【平成31年1月31日判決(東京地方裁判所 平成29年(ワ)第34450号)】

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「住宅地図」とする特許権(第3799107号)について特許権者から専用実施権の設定を受けた原告が,被告が制作し,インターネット上でユーザに利用させている電子地図は前記特許権の請求項1の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,民法709条に基づく損害賠償金(一部請求)及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【キーワード】
 クレーム解釈,「区画化」の意義,特許請求の範囲の記載,明細書の記載,発明の意義,発明の目的,作用効果,実施の形態

【本件発明】
 本件発明を分説すると以下のとおりである。

  •  A 住宅地図において,
  •  B 検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載すると共に,
  •  C 縮尺を圧縮して広い鳥瞰性を備えた地図を構成し,
  •  D 該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し,
  •  E 付属として索引欄を設け,
  •  F 該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した,
  •  G ことを特徴とする住宅地図。

【争点】
 本件では,文言侵害の有無として,構成要件の充足性について多岐にわたる争点があり,また,均等侵害の有無,被告地図プログラムの製造の「そのものの生産にのみ用いる物の生産」(特許法101条1項)該当性等,新規性・進歩性欠如の有無等の無効の抗弁等争点があるが,本記事では,裁判所において主として判断された構成要件Dの充足性についてのみ検討する。以下,下線等の強調は,筆者が付した。

裁判所の判断

 2 争点1-4(構成要件D(「該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し」)についての文言侵害の有無)
   (1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
    ア 被告地図プログラムは,ユーザが,インターネット上の「https://以下省略」のURLにアクセスし,所定の操作をするなどすると,ユーザの端末にインストールされているWebブラウザを介して,ユーザ端末のディスプレイに地図を表示できるようにしたプログラムである。
      被告地図プログラムにより表示される地図では,縮尺レベルが1~20の20段階に分かれており,縮尺レベル20が最も詳細(縮尺率が小さい)なもので,縮尺レベル1が最も広域(縮尺率が大きい)なものである。各縮尺レベルに応じて,地図用のデータが存在する。
      被告地図プログラムの構成(1)及び(2)によりディスプレイの画面に表示される地図の画面表示等は,別紙「被告地図プログラムの構成(分説)」記載のとおりである。(以上につき,甲13ないし19,乙1,22,弁論の全趣旨)
    イ 被告地図において,市区町村名,町名,丁目及び番の表示の右側に〔地図〕と表示された部分等にはハイパーリンクが設定されており,そのハイパーリンクに係るURLは,冒頭に「https://以下省略」と記載され,その後の記載がパラメータであることを示す「?」が記載された後に,「lat=…&lon=…&ac=…&az=…」及び「z=…」という記載を含むものである。前記のlat,lon,ac,azが示す各値は,それぞれ当該地点に係る緯度,経度,都道府県及び市区町村の住所コード,町,丁目,番又は号の番号を示し,zが示す値は縮尺レベルを示す。ユーザがディスプレイ画面上で当該ハイパーリンクをクリックすると,その緯度経度を含む地点データと縮尺データを含むURLが被告地図の地図提供サーバに送信される。地図提供サーバが,この地点データに係る地点を含み,かつ,縮尺データに係る縮尺のメッシュ地図を地図データベースサーバから読み出し,ユーザのパソコンに送信することにより,ユーザのディスプレイ画面上において当該緯度経度を中心とした所定の縮尺の地図が表示される。(甲4ないし19,弁論の全趣旨)
    ウ インターネットに接続した状態で被告地図をユーザのディスプレイ画面に表示し,その後,インターネットの接続を停止した上で地図表示画面をスクロールさせると,地図が表示されない部分が画面上に表示される。(甲34,弁論の全趣旨)
    エ 被告地図プログラムにおける縮尺レベル19の縮尺は,概ね1/1250から1/2857の範囲であり,被告地図における縮尺レベル20の縮尺は,概ね1/615程度である。(甲33,乙1,弁論の全趣旨)
   (2) 本件明細書には,前記1(1)の記載のほか,【発明の実施の形態】として,以下の記載がある。
(中略)
   (3) 構成要件Dの「適宜に分割して区画化」について
    構成要件Dの「適宜に分割して区画化」の意義について,特許請求の範囲の「各ページを適宜に分割して区画化し,…住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載」という記載(構成要件D,E及びF)に照らせば,構成要件Dの「適宜に分割して区画化」とは,記号番号を付すことや番地と対応する区画を一覧的に示すことができる区画を作成することが可能となるように,検索すべき領域の地図のページを分割し,認識できるようにすることといえる。
     そして,本件発明は,前記1(2)のとおり,地図上に公共施設や著名ビル等以外は住宅番地のみを記載するなどし,全ての建物が所在する番地について,掲載ページと当該ページ内で分割された該当区画を一覧的に対応させて掲載した索引欄を設けることによって,簡潔で見やすく迅速な検索を可能にする住宅地図の提供を可能にするというものであり,本件発明の地図の利用者は,索引欄を用いて,検索対象の建物が所在する地番に対応する,ページ及び当該ページにおける複数の区画の中の該当の区画を認識した上で,当該ページの該当区画内において,検索対象の建物を検索することが想定されている。そのためには,当該ページについて,それが線その他の方法によって複数の区画に分割され,利用者が該当の区画を認識することができる必要があるといえる。そうすると,本件明細書に記載された本件発明の目的作用効果に照らしても,本件発明の「区画化」は,ページを見た利用者が,線その他の方法及び記号番号により,検索対象の建物が所在する区画が,ページ内に複数ある区画の中でどの区画であるかを認識することができる形でページを区分することをいうといえる。
     前記(2)のとおり,本件明細書には,発明の実施の形態において,本件発明を実施した場合における住宅地図の各ページの一例として別紙「本件明細書図2」及び「本件明細書図5」が示されているところ,これらの図においては,いずれも道路その他の情報が記載された長方形の地図のページが示されたうえで,そのページが,ページ内にひかれた直線によって仕切られて複数の区画に分割されており,その複数の区画にそれぞれ区画番号が付されている。また,本件明細書図4の索引欄には,番地に対応する形でページ番号及び区画番号が記載されており,利用者は,検索対象の建物の番地から,索引欄において当該建物が掲載されているページ番号及び区画番号を把握し,それらの情報を基に,該当ページ内の該当区画を認識して,その該当区画内を検索することにより,目的とする建物を探し出すことが記載されている(段落【0028】)。ここでは,上記の特許請求の範囲の記載や発明の意義に従った実施の形態が記載されているといえる。そして,「区画化」の意義に関係して,他の実施の形態は記載されていない。
     以上によれば,構成要件Dの「区画化」とは,地図が記載されている各ページについて,記載されている地図を線その他の方法によって仕切って複数の区画に分割し,その各区画に記号番号を付すことであり,索引欄を利用することで,利用者が,線その他の方法及び記号番号により,当該ページ内にある複数の区画の中の当該区画を認識することができる形で複数の区画に分割することを意味すると解するのが相当である。
   (4) 原告は,被告地図において,縮尺レベル19の住宅地図及び縮尺レベル20の住宅地図がそれぞれ構成要件Dの「該地図を記載した各ページ」に該当すると主張した上で,被告地図のデータは,画面に表示されるときに区分された形でその一部が表示されるから構成要件Dの「適宜に分割して区画化」されると主張するとともに,「メッシュ化」され,また,複数のデータとして管理されているから構成要件Dの「適宜に分割して区画化」することになると主張する。
     しかし,仮に,縮尺レベル19の住宅地図及び縮尺レベル20の住宅地図がそれぞれ構成要件Dの「該地図を記載した各ページ」に該当するとしても,利用者は,画面に表示されている地図を見ているのであって,線その他の方法及び記号番号により,ページにある複数の区画の中で,検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。被告地図において「メッシュ化」がされていて,また,被告地図に係るデータが複数のデータとして管理されているとしても,被告地図プログラムの構成(分説)及び前記(1)アないしウに照らし,利用者は,「メッシュ化」されている範囲や区分されたデータを通常認識しないだけでなく,それらに対応する記号番号を認識することはない。したがって,被告地図において,線その他の方法及び記号番号により,ページにある複数の区画の中で,検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。そうすると,前記(3)に照らし,被告地図において,「各ページ」が,「適宜に分割して区画化」されているとはいえない。
     これらによれば,被告地図について,構成要件Dの「適宜に分割して区画化」がされているとは認められない。

検討

 本判決は,構成要件Dの文言の意義について解釈するが,「構成要件Dの「適宜に分割して区画化」とは,記号番号を付すことや番地と対応する区画を一覧的に示すことができる区画を作成することが可能となるように,検索すべき領域の地図のページを分割し,認識できるようにすることといえる。」という判示や,「構成要件Dの「区画化」とは,地図が記載されている各ページについて,記載されている地図を線その他の方法によって仕切って複数の区画に分割し,その各区画に記号番号を付すことであり,索引欄を利用することで,利用者が,線その他の方法及び記号番号により,当該ページ内にある複数の区画の中の当該区画を認識することができる形で複数の区画に分割することを意味すると解するのが相当である。」との判示があり,また,あてはめにおいて,「そうすると,前記(3)に照らし,被告地図において,「各ページ」が,「適宜に分割して区画化」されているとはいえない。」と判示していることから,「適宜に分割して区画化」の意義を問題にしているのか,「区画化」の意義を問題にしているのか,やや判然としないところがある(なお,控訴審(知財高判令和元年7月19日・平成31年(ネ)第10019号)において,「本件発明の特許請求の範囲の記載(構成要件DないしF)及び本件明細書の開示事項によれば,本件発明の構成要件Dの「区画化」とは,地図が記載されている各ページについて,記載されている地図を線その他の方法によって仕切って複数の区画に分割し,その各区画に記号番号を付し,利用者が線その他の方法及び区画の記号番号により,当該ページ内にある複数の区画の中の当該区画を認識することができる形で複数の区画に分割することを意味するものと解するのが相当である。」と解釈されており,本判決と同趣旨の解釈といえる。)。
 本判決は,前記「1」のとおり,特許請求の範囲の記載,発明の意義,目的,作用効果,実施の形態から,「(適宜に分割して)区画化」の意義を解釈しているが,この解釈手法自体は相当だと考える。
 なお,原告は,「区画化」とはページを任意の形で区分することをいうと主張し,これに対し,被告は,「区画」とは,「一定の土地・場所をしきること。しきり。境界。しきった土地」を意味するから,「区画化」とは,地図を記載した各ページを仕切ることを意味すると主張する。
 本判決は,「(適宜に分割して)区画化」の意義について,両当事者が主張するよりも限定的に解釈したことになるが,被告が主張するような「区画(化)」の辞書的な意義について言及していない点は気になるところである。また,特許請求の範囲の記載から文言解釈するにしても,構成要件Fの文言(該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した)まで構成要件Dの文言解釈に取り込んでいる点は,やや疑問が残るところである。
 ただし,原告が主張するように,構成要件Dの「区画化」とはページを任意の形で区分することをいうのであれば,少なくとも実施の形態にそのような形態も含むような記載をしておくべきだったといえる。
 ところで,本判決では,構成要件Dの文言以外は判断の対象となっていないが,特許請求の範囲の記載としてやや注意を要する点があるように思われる。確かに,従来の住宅地図は,建物表示に住所番地だけでなく居住者氏名も全て併記されていたため,氏名を記載するためのスペースを確保するために住宅地図の縮尺を高くすることができず,そのため,地図の大きさも比較的大きくする必要があるとともに,地図に氏名が記載されることによるプライバシー侵害や利用者の検索への支障を生じたり,地図の更新作業のための調査に膨大な労力と人件費がかかったりするという課題があったことから,特許請求の範囲として「一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載する」(構成要件B)と記載したのかもしれないが,「のみ」との文言を用いると,ポリゴンと番地以外の何かを記載することによって簡単に構成要件Bの非充足が可能になるという問題がある。また,「該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した」(構成要件F)との記載もあるが,「全ての」との文言を用いると,一部でも掲載しなければ,構成要件Fの非充足が可能になるという問題もある。さらに「広い鳥瞰性を備えた地図」(構成要件C)との記載もあるが,「広い鳥瞰性」がどのような範囲であるか明らかでなく,不要な争点を創出するという問題もあると思われる。
 本件は,クレーム解釈の手法だけでなく,特許請求の範囲の記載として注意すべき点が複数あると思われることから紹介した。

以上
(文責)弁護士・弁理士 梶井啓順