【平成21年3月11日(知財高裁 平成19 年(ネ)第10025号[印鑑事件])】

【判旨】

特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が肯定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

2.イ号製品

イ号製品の構成については、当事者間において争いがある。

3.争点

 イ号製品は、構成要件Bの「合成樹脂からなる芯材」を備えるか

4.判旨(下線部は当職が付した)

 (ア) 本件発明1の特許請求の範囲には,「有底状の透明な筒体と該筒体内に注入された透明な合成樹脂からなる芯材と該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体とからなり,しかも該シート体には前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化されてなる」と記載されているから,本件発明1の「芯材」とは,有底状の透明な筒体内に注入される透明な合成樹脂であり,かつ,所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体に浸透した上,シート体と一体化されるものであることが認められる。
 (イ) 被控訴人は,「芯材」の本来の意味は物の中央であり,また,本件明細書の記載によれば,「芯材」は筒体の内周面に密着したシート体を保持する構成に限定して解釈されるべきであり,このような解釈は,上記の「芯材」の本来的な意義とも符合すると主張する。なお,被控訴人の上記主張は,シート体と筒体の内周面に「芯材」が存在する余地がないという意味で「密着」という用語を使用しているものと認められる。
 一般に,「芯」(心)には,位置的側面からみると,「物の中央の(固い)部分。」との意味がある(広辞苑第5版)。しかし,機能,作用的側面からみると,「かなめ。根本。本性。」(同)という意味もあるとされる。
 そして,本件発明1の特許請求の範囲において,「芯材」の位置については,少なくとも筒体の内周面及びシート体の内側に「芯材」が存在していなければならないが,それ以上に位置を規制するような記載はない。本件発明1において,「芯材」は,特許請求の範囲に「該筒体内に注入された透明な合成樹脂からなる芯材」,「しかも該シート体には前記合成樹脂が浸透して」と記載されているとおり,注入可能な流動性を有する合成樹脂体であって,シート体に浸透するというのであり,流動性を有する物質として,浸入した筒体の内側のすべての場所に存在し得るものである。
 なお,特許公報(甲A2)の図1には,「芯材」である合成樹脂が印鑑基材の真ん中部分に存在することが図示されている。しかし,図1は,本件発明1の実施形態の1つであり,本件明細書に,「上記筒体20は,本実施形態においては円筒状のものが採用されているが,円筒状であることに限定されるものではなく,断面視で楕円形状,四角形状あるいは多角形状など各種の形状のものを採用することができる。」【(0022】)と記載されているとおり,様々な形の筒体を想定することができ,この真ん中部分が,ある特定された領域を指すものとはいい難い。
 したがって,本件発明1にいう「芯材」の意味を,物の中央であると限定する被控訴人の主張は,採用できない。
 (ウ) また,本件明細書(甲A2)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
  a 【0033】「・・・筒体20の内周面には,予め所定の工具を用いて無数の引掻き傷が付与されている。こうすることによって注入されたエポキシ樹脂Xが無数の引掻き傷の中に入り込み,固化したエポキシ樹脂Xの絵柄付きシート体30を介した筒体20内周面に対する密着力が向上するようにしている。」
  b 【0034】「上記シート体挿入工程P2は,先の第一次樹脂注入工程P1で満量になる手前までエポキシ樹脂Xの注入された筒体20内に,円筒状に丸めた絵柄付きシート体30を挿入する工程である。そして,このシート体挿入工程P2においては,筒体20の内径寸法と略一致する外径寸法になるように丸められた絵柄付きシート体30が,筒体20の内周面に密着した状態で当該筒体20内に緩やかに挿入される。こうすることによって内容積の略70%がエポキシ樹脂Xによって満たされた筒体20の内周面に絵柄付きシート体30が当接した状態になる。」
  c 【0035】「・・筒体20の内周面には無数の引掻き傷が設けられ,これらの引掻き傷にエポキシ樹脂Xが入り込んだ状態になっているため,丸めた絵柄付きシート体30を筒体20内に挿入するに際し,当該絵柄付きシート体30の下端縁部が,筒体20の内周面に付着しているエポキシ樹脂Xを追い出してしまうような(ことが)なく,筒体20と絵柄付きシート体30との間にエポキシ樹脂を残存させることができる。・・・」
 上記記載によれば,絵柄付きシート体30を筒体20内に挿入し終わった時点で,絵柄付きシート体30の外周面と筒体20の内周面との間にはエポキシ樹脂Xが存在しており,しかも,密着力が低下しないようにするために,エポキシ樹脂Xを追い出してしまわないようにしている。
 そうすると,本件明細書においては,「密着」という用語を使用しているが,シート体と筒体の内周面との間に隙間がないという意味で使用しているのではなく,エポキシ樹脂がシート体と筒体20の内周面の間に介在して密着力という機能,作用を高めることを期待しているのものである。
 したがって,本件明細書において,シート体と筒体の内周面に「芯材」が存在する余地がないという意味で「密着」という用語が使用されていることを前提とする被控訴人の上記主張は,採用できない。

5.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 本判決は、原審と比較して、イ号製品の認定、クレーム解釈の何れの点においても判断が異なり、結論が覆り、特許権侵害が肯定された。
 もともと、「芯材」の意義が一義的には明確といえず、明細書にも「芯材」を限定する記載はなかったことから、控訴審は、「芯材」の意義広く捉えた。
 クレームの文言が一義的でない場合であって、明細書の記載に基づき、限定して解釈ができない場合は、クレームは限定して解釈しないのが裁判例の傾向であるところ[2]、本判決は、このような裁判例の傾向に沿うものと考えられる。

弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)

[2] 知財高判平成29年12月21日(平29(ネ)10027号)[金融商品取引管理システム事件]等