【平成21年4月27日(知財高裁 平成20年(行ケ)第10353号)】

【要約】
医薬品の組合せ及び用量を規定した発明について、組み合わせ及び用量の規定の動機付けを認めた上、発明の効果の顕著性を検討し、顕著性を否定し、進歩性を否定した事例。

【キーワード】
用法・用量、進歩性、顕著な効果、顕著性

1 事案

本件は、拒絶査定不服審判の不成立に対する審決取消訴訟であり、対象となった特許出願の請求項1は、以下のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。

【請求項1】「糖尿病および糖尿病関連症状の治療に用いられる医薬組成物であって,2ないし8mgの5-[4-[2-(N-メチル-N-(2-ピリジル)アミノ)エトキシ]ベンジル]チアゾリジン-2,4-ジオン(化合物I)またはその医薬上許容される塩;およびグリベンクラミド,グリピジド,グリクラジド,グリメピリド,トラザミド,トルブタミドまたはレパグリニドから選択されるインスリン分泌促進物質,および医薬上許容される担体を含む医薬組成物。」

審決は、本願発明が引用例(特開平9-67271号公報)の記載に基づき、容易想到であるとして進歩性を否定した。

審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」)、引用発明と本願発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。

⑴ 引用発明

ピオグリタゾンとグリベンクラミドとを組み合わせてなる,糖尿病時の血糖値の上昇を抑制する医薬。

⑵ 一致点

糖尿病および糖尿病関連症状の治療に用いられる医薬組成物であって,インスリン感受性増強剤とインスリン分泌促進物質としてのグリベンクラミドを含む医薬組成物である点。

⑶ 相違点

ア 相違点1

本願発明は医薬上許容される担体を含むのに対し,引用発明は医薬上許容される担体を含むことが特定されていない点。

イ 相違点2

本願発明では,インスリン感受性増強剤が2ないし8mgのロシグリタゾンであるのに対し,引用発明では,インスリン感受性増強剤がピオグリタゾンであり,その含有量が特定されていない点。

原告は、審決における相違点2についての容易想到性の判断の誤り及び本願発明の顕著な作用効果の看過を不服として本件訴訟を提起した。

2 判決

⑴ ピオグリタゾンをグリベンクラミドに代える動機付け

本願発明の用いるロシグリタゾンは、引用例において好適なインスリン感受性増強剤として例示された10数個程度の化合物の一つであり、これを引用発明におけるピオグリタゾンに代えてグリベンクラミドと組み合わせることに格別な困難は認められない。

⑵ 用量を定めた点

原告は,「本願発明の化合物(I)の最適用量の決定は,数多くの臨床データを積み重ね,これらを十分に精査し,副作用の危険性をも考慮してなされたものであり,そこで用いられた手法は通常のものであったとしても,臨床試験に着手してから結論に至るまでには,多大な労力,費用,時間が費やされたのであるから,当業者が適宜定め得るとはいえない」と主張した。

これに対し、本判決は、「医薬の投与量は,投与対象,投与対象の年齢及び体重,症状,投与時間,剤形,投与方法,薬剤の組み合わせ等により適宜選択されるものであり,これらの検討に当たって副作用の危険性が考慮されるのは当然のことである。そして,医薬を構成する医薬化合物もまた,上記要素等を考慮して最適用量が決定され,そのための臨床試験を初めとするプロセスが経られ,その結果として,必ずその最適用量が得られるものである。そうすると,本願発明の化合物(I)すなわちロシグリタゾンの最適用量の決定に多大な労力,費用,時間が費やされたとしても,通常想定されることであり,ロシグリタゾンの用量を決定したことに,当業者が格別の創意を要したものとはいえない。そして,『2ないし8mg』という用量も,医薬化合物の用量として当業者が想定し得る通常のものといえるから,当業者が容易になし得たものである。なお,原告は,上記用量の根拠として臨床実験データ(甲5の1,2)を提出しているが,上記用量を決定するために通常行なわれる実験にすぎず,上記判断を左右するものではない。」として原告の主張を排斥した。

⑶ 本願発明の顕著な作用効果

本判決は、引用発明に基づくと原告が主張する治験結果(甲7)と、本願発明に基づく治験結果(甲6)を比較し、本願発明に顕著な作用効果が認められないと結論した。主な理由は、以下のとおりである。

・甲7の実験では、物質(スルホニルウレア)が特定されておらず、グリベンクラミドとピオグリタゾンとの併用投与の場合(引用発明)であるということはできない。

・甲6の実験でも甲7の実験でも血糖制御の効果効果が生じ、かつ、104週にわたって持続している。104週経過時点でのHbA1cの改善の割合はむしろ甲7の方が高くなっている。

・甲6の実験と甲7の実験を対比した場合、少なくとも治験の対象となる患者の病状や投与量の増加割合といった試験条件が異なる。

・なお、原告は本願発明の顕著な作用効果として,血圧の適度な低下という作用効果を奏すると主張するが,同効果については,本願明細書に何ら記載がないから,上記作用効果をもって本願発明の効果の顕著性を主張するのは相当でない。

3 検討

本判決は、医薬品の用法・用量の決定が、当業者が格別の創意を要するものではないという考え方を示した。当然ながら、新規の用法・用量等の場合にまでこの考え方を一般的に拡張することはできないであろう。

また、本判決が顕著な作用効果を検討していることから分かるように、作用効果が技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである等の場合には進歩性が肯定されることがある。

上記⑶の第4点目は、いわゆる実験結果の後出しについての考え方である。この点については、知財高判平成22年7月15日(平成21年(行ケ)第10238号)が有名である。原則として後出しの実験結果は参酌されないとしつつ、当初明細書に発明の効果を認識できる程度の記載やこれを推論できる記載がある場合には、記載の範囲を超えない限り、後出しの実験結果を参酌することが許されるという趣旨のことが述べられている。本判決も、当初明細書の記載の範囲で後出しの実験結果を参酌したものと思われる。

以上
(筆者)弁護士 後藤直之