1.本稿の趣旨
特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と定め、同条2項は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と定めている。
これらの規定からは、分割出願に係る特許発明の技術的範囲を確定する場合に、対応外国出願の出願経過を参酌することの可否は明らかでない。そこで、この点について述べた裁判例をいくつか概観する。
2.対応外国出願の出願経過を参酌した裁判例(抗真菌外用剤事件(東京地判平成9年11月28日))
裁判所は、以下のとおり述べ、分割出願に係る特許発明の技術的範囲を解釈するに当たり、複数ある要素の中の一つの要素としてではあるが、対応外国出願の出願経過を参酌した。
右認定の事実によれば、原告も出願過程において、クロタミトン等の溶解剤としての技術的意義を強調し、化合物(I)を溶解剤に溶解してから製剤化することにより得られる効果を主張して拒絶査定を回避し、また同旨の欧州特許庁への出願をしたもので、本件発明が化合物(I)とクロタミトン等からなる溶液を外用基剤で製剤化することを前提としていたものと認められる。
…以上のような本件発明の特許請求の範囲の文言、本件明細書の発明の詳細な説明における記載や実施例の内容、本件特許出願の過程における原告の主張内容、原告の欧州特許庁に対する提出書類の内容等を総合すると…本件発明においては…化合物(I)を外用基剤と混合する前に、まずこれをクロタミトン等に溶解させた溶液を調製し、しかる後にこれを外用基剤で製剤化するという過程をとることが、発明の性質上不可欠ということにな…る。 |
3.対応外国出願の出願経過を参酌しなかった裁判例(静岡地判平成6年3月25日(アルファカルシドール事件))
上掲の抗真菌外用剤事件と異なり、本判決においては、裁判所は、以下のとおり述べ、対応外国出願の出願経過を参酌しなかった。
被告らは、本件特許発明に対応するドイツ特許が、当該発明の方法によって得られる物質は純粋な物質である旨を強調して特許されたものであることを理由として、同じ発明に基づく本件特許の目的物質について、純度が劣ることをもって融点が異なる旨の弁解は許されないと主張するが、各国特許独立(※)の原則に照らし、右の主張が失当であることは明らかである。 |
4.筆者コメント
以上のとおり、分割出願に係る特許発明の技術的範囲を確定する場合に、対応外国出願の出願経過を参酌した裁判例(抗真菌外用剤事件判決)は確かに存在する。
しかしながら、各国ごとに法制度も審査実務も異なる以上、何らの限定もなく、常に、上記の場合に、対応外国出願の出願経過を参酌することができるとみるのは相当でない(私見)。
とはいえ、抗真菌外用剤事件判決が存在する以上、原告の立場であれば、侵害訴訟提起前に、対応外国出願の出願経過において致命的な記載がないかの確認が必要であろう。被告の立場としては、対応外国出願の出願経過にも鑑みて、防御方針を検討することが有用な場合もあろう。
※:中山信弘=小泉直樹編『新・注解特許法(第2版)中巻』1237頁(青林書院、2017)によれば、「特許独立の原則とは各国で取得した特許はそれぞれ独立で、他国における特許の運命と無関係に発生・存続・消滅することを示す原則である。信義則に淵源を置く出願経過参酌とは関係がないというべきであろう。」とされていることに要注意。
以上
弁護士・弁理士 奈良大地