【平成13年12月18日 (東京高裁 平成13年(行ケ)第107号)】
◆争点:組成物の含有成分について規定された用途が引用発明との関係で相違点になるかという判断に関する裁判例
(本件では、その他にも一致点の認定も争点となっているが、本項では上記争点についてのみ取り上げる)
【キーワード】
特許法29条1項3号、用途発明
1 事案の概要
本件は、特許異議の申立て(筆者注:平成15年以前の旧制度のよるもの)により、特許の取消の決定がされた本件特許(特許第3002733号)についての、取消決定取消請求事件である。
本件において原告(特許権者)は、本件発明の含有成分であるトウガラシエキス等について、他の含有成分であるインドメタシンの長期安定性を改善する安定化剤という用途に使用するものであるから、いわゆる「用途発明」にあたり、新規性がある旨主張した。
しかしながら裁判所は、本件発明が「用途発明」ではない旨述べ、新規性を否定した。
本件特許の内容(※筆者が下線を付し、適宜改行を挿入している。)
【請求項1】
(a)インドメタシンと、
(b)インドメタシン1重量部に対して0.01~5.0重量部のノニル酸ワニリルアミド、
インドメタシン1重量部に対して0.1~10.0重量部のポリオキシエチレンとポリオキシプロピレンのブロック共重合体および
インドメタシン1重量部に対して0.01~5.0重量部のトウガラシエキスから選ばれる少なくとも1種のインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤
とを含有することを特徴とするインドメタシン含有貼付剤。
2 裁判所の判断
(※下線は筆者が付した)
第5 当裁判所の判断
・・・
2 取消事由2(用途の相違の看過)について
(1) 原告は、本件発明は、トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドについて、これらを特定割合でインドメタシン含有貼付剤に含有させることにより、インドメタシンの長期安定性を改善するという用途に使用することについての発明、すなわち用途発明である旨、主張する。
しかしながら、本件発明は、トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドを含有することを特徴とする「貼付剤」の発明であって、トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドの用途の発明(例えば、「トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドからなるインドメタシンの安定化剤」)でないことは、本件請求項1及び2の発明の特許請求の範囲の記載により明白である。
原告の主張は、特許請求の範囲に基づかないものであり、理由がない。
(2) もっとも、特許請求の範囲請求項1には、「……ノニル酸ワニリルアミド……および……トウガラシエキスから選ばれる少なくとも1種のインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤とを含有することを特徴とするインドメタシン含有貼付剤。」として、本件請求項1の発明において、ノニル酸ワニリルアミド及びトウガラシエキスはインドメタシンの安定剤として含有させるものである旨規定されている。
しかしながら、引用例に、本件発明とその構成が同一の発明(貼付剤)が記載されていることは前示のとおりである。このように両発明の構成が同一である以上、両発明の貼付剤が含有する成分は、主観的な添加目的にかかわらず、同一の作用効果を奏することは自明である。本件発明において添加されたトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドがインドメタシンを安定化するとの効果を奏する一方、引用例で添加されたトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドが、そのような効果を奏さないというようなことは起こり得ない。逆に、引用例記載の発明においてトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドがそれらの周知の効果である温感刺激作用を奏する一方、本件発明では、そのような効果を奏さないということも起こり得ないものと認められる。
したがって、本件特許請求の範囲の請求項1に、本件請求項1の発明の貼付剤に含有されるトウガラシエキス及びノニル酸ワニリルアミドはインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤である旨が規定されているとしても、このことにより、本件請求項1の発明が、引用例に記載されている発明と別異のものとなるということはできない。
(3) 原告は、引用例に記載の発明が、用途発明である本件発明と同一であって、これにより本件発明が新規性を喪失するというためには、引用例に、トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドについて本件発明と同一の用途が開示されており、引用例にそのような用途に使用する発明として完成した発明が記載されている必要がある、あるいは、引用例に記載された発明が、当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要である旨、主張する。
原告の主張は、本件発明が用途発明であることを前提とするものであるところ、本件発明が用途発明でないことは上記判断のとおりである。原告の主張は、その前提において理由がない。
3 コメント
用途発明とは、例えば、東京高裁平成12年7月13日判決(平成10年(行ケ)第308号)においては、「物の有するある一面の性質に着目し、その性質に基づいた特定の用途でそれまで知られていなかったものに専ら利用する発明をいうものとされ、物が周知あるいは公知であっても、用途が新規性を有する場合には、特許性の認められる場合があることを示すためにされている用語」とされ、その他の裁判例でもこれと齟齬のない解釈や定義がされることが多い。
本件で、原告は、発明である「貼付剤」ではなく、当該「貼付剤」の含有成分であるトウガラシエキス等についての、当該「貼付剤」内における用途が新規であることに基づいて、発明が「用途発明」に該当することを主張したが、裁判所によってこのような主張は排斥されている。
組成物全体の中で含有成分が果たすべき用途のような、特許権者(または発明者)の主観的な意図に基づいて新規性が認められると、用途発明(すなわち物の構成として同一のものが公知であるにもかかわらず新規性が認められる発明)の範囲がいたずらに拡張されてしまうことが懸念されるところ、本件における裁判所の判断は妥当なものであると考える。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介