【平成9年2月13日(最高裁 平成8年(オ)第2263号)】

第1 事案の概要

 本件は、原告・控訴人(宗教法人)が被告・被控訴人(都営地下鉄)に対し、被告・被控訴人が原告・控訴人の寺号である「泉岳寺」という名称を都営地下鉄浅草線の駅名に使用している行為について、不正競争防止法2条1項1号及び3条1項に基づき、差止めを求めた事案である。

第2 最高裁判所の判断

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

第3 原審の判断(不正競争防止法の点のみに絞って記載した。)

 不正競争防止法二条一項一号、三条一項は、他人の周知営業表示と同一又は類似の営業表示を使用して他人の営業と混同を生じさせる行為を不正競争行為として禁止しているが、この混同行為を禁止しようとする趣旨は、周知営業表示に化体形成された信用の冒用を規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり、ここにいう混同を生じさせる行為とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤認させる行為(狭義の混同)のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為や、自己と右他人との間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為等(広義の混同)をも包含するものと解される(最高裁昭和五八年一〇月七日第二小法廷判決・民集三七巻八号一〇八二頁、同昭和五九年五月二九日第三小法廷判決・民集三八巻七号九二〇頁参照)。
 控訴人は、被控訴人が都営地下鉄の駅名として「泉岳寺」という名称を使用することが、不正競争防止法二条一項一号の要件に該当すると主張するが、都営地下鉄事業は、地方公営企業法に基づき、地方公共団体である被控訴人が行う事業であって、被控訴人以外の者が行うことはできない事業であるから、控訴人のような宗教法人が都営地下鉄事業を行うことは法的にありえないことであり、仮に控訴人主張のように宗教法人としての控訴人の行う関連事業が同法二条一項一号の営業に当たる場合があるとしても、この控訴人の行う営業と被控訴人の行っている都営地下鉄事業とは明白に区別できる別種の営業とみられるものであるから、一般人が、被控訴人の本件駅名使用行為により泉岳寺駅の営業ないし都営地下鉄浅草線の地下鉄事業を控訴人ないしその関連企業による営業と誤認し,あるいは、控訴人と被控訴人とが営業上緊密な関係にある若しくは何らかの経済的、組織的関連があると誤認することは通常考えられず、したがって、「泉岳寺」との名称が著名であることを考慮に入れても、広義の混同を含め営業の混同を生ずるおそれがないことは明らかである。
 控訴人は、一般人が、被控訴人による泉岳寺駅名称の使用について、控訴人側において何らかの明示又は黙示の許可、許諾があったものと誤信する可能性がある場合も、不正競争防止法にいう「混同」である旨主張するが、「駅名の使用」についての許諾があるものと誤認するおそれがあることが、直ちに控訴人と被控訴人との営業の混同をもたらすものとは解されないから、控訴人の右主張は理由がない。 
 さらに、控訴人は、現実の混同の事例として、間違い電話、荷物等の誤配、待合わせ場所等の混乱があった旨主張するほか、地下鉄の「泉岳寺」の駅名が駅の所在地を示すものであり、当該所在地を控訴人所在地とを混同することがあれば、不正競争防止法の「混同」の要件は充足されたというべきである旨主張する。
 しかし、駅の所在地を控訴人所在地と混同することが、同法二条一項一号の営業の混同ということはできず、本件全証拠によっても、右のような事例が、被控訴人の本件駅名使用行為によって、都営地下鉄浅草線の地下鉄事業や泉岳寺駅の営業主体が控訴人ないしその関連企業であると誤認されたり、控訴人と被控訴人とが営業上緊密な関係にある若しくは控訴人との間に業務上、組織上何らかの関連があると誤認されたことに起因して生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。
 よって、不正競争防止法に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第4 若干のコメント

 本件は、都営地下鉄が「泉岳寺」を駅名に使用していることが、不正競争防止法上の混同にあたらないとされた事例である。不正競争防止法上の混同については、営業上の混同を生ずるか否かで判断することとなるが、泉岳寺駅を表示する都営地下鉄の主体が東京都であることは明らかであり、また、泉岳寺の主体が宗教法人であることも明らかであるため、混同が生じないとした判決は妥当であろう。
 余談ではあるが、泉岳寺駅は都営地下鉄浅草線の途中駅であり、京急線との分岐駅でもあって、泉岳寺駅を行き先とする列車も多く設定されているなど、運行上の拠点となる駅である。泉岳寺駅から徒歩5分ほどのところにJR山手線・JR京浜東北線の高輪ゲートウェイ駅があり、開業時の駅名公募において、「泉岳寺」、「高輪泉岳寺」、「JR泉岳寺」はそれぞれ4位、8位、10位であったが、結局、130位であった「高輪ゲートウェイ」が選ばれることになった。首都圏の鉄道は、乗り換え可能な駅においては、乗り換えが可能であることがわかる駅名となることが比較的多いにもかかわらず、JRの新駅に「泉岳寺」の文字が入らなかったのは、本件の紛争が影響しているのかもしれない。

以上
弁護士 多良翔理