【平成30年3月29日(東京地裁平成29年(ワ)第672号 損害賠償請求事件(本訴)・平成29年(ワ)第14943号 同反訴事件(反訴))】

第1 事案の概要

 本件は、原告の販売する写真素材を被告が無断で参考にしてイラスト化して自らの作品に使用して販売した行為が、原告の当該写真素材に係る著作権(複製権、翻案権及び譲渡権)を侵害すると原告が主張して、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償請求をした(本訴)のに対し、原告による過大な損害賠償請求等が不法行為に当たると被告が主張して、原告に対し、不法行為に基づき、損害賠償請求をした(反訴)事案である。

第2 問題となった写真素材・イラスト(いずれも裁判所ホームページより引用)

原告写真素材
被告イラスト(トリミング済み)

第3 裁判所の判断(主要な争点のみに絞って記載した。)

1 争点(3)(被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか)について

 本件イラストは,・・・A5版の小説同人誌の裏表紙にある3つのイラストスペースのうちの一つにおいて,ある人物が持つ雑誌の裏表紙として,2.6センチメートル四方のスペースに描かれている白黒のイラストであって,背景は無地の白ないし灰色となっており,薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入され,また,文字も加入されているものである。

<<中略>>

 本件イラストは本件写真素材に依拠して作成されているものの,本件イラストと本件写真素材を比較対照すると,両者が共通するのは,右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体の男性の,右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分のみであり,他方,本件イラストと本件写真素材の相違点としては,〔1〕本件イラストはわずか2.6センチメートル四方のスペースに描かれているにすぎないこともあって,本件写真素材における被写体と光線の関係(被写体に左前面上方から光を当てつつ焦点を合わせるなど)は表現されておらず,かえって,本件写真素材にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入されている,〔2〕本件イラストは白黒のイラストであることから,本件写真素材における色彩の配合は表現されていない,〔3〕本件イラストはその背景が無地の白ないし灰色となっており,本件写真素材における被写体と背景のコントラスト(背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されているなど)は表現されていない,〔4〕本件イラストは上記のとおり小さなスペースに描かれていることから,頭髪も全体が黒く塗られ,本件写真素材における被写体の頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されておらず,また,本件イラストには上記の薄い白い線が人物の顔面中央部を縦断して加入されていることから,鼻が完全に隠れ,口もほとんどが隠れており,本件写真素材における被写体の鼻や口は再現されておらず,さらに,本件イラストでは本件写真素材における被写体のシャツの柄も異なっていること等が認められる。これらの事実を踏まえると,本件イラストは,本件写真素材の総合的表現全体における表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等)を備えているとはいえず,本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。
 したがって,本件イラストは,本件写真素材の複製にも翻案にも当たらず,被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したものとは認められない。なお,原告は,譲渡権侵害も主張するが,本件イラストが本件写真素材の複製及び翻案には当たらないため,本件イラストを掲載した小説同人誌を頒布しても譲渡権の侵害とはならない。

2 争点(5)(原告の請求が不法行為に当たるか)について
 本訴において原告が主張した著作権侵害は,結果として法律的根拠を欠くものではあった。もっとも,その判断は一定の法律的判断を要するものであるし,また,損害賠償請求金額についても,その妥当性はさておき,写真素材の販売代理店等においては不正使用があった場合に正規の使用料の数倍から10倍程度の金額を請求する旨の利用規約を定めていたものと認められるから,原告が代理人弁護士を選任することなく自ら一連の行為を行っていることも踏まえると,原告がその主張する著作権侵害やそれに基づく損害賠償請求金額について,根拠を欠くものであることを知りながら又は容易に知り得たといえるのにあえて訴えを提起したといった事情を認めるに足りる証拠はなく,原告の訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認めることはできない。同様に,原告の本件本訴の提起に至るまでの一連の請求や言動,本件本訴での原告の主張立証活動が,被告に対する欺罔行為であり,不法行為に当たるものと認めることもできない。

3 結論
 以上によれば,・・・原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

第4 若干のコメント

 本件は、写真を参考にしたイラストについて、イラストが写真に依拠して作成されていることは認められた上で、著作権侵害を否定した事例である。
 従来の裁判例としても、写真を模倣した写真や、写真を模写したイラストなどが、著作権侵害を構成し得るかという判断が示されているが、この問題に対する新たな裁判例として、本件は参考になるものである。
 また、現代的な問題としては、たとえ著作権侵害が否定されたとしても、炎上するリスクとしては、なお存在するという点に注意が必要である。どこまで似ていると炎上してしまうか、という点は、非常に難しい問題ではあるが、今後は、著作権の面以外でも一定のリスクがあることを念頭におきながら表現活動を行っていく必要があると考えられる。

弁護士 多良 翔理