【平成28年7月13日判決(東京地方裁判所 平成25年(ワ)第19418号)】

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「累進多焦点レンズ及び眼鏡レンズ」とする特許権を有する原告が,被告の製造・販売する各製品が特許の技術的範囲に属すると主張し,被告に対し,損害賠償等を求め,これに対し,被告は,無効の抗弁を主張するとともに,訴訟外において特許庁に対し無効審判請求を行った。そうしたところ,特許庁が本件特許の請求項1,3,7及び8に係る発明についての特許を無効とする旨の審決の予告をしたため,原告は,本件各発明に係る請求項について訂正の請求をした。原告が,外国法人を含む複数の第三者に対し,本件特許権を対象に含むライセンス契約(通常実施権設定契約)をしているものの,原告は上記外国法人から,本件訂正に関し何らの承諾も得ていなかったという事案である。

【キーワード】
特許法第127条,訂正審判,訂正請求,承諾,通常実施権者,引用関係の解消

【争点】
 本事案では,被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するか,本件特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否かなど多岐にわたる争点があるが,本記事においては,本件訂正の適法性(特許法127条の承諾の要否と承諾を要する通常実施権者の範囲)についてのみ検討する。以下,下線等の強調は筆者が付した。

裁判所の判断

 3 争点(3)(本件訂正の適法性〔特許法127条の承諾の要否と承諾を要する通常実施権者の範囲〕)について
  (1) 特許法104条の3の抗弁に対する訂正の再抗弁が成立するためには,①特許庁に対し適法な訂正審判の請求又は訂正の請求を行っていること,②当該訂正が訂正要件を充たしていること,③当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること,④被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること,以上の各要件を充たすことを要するというべきである。
     原告は,本件無効審判において審決の予告(甲50)を受け,特許法134条の2第1項に基づき,上記審決の予告において定められた期間内に訂正請求書(甲51の1・2)を提出して本件訂正請求をしているから,上記①の要件を充足するものと認められる。
     ところで,特許権者は,同法78条1項の規定による通常実施権者がいる場合には,その承諾を得た場合に限り,特許法134条の2第1項に基づいて訂正請求をすることができるものとされている(同法134条の2第9項,127条)。
     そして,原告が,外国法人を含む複数の第三者に対し,本件特許権を対象に含むライセンス契約(通常実施権設定契約)をしていること,しかし,原告は上記外国法人から,本件訂正に関し何らの承諾も得ていないことは当事者間に争いがない。
     そこで,本件訂正が上記②の要件を充足するか否かが問題となる。
   (2) この点に関して原告は,本件訂正は,形式的に引用関係を解消する訂正であって,通常実施権者に不測の損害を与えないから,特許法127条所定の承諾を必要とする場合に当たらない,(イ)仮に承諾を要する場合に当たるとしても,同条所定の「通常実施権者」は,訂正について利害関係のある通常実施権者に限られ,また,(ウ)本件では,外国法人は,同条所定の「通常実施権者」には当たらない旨主張しているので,以下,検討する。
   (3) 上記(2)(ア)について
    特許法127条には,通常実施権者の承諾を得る必要がない場合について特段の除外規定はない。そして,同法の趣旨は,特許権者が誤解に基づいて不必要な訂正を請求したり,瑕疵の部分のみを減縮すれば十分であるのにその範囲を超えて訂正したりすると,実施許諾を受けた範囲が不当に狭められるなど,通常実施権者等が不測の損害を被ることがあるので,訂正審判を請求する場合に上記のような利害関係を有する者の承諾を要することとしたものであると考えられる。
     また,通常実施権者には,訂正による権利範囲の減縮の程度にかかわらず,訂正により特許が有効に存続することとなったり,あるいは,訂正の承諾を拒否することで特許が無効になるなどすることで,何らかの利益又は損失を生じる場合もあり得るのであるから,通常実施権者は,特許権者による訂正について常に利害関係を有する可能性があると認められる。
     そうすると,訂正が減縮にあたる場合はもちろんのこと,訂正が単なる減縮に当たらない場合であっても,特許権者が訂正をする場合には常に通常実施権者の承諾が必要であるというべきである。
     この点に関して原告は,引用関係を解消する目的でされる訂正について通常実施権者の承諾を要するような改正がされたのは,立法担当者の見落としである旨の主張もしているが,それを裏付ける証拠はなく,むしろ,原告の主張のとおりに通常実施権者の承諾について議論があったにもかかわらず通常実施権者の承諾を要するものとして改正がされたのであるとすれば,法の趣旨は通常実施権者の承諾を要するものとして通常実施権者の利益を保護しようとしているというべきであるから,原告の上記主張は独自の見解というほかない。
     したがって,引用関係を解消する目的でされる訂正については特許法127条の適用がない旨の原告の上記主張には理由がない。
   (4) 上記(2)(イ)及び(ウ)について
    原告は,特許法127条の「通常実施権者」は利害関係があるものに限定されるとか,本件では,外国法人は同条所定の「通常実施権者」に含まれない旨主張している。
     しかし,特許法には,同条の「通常実施権者」について訂正に利害関係のある者や現に実施している者に限定する旨の規定はないのであって,特許法127条は,「特許権者は,専用実施権者,質権者又は第35条第1項,第77条第4項若しくは第78条第1項の規定による通常実施権者があるときは,これらの者の承諾を得た場合に限り,訂正審判を請求することができる。」と規定しており,通常実施権者として,外国の会社を排除するものではないとともに,訂正について実質的な利害関係があることを要件としているわけでもないというべきである。
     さらには,通常実施権者であれば,現に実施しておらず,また,自らは実施する可能性がないとしても,今後,子会社や関連会社を含む第三者をして実施させる可能性はあるのであるから,訂正の内容や特許の有効性に利害関係を有することは明らかであり,現に実施しておらず,かつ,自らは実施する可能性がない通常実施権者を,特許法127条の承諾を要するべき「通常実施権者」から除外すべき理由がない。
     したがって,原告の上記主張は採用できない。
   (5) 以上のとおり,原告は,本件特許権の通常実施権者の一部について,本件訂正請求をすることにつき承諾を得ていないから,本件訂正に係る原告の再抗弁は,前記(1)で説示した②の要件を充たしていないというほかない。

検討

 本判決は,「特許権者が訂正をする場合には常に通常実施権者の承諾が必要であるというべきである。」との判断をした。
 当該判断を導くための理由として,特許法127条の趣旨について「特許権者が誤解に基づいて不必要な訂正を請求したり,瑕疵の部分のみを減縮すれば十分であるのにその範囲を超えて訂正したりすると,実施許諾を受けた範囲が不当に狭められるなど,通常実施権者等が不測の損害を被ることがあるので,訂正審判を請求する場合に上記のような利害関係を有する者の承諾を要することとしたものであると考えられる。」と判示する。

 ところで,請求項3,7及び8はいずれも請求項1又は2の従属項であるが,特許庁が,本件特許の請求項1,3,7及び8に係る発明についての特許を無効とする旨の審決の予告をしたことに対し,原告は,本件特許の請求項3,7及び8については請求項1のみに従属するものとし,本件各発明のうち請求項2に従属する部分を新たに請求項13,14及び15とする訂正の請求をした(以下,同請求に係る訂正を「本件訂正」といい,本件訂正後の本件各発明を「本件各訂正発明」という。)。
 このような訂正は,請求項相互の引用形式を解消する訂正であって,特許請求の範囲が減縮するものではないから,通常実施権者等が不測の損害を被るとはいえないように思われる。
 したがって,通常実施権者等が不測の損害を被るとはいえない場合があるにもかかわらず,「特許権者が訂正をする場合には常に通常実施権者の承諾が必要であるというべきである。」とした本判決の判断にはやや疑問が残る。

以上
(文責)弁護士・弁理士 梶井啓順