【平成13年6月13日判決(東京地裁 平成12年(ワ)20058号)】

【キーワード】
著作権法32条1項,引用,主従性,明瞭区別性,パロディ事件

1 事案

 アメリカの作曲家の著作に係る演劇台本を日本語に翻訳した者の許諾を得ないで、前記翻訳台本の一部をノンフィクションの「絶対音感」と題する書籍に採録した行為が、著作権侵害に該当するとして訴えが提起された事案で、被告は、上記翻訳部分の採録は著作権法32条1項所定の適法な引用に当たるとして主張したので,「引用」の該当性が争われた事案である。

2 被告の主張

 この事案では、被告は、著作権法32条1項の判断枠組みについては、最高裁(パロディ事件)が示した「表現形式上、引用して利用する作品と引用されて利用される著作物とを明瞭に区別して認識することができること(明瞭区別性)及び右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があること(主従関係)が必要であり、それで足りると解すべきである。」と主張し、本件の事情のあてはめとして、「〈1〉本件翻訳台本は、平成9年1月に倉敷において行われた公演によって公表された。〈2〉原告翻訳部分は、その最初と最後が「」で区切られていること、被告書籍の中の、原告翻訳部分の直前に、レナード・バーンスタインが「ヤング・ピープルズ・コンサート」を行ったことなどの説明がされていることなどからすれば、読者は、「」内の記述を、その他の部分と明瞭に区別して認識することができる。〈3〉本件書籍の主題並びに規格・構成、引用の目的・必然性などからすれば、原告翻訳部分は、読者に思考や判断のための資料を提供するものであり、また3頁に満たないので、本件書籍に対して付従的な性質を有する。したがって、上記の要件を充足する。」として、被告の行為が適法な引用であると主張した。

3 東京地裁の判断

 東京地裁は、最高裁(パロディ事件)の示した明瞭区別性、主従関係には触れずに、著作権法32条1項の条文に忠実に当てはめる形で、以下のとおり判示し、被告の行為は適法な引用に該当しないとして、著作権侵害を肯定した。
「〈1〉本件書籍の目的、主題、構成、性質、〈2〉引用複製された原告翻訳部分の内容、性質、位置づけ、〈3〉利用の態様、原告翻訳部分の本件書籍に占める分量等を総合的に考慮すると、著作者である原告の許諾を得ないで原告翻訳部分を複製して掲載することが、公正な慣行に合致しているということもできないし、また、引用の目的上正当な範囲内で行われたものであるということもできない(前記のとおり、被告らは、原告翻訳部分の掲載に当たっては、正当な著作者の許諾を受けようと努め、受けられたものと誤信していたのであり、その経緯に照らしても、原告翻訳部分を許諾を得ないで自由に利用できる公正な慣行があったものと認定することは到底できない。)。したがって、原告翻訳部分を複製、掲載した行為は、著作権法32条1項の要件を満たす適法な引用とはいえない。」

4 検討

 本件は、著作権法32条1項の適法な引用に該当するかが争われた。
 被告は、著作権法32条1項の判断は、最高裁の示した明瞭区別性、主従関係という2要件により、判断されるべきだと主張したが、東京地裁は、これを採用せず、「〈1〉本件書籍の目的、主題、構成、性質、〈2〉引用複製された原告翻訳部分の内容、性質、位置づけ、〈3〉利用の態様、原告翻訳部分の本件書籍に占める分量等を総合的に考慮する」との判断規範を採用し、結果、本件は適法な引用ではないと判断した。
 近時、著作権法32条1項の引用に該当するか否かについては、最高裁の示した2要件(主従性,明瞭区別性)で判断する裁判例はほとんど存在せず、本件のように種々の事情を総合考慮して、判断するというアプローチが主流となっている。
 企業活動においても,他人の著作物を引用するケースは多々あるところ、本件の考え方は実務上も重要であろう。

以上

弁護士・弁理士 高橋正憲