【令和4年12月8日(東京地裁 令和2年(ワ)第23616号 商標権侵害損害賠償請求事件(第1事件)、令和2年(ワ)第23627号 商標権侵害行為差止請求事件(第2事件))】

【キーワード】

商標法38条2項、使用料相当額、侵害態様の悪質性

1.事案の概要

 本件は、「BOY LONDON」などの原告商標に係る商標権を有する原告が、原告商標と同一又は類似の被告標章が付された被告商品の販売等をしている被告に対し、商標権侵害を理由に訴えを提起したものである[i]
 本稿では、損害論のうち、商標法38条3項に基づく使用料相当額の算定について取り上げる。

2.判決理由(抜粋)

 ※一部に下線強調及び引用注を付した。

第2 事案の概要 (中略) (7)仮処分決定  原告は、平成31年4月3日、本件訴訟提起に先立ち、被告に対し、被告標章を被告商品又はその包装に付してはならないこと、当該商品等を譲渡等してはならないこと…を求める仮処分命令の申立てをしたところ(当庁平成31年(ヨ)第22040号)、当庁は、令和元年12月5日、当該申立てを認容する決定(以下「本件仮処分決定」という。)をした。(甲16、当裁判所に顕著な事実) (中略 第4 当裁判所の判断 (中略) 5 争点5(損害額)について (1)商標法38条3項に基づく損害額 (中略) イ 実施料率(引用注:原文ママ。「使用」料率の趣旨?)  証拠(乙33)及び弁論の全趣旨によれば、一般的な被服のロイヤルティ料率は、平均が4.9%、最大で7.5%であることが認められ、その他本件に現れた諸事情を考慮して、弁論の全趣旨を踏まえ、本件における実施料率(引用注:原文ママ。)を算定すれば、本件仮処分決定前は10%の限度で、同決定後は、同決定後も被告製品の販売を続けたという侵害態様の悪質性を考慮して20%の限度で、それぞれ認めるのが相当である。

3.筆者コメント

(1)商標法38条3項について
 商標法38条3項は、「登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」を損害として定めた規定である。
 同規定につき、平成10年の商標法改正前の旧商標法38条2項では「通常受くべき金銭の額」と定められていたところ、同改正により、「通常」との二文字が削除されたという経緯がある。この改正は、訴訟当事者間の具体的事情を考慮した妥当な使用料相当額を認定できるようにするとの趣旨でされたものである。実務上は、当該「具体的事情」として、侵害の態様等も考慮され得る(以上につき、小野昌延=三山駿司『新・注解商標法【下巻】』1181頁以下〔松村信夫〕(青林書院、2016))。

(2)本件の意義
 本件は、本件訴訟提起に先立ち、被告に対し、被告製品の譲渡等をしてはならない旨の仮処分決定(本件仮処分決定)がなされていたにもかかわらず、同決定後も、被告が被告製品の販売を続けていたという事案である。
 そして、商標法38条3項を適用するにあたり、被告の侵害態様の悪質さが考慮され、本件仮処分「後」については、本件仮処分「前」の料率(10%)の2倍である20%もの料率が設定された
 この点につき、平成16年の判例と古めであり、かつ、著作権に関する事案ではあるが、大阪地裁平成16年12月27日(平成14年(ワ)第1919号等)は、以下のとおり述べている。

平成16年大阪地裁判決(抜粋)  ※本件とは全くの別件である。    原告は、被告らの態度が悪質であることから、同項の使用料率(引用注:著作権法114条3項)として、適正な料率へ修正した使用料率よりさらに2倍以上の高額とされるべきであると主張するが、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度が、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止を目的とするものではないことは、前記4(2)イ(ア)で述べたとおりであるから、この主張も採用することができない

 以上のように、侵害態様が悪質であったとしても、料率を大きく上昇させることは許さなかった裁判例も存在するところ、本件では、判決において被告の侵害態様が「悪質」と断言されており、その悪質性によって料率が大きく異なっている点が目を引く事案となっている。
 本件は、被告が仮処分決定を無視していたという特殊な事情はあるといえど、商標法38条3項に基づき損害賠償額を算出する際の参考になると考え、ここに紹介する。

弁護士・弁理士 奈良大地


[i] その他、原告は、不正競争防止法に基づく請求も行っている。