明等を挙げている。このような特許法の規定の仕方からすると,特許法は,特許を受けようとする発明が自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであり,かつ産業上利用することができるものであるかをまず検討した上で,これらの要件を満たす発明であっても公知発明等に当たる場合には特許を受けることができないものと定めていると解すべきである。そうすると,特許法29条1項柱書該当性の判断に当たっては,特許法39条,29条の2,29条1項及び2項のように,2つの発明を対比することにより特許要件の有無を判断する場合とは異なり,特許請求の範囲によって特定された発明全体が自然法則を利用した技術的思想の創作に当たるかどうかを全体的に検討すべきであって,公知発明等に当たらない新規な部分だけを取り出して判断すべきではないと解される。原告の主張は独自の論理に基づくものであって,採用することができない。
 イ「請求項2ないし5」について
 前述のとおり,本件特許の請求項1に係る発明(訂正発明1)が特許法29条1項柱書の要件を満たす以上,これを引用する他の請求項も同様に解される。

【解説】
 ソフトウェア関連発明及びビジネス関連発明について問題となりやすい特許要件のひとつが,発明該当性(特許法第2条1項,第29条1項柱書),とくに自然法則利用性の充足である(ソフトウェア関連発明において,自然法則利用性が問題となった事案1:ポイント管理装置事件参照)

 本件原告は,本件特許が,自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえないことの理由として,「特許法39条,29条の2,29条1項及び2項の特許要件を判断するに際し,2つの発明を対比する場合に,周知慣用技術等を除外して検討することを挙げ,それと同様に特許法29条1項柱書の要件についても,『技術的に意義のある部分』について,自然法則利用の有無や技術的思想の創作該当性を判断すべき」であり,「本件特許の出願前に既に公開されている発明又は周知技術ないし慣用技術であり『技術上の意義ある部分』とはならない」と主張する。
 しかし,公知発明,周知技術又は慣用技術を,自然法則利用性及び技術的思想の創作該当性から除外して考えるなどといった考え方は,ソフトウェア関連発明に限らず発明一般において,審査基準及び裁判例をまったく踏まえていない主張であり,裁判所にも一蹴されている。(ハードディスク,CPU又はメモリを発明に使用することが,周知技術であるとして自然法則利用性の判断から除外されることを想像すればよい。)

 上記の原告の主張を別にすれば,本件はいたってシンプルな判断のみである。
 つまり,「ゲームのルール自体は自然法則を利用したものといえないものの」,「ゲームのルールを遊技機という機器に搭載し,そこにおいて生じる一定の技術的課題を解決しようとしたものであるから,それが全体として一定の技術的意義を有するのであれば,同発明は自然法則を利用した発明であり,かつ技術的思想の創作となる発明である」と規範を立てた上で,具体的に機器というハードウェアの利用方法を認定した上で,自然法則利用性を肯定している。

 原告の争点の設定が適切でなく,自然法則利用性の外延を判断する材料となりうる事案とはいえないが,歴史の浅いソフトウェア関連発明に関する知財高裁の判断事例を積み上げること自体に意義があると考え,ここに取り上げた。

以上
(文責)弁護士 松原 正和