【令和7年5月29日(知財高裁 令和7年(行ケ)第10008号)】

【キーワード】

商標法4条1項7号、当事者間の私的紛争

 

【事案の概要】

原告は、JAPAN MINIATURE AUTOMOBILE CLUB(以下「本件団体」という。)の会長である。本件団体は、昭和36年結成のミニチュアカー文化の普及と発展を目的とする団体であり、「JMAC」を通称としている。また、本件団体は、その活動において以下の図形(以下「別件図形」という。)を用いている。

別件図形


 

 被告は、本件出願時において本件団体の関西支部長であり、以下の登録商標を有している。なお、被告は、令和5年2月1日付けの本件団体の会報において、「JMAC関西支部・新年モデル」制作・取扱について不祥事があったとして、令和4年12月末日付で会員取消となった旨の記載がある。

登録番号:商標登録第6573771号
商標:

指定商品・役務:第28類 ミニチュアカー,おもちゃ,人形

 

原告は、本件商標について、商標法4条1項7号に定める商標に該当するとして無効理由が存在すると主張し、商標登録無効審判を請求した(無効2023-890079)。これに対して、特許庁は、請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)を行ったため、原告は、その取消しを求めて、本件訴訟を提起した。

 

【争点】

  • 商標法4条1項7号該当性
  • 別件商標について商標法上の「商標」該当性

 

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第4(省略)

第5 当裁判所の判断

1 取消事由(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について

(1) 商標法4条1項7号については、公序良俗に反する商標の登録を阻止するためのものであり、典型的には、商標を構成する標章自体が公序良俗に反する場合に、登録商標による保護を与えないことを趣旨とするものである。
商標登録につき先願主義(同法8条1項)を採用する我が国の法制度の下では、私的紛争の範囲内において、一方の利害関係人が先に出願し登録を得たとしても、当然には同法4条1項7号には該当しないものと解される。

(2) (省略)

(3) 本件商標の構成自体には公序良俗に反する要素は認められない。
(2)の事実経過によれば、本件出願時に原告が本件団体の会長の、被告が関西支部長の地位にあったことは客観的事実であり、本件の実体は、原告と被告の間の本件団体の在り方を巡る見解の対立等から派生した問題とみられ、原告自ら速やかに商標登録出願を行うことを妨げるべき事実も認められない。本件団体の会員数が近時100人前後であることに鑑みれば、本件商標の出願・登録が、当事者間の私的領域の問題を超えて公序良俗に関わることになるとはいえず、本件商標が商標法4条1項7号に該当するとは認められない。

(4) 原告は、本件団体は趣味の会であるから別件図形は「標章」ではあるが商標ではなく、原告が商標登録出願をする機会があったとする本件審決の判断は誤りである旨主張する。
商標法2条1項各号によれば、「商標」は、「標章」のうち、業として商品を生産、譲渡等し、又は業として役務を提供等する者が商品ないし役務について使用するものである。
しかし、「業として」というためには営利を目的とする必要はなく、同号記載の各行為が反復継続してされれば足りるものであるところ、本件団体は、近時はミニカーに別件図形を付したものを支部単位で年2回まで会員に配布し、本件団体の中央でも50周年モデル、60周年モデルとしてこのようなミニカーを各支部に配布するなどしており(甲20、21、53等)、上記(2)ウで原告が被告に指摘したのも、このミニカーの配布の頻度や価格に関するものであると解される。したがって、本件団体において使用されていた別件図形が「商標」に該当しないとはいえない。

(5) 以上のとおりであって、本件商標が商標法4条1項7号に該当しないとした本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

2 結論

以上によれば、本件審決について取り消されるべき違法は認められず、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

 

【検討】

商標法4条1項7号は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について商標登録を認めない旨の規定である。特許庁の審査基準では、本号に該当する例として、①商標の構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、きょう激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音である場合、②指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、③他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、④特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、④当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合、が挙げられている(特許庁「商標審査基準」4-1-7)。

また、本号については、しばしば剽窃的に登録された商標について問題となることがある。例えば、知財高裁平成22年8月19日(平成21(行ケ)10297号)では、「ASRock」からなる商標について、韓国企業のブランド名に関する商標であり、商標権の譲渡による不正な利益を得る目的又は当該企業やその取扱業者に損害を与える目的での出願であるとして同号該当性を肯定した。日本の商標法は先願主義を採用し、現に使用していることを要件としないため、基本的に、先に商標登録出願を行った者が、その属性にかかわらず、商標登録を受けることができるが、その例外を判断したものといえる。

本件は、上記「ASRock」事件とは異なり、原告及び被告は同一団体に所属していた者同士であった。そのため、本件商標が無効か否かという点は、「本件の実体は、原告と被告の間の本件団体の在り方を巡る見解の対立等から派生した問題」と判断された。一定の関係性を持った者同士で、一方の商標登録が自己の使用標章の剽窃であるとの主張は認められにくいように思われる。

以上
弁護士 市橋景子