【令和5年4月12日判決(東京地裁 令和3年(ワ)第8940号 特許権移転登録抹消登録請求事件)】

【事案の概要】

 本件は、原告が、被告に対し、原告は、発明の名称を「亜臨界水処理装置」とする特許第6737561号の特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(別紙特許権目録記載の特許権。以下「本件特許権」という。)の権利者であるところ、被告に本件特許権を譲渡した事実はないのに、被告に対する不実の移転登録がされていると主張して、本件特許権に基づき、同特許権の移転登録手続の抹消登録手続を求める事案である。
 なお、被告が本件特許権の移転登録手続をする際、移転登録手続の申請書には、原告代表取締役名下の印影がある譲渡証書(以下「本件譲渡証書」という。)が添付されていた。

 争点は、
 ①原告代表者により本件特許権譲渡の意思表示がされたか 及び
 ②被告が、原告の取締役会決議がないことを知り、又は知ることができたか
の2点であり、本稿では主に②を取り上げて論じる。

【裁判所の判断】

 裁判所(民事第29部、國分裁判長)は、概略、
 ①本件譲渡証書の成立の真正が推定されることなどから、原告代表者が本件特許権を被告に譲渡する意思表示をしたとの事実を認めることはできるものの、
 ②本件特許権の譲渡につき、原告の取締役会における承認決議はなされておらず、被告は、同承認決議がなかったことを知ることができると言えるから、民法93条ただし書の規定を類推して、本件特許権の譲渡は無効である
として、原告の請求を認めた。

【争点②についての判決文抜粋】

 ※判決文の一部に下線強調及び引用注を付した。
 1.流通業者による使用が、商標法50条1項の「使用」にあたるかどうかについて

2 争点2(被告が、原告の取締役会決議がないことを知り、又は知ることができたか)について
(1)前記前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができる。
(中略)
オ C(引用注:原告の代表者)は、令和2年10月5日頃、被告の代表取締役であるDに電話をし、原告の代表取締役として、A(引用注:原告の別の代表者)が原告に本件特許権を取得させて被告製品の競合品である原告製品を第三者に販売しようとしたことについて謝罪し、事態を収拾するため、本件特許権を譲渡したい旨申入れた。Dは、同申入れを受け入れることとし、Cに対し、「取締役会決議等の社内決裁手続は取れているんでしょうね?」と尋ねたところ、Cは、「Aも了解しているし、社内手続も大丈夫だ。」と述べた。しかし、実際には、原告の取締役会において本件特許権譲渡の承認決議はされていなかった。(乙11、被告本人、弁論の全趣旨)
(中略)
(2)前記認定事実に基づき、被告が、原告の取締役会決議がないことを知り、又は知ることができたかについて、以下検討する。
ア 前記(1)エによれば、Dは、本件特許権の譲渡時までには、Aが、原告を設立して原告に本件特許権を取得させ、被告製品と競合する有機物廃棄処理装置を販売しようとしていたことについて、認識していたものと認められる。
 そして、本件特許権が原告にとって重要な財産であることは被告も認めるところであり、前記(1)イないしエに照らせば、被告は、原告が本件特許権を実施することにより収益を得ようと企図していたことについても認識していたものと認められる。これらの事情に照らすと、被告において、原告が競合他社である被告に対し本件特許権を無償で譲渡することはないと考えるのが通常であるといえる。それにもかかわらず、前記(1)オのとおり、Dは、Cに対し、「取締役会決議等の社内決裁手続は取れているんでしょうね?」と尋ね、Cが「Aも了解しているし、社内手続も大丈夫だ。」と述べたことのみをもって、承認決議が存在すると考え、本件特許権の移転登録手続を経たというのである。
 このような本件特許権の譲渡の経緯に照らすと、Dにおいて、本件特許権の移転登録手続を経る前に、Cに対し、原告の承認決議があったことを裏付ける取締役会議事録を提出させるか、又は、原告の実質的経営者であるAに対し、真実本件特許権を譲渡することに承諾しているのかどうかを確認しておけば、本件特許権の譲渡につき、原告の取締役会による承認決議がされていないことを認識できたというべきである。そして、本件特許権の移転登録手続を経ることが、被告にとって急を要するものであったとはうかがわれないこと、また、Aが被告の取締役であり、被告とAは既知の関係にあったこと(前記(1)ア)に照らすと、本件特許権の移転登録手続を経る前に、上記の確認をとることは容易であったといえる。 
 したがって、Dは、少なくとも本件特許権譲渡について原告の取締役会における承認決議がなかったことを知ることができたといえるから、本件においては、民法93条ただし書の規定を類推して、原告はCによる本件特許権の譲渡は無効と解するのが相当である。

【筆者コメント】

 取締役会決議は、内部的意思決定にすぎないため、取締役会決議を欠いた行為は、原則として有効であり、相手方において決議を経ていないことを知り又は知ることができたときに限り無効となる(最判昭和40年9月22日、民集第19巻6号1656頁)。
 同判例では、条文の明示はないが、心裡留保説を採ったものと解釈されている。本件においても、おそらく同判例に則った上で、民法93条ただし書の規定を類推して、本件特許権の譲渡は無効と解されている。

 しかし、本件では、被告はただ漫然と特許権の譲渡を受けたわけではない。被告代表者であるDは、原告の代表者Cに対し、「取締役会決議等の社内決裁手続は取れているんでしょうね?」と尋ねており、Cからは、「Aも了解しているし、社内手続も大丈夫だ。」との回答を得ている
 以上に鑑みれば、本件において、被告は、原告における取締役会決議の有無について最低限度の確認を行っていると言える。しかし、裁判所は、上記の最低限度の確認では不足であり、取締役会議事録の確認又は原告の実質的経営者であるAに対する直接の確認等の高度の確認を被告に要求している
 特許権の譲渡についての取締役会決議の有無に関して、事案によっては、上記のような高度の確認が要求されることもあるという点で、本件は参考になると考えられる。

以上

弁護士・弁理士 奈良大地