【知財高判令和元年7月19日(平31(ネ)10019号[住宅地図事件・控訴審])】

【判旨】
 控訴人の専用実施権の侵害を理由とする損害賠償請求について、文言侵害及び均等侵害が否定された。

【キーワード】
充足論、文言侵害、均等侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

事案の概要(特許発明の内容)

【請求項1】
A 住宅地図において,
B 検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載すると共に,
C 縮尺を圧縮して広い鳥瞰性を備えた地図を構成し,
D 該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し,
E 付属として索引欄を設け,
F 該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した,
G ことを特徴とする住宅地図。

争点

(1)構成要件Dの充足性
(2)構成要件Fの充足性
(3)均等侵害

判旨

(1)構成要件Dの充足性
「全戸氏名入り電子住宅地図14は,「全戸」の氏名が表示された地図であるものと認められるから,構成要件Bの「検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し」の構成を備えていないというべきである。
 したがって,本件明細書記載の全戸氏名入り電子住宅地図14は,本件発明の実施形態に含まれるものと認めることはできない。・・・
 控訴人の挙げる技術が本件特許出願時の技術常識であったとしても,前記(ア)認定のとおり,本件明細書記載の全戸氏名入り電子住宅地図14(【0036】,【0037】,図7)は,本件発明の実施形態に含まれるものと認めることはできない。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。」

(2)構成要件Fの充足性
「イ(ア) これに対し控訴人は,被告地図の構成(1)においては,特定の緯度及び経度を含む地点データと縮尺レベルを示すデータとを含むURLによって,各地図における1つのメッシュ地図が特定され,上記URLは,「住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号」に該当する旨主張する。
  しかしながら,控訴人主張のURLの情報は,検索対象の建物の地図上の「地点」を特定する情報であって,メッシュ地図自体を特定する記号番号であるものとはいえないから,控訴人の上記主張は,理由がない。
  (イ) また,控訴人は,被告地図の構成(1)及び(2)においては,いずれも番のアイコン及び号のアイコンは,特定の緯度及び経度を含む地点データと縮尺レベル19及び20を示す縮尺データに対応付けて掲載されているといえるから,被告地図の構成(1)及び(2)は,構成要件Fを充足する旨主張する。
  しかしながら,前記ア認定のとおり,被告地図の構成(1)及び(2)においては,特定の記号番号を有する区画の構成を備えていない以上,控訴人の上記主張は,理由がない。」

(3)均等侵害
「控訴人は,仮に本件発明の構成要件Dの「区画化」の構成が,地図が記載されている各ページについて,記載されている地図を線その他の方法によって仕切って複数の区画に分割し,その各区画を特定する番号又は記号番号を付し,利用者が,線その他の方法及び記号番号により,当該ページ内にある複数の区画の中の当該区画を認識することができる形で複数の区画に分割することを意味するものと解し,また,仮に構成要件Fの「索引欄に…住宅建物の所在する番地を前記地図上における…記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した」との構成が,索引欄に所在番地の記載ページ及び区画の記号番号がユーザの目に見える形で掲載される構成に限られると解した場合には,被告地図は,各ページに線その他の方法及び記号番号が付されていない点及び「特定の緯度・経度を含む地点データと縮尺レベル19ないし20を含むURL」が画面に「一覧的に」表示されていない点で本件発明と相違することとなるが,被告地図は,均等の成立要件(第1要件ないし第3要件)を満たしているから,本件発明と均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。
 しかしながら,前記1(3)ア認定の本件発明の技術的意義に鑑みると,本件発明の本質的部分は,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については,居住人氏名や建物名称の記載を省略し,住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載することにより,縮尺度の高い,広い鳥瞰性を備えた構成の地図とし(構成要件B及びC),地図の各ページを適宜に分割して区画化した上で,地図に記載の全ての住宅建物の所在番地を,住宅建物の記載ページ及び記載区画を特定する記号番号と一覧的に対応させた付属の索引欄を設ける構成(構成要件DないしF)を採用することにより,小判で,薄い,取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することができ,また,上記索引欄を付すことによって,全ての建物についてその掲載ページと当該ページ内の該当区画が容易に分かるため,簡潔で見やすく,迅速な検索の可能な住宅地図を提供することができる点にあるものと認められる。
 しかるところ,被告地図においては,前記2(1)ウ及び(2)認定のとおり,地図を記載した各ページを線その他の方法及び記号番号によりユーザの目に見える形で複数の区画に仕切られておらず,索引欄に住宅建物の所在番地の記載ページ及び区画の記号番号がユーザの目に見える形で掲載されていないため,構成要件D及びFを充足せず,ユーザが所在番地の記載ページ及び区画の記号番号の情報から検索対象の建物の該当区画を探し,区画内から建物を探し当てることができないから,このような索引欄を利用した迅速な検索が可能であるということはできない。
 したがって,被告地図は,本件発明の本質的部分を備えているものと認めることはできず,被告地図の相違部分は,本件発明の本質的部分でないということはできないから,均等論の第1要件を充足しない。」

検討

 本件は、原審と同様に、構成要件Dの「分割して区画化」の解釈が争われた。控訴人は、原審の主張に、「電子住宅地図において,索引欄の任意の番地を選択すれば,当該番地を含む区画を中心とする地図が当該番地を中心として自動的に表示される技術及び当該番地にマークを付して点滅させるなどして目的とする建物を表示する技術は,本件特許出願時の技術常識であった」ことを追加して、「分割して区画化」には、データベースに保存された地図がメッシュにより分割することも含まれる旨を主張した。
 紙の地図の実施例が記載されているのであれば、これを単純に電子化したものぐらいには権利範囲が及んでも良いのではないかという考え方は一定の合理性があるとすると、上記の立証方針は、合理的なものと考えられる。
 しかし、本件では、明細書にかかる主張と反する電子化に関する実施例が記載されていることを理由に、上記主張は認められなかった。
 発明の技術的意義との関係でも、控訴人の主張には整合しない点があることから、本件は、単純に、紙の地図の実施例を電子化しただけであるとはいえないため、控訴審判決の認定は妥当と考えられる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 杉尾雄一