【平成13年8月28日判決(東京地裁 平成12年(ワ)第19078号 不正競争行為差止等請求事件)】
【平成14年6月26日判決(東京高裁 平成13年(ネ)第4613号 不正競争行為差止等請求控訴事件)】

【要約】

 不正競争防止法2条1項21号の「虚偽」であるかどうかは、その受け手が、陳述ないし掲載された事実について真実と反するような誤解をするかどうかによって決すべきであり、具体的には、受け手がどのような者であって、どの程度の予備知識を有していたか、当該陳述ないし掲載がどのような状況で行われたか等の点を踏まえつつ、当該受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方を基準として判断されるべきである。

【キーワード】

 虚偽の事実の告知・流布、信用毀損、営業誹謗

1 事案

 本件の事件当時、パチスロ機の特許権等(工業所有権及び著作権)について、パテントプール方式がとられていた。原告・被控訴人(X)は、パテントプール方式を運営するため、特許権等を有する者から再許諾権付きで実施許諾を得て、パチスロ機メーカーに当該特許権等を有償で再実施許諾をする会社である。被告会社(Y1)は、パチスロ機メーカーの1つであり、被告Y2は、Y1の代表取締役である。
 Y1は、Y1が保有する特許権等についてXとの間で実施許諾契約(以下「本契約」という。)を締結していたが、パテントプール方式の実施料の計算方法等への不満から、本契約を更新拒絶、解除等の理由により終了したことを主張していた。なお、本契約が継続しているか終了しているかという点は、別のパチスロ機メーカーである訴外Z(Xとの契約者の一である。)に対してY1が提起した特許権侵害訴訟において主要な争いとなっていた。

本件は、以上の事実関係の下、Y2が、Zに対する訴訟提起を説明する記者会見において、Xを批判する以下の発言が不正競争防止法の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」(当時の2条1項13号、現在の同項21号)に該当するか否かが問題となった。いずれも、発言の趣旨は、Y1とXの間の本契約が終了したのに、Xが契約者から再実施許諾料を徴収することについて言及したものである(当該発言がY1の主張を説明したにすぎないものであるか、それを逸脱しているかという評価については争いがある。)。
 発言内容(主なもの。下線は筆者が付した。実際の発言において、Xは、略称で表現されている。)
②「Xとは全然関係ありません。あそこにお金を払っているのは、何の意味か。全然意味がありません。Xはもう異常な会社です。みんなからお金を取っていること自体が。特許を持っていない人がお金を取っているんです。払っている人もおかしい。異常なことです。」
③「Xが絡んでいるから、何となく安心していられるなんていうのは、もう考え方が一つおかしいということです。詐欺的行為ですよ、Xなんて。別に中傷・誹謗で言おうという話ではないんですけど。今お金を集めていることが責任持てるか、ということが一番重要なことです。Xが行っていることは、非常に怖いことを平気で行っている。こう見ていいんではないでしょうかね。あるいは私どものパテントの関係しないところで払っているなら、いいんですよ、問題ない。」

2 第1審判決

第1審判決は、「特許権等の保有者が自己の権利を侵害されているとの考えの下に、当該侵害者を相手方として訴訟を提起することは、当該訴訟が不当訴訟と評価されるような特段の事情がない限り、当該特許権等の行使として許される行為であり、当該訴訟提起の事実をマスコミ等の第三者に告げる行為も、権利行使に当然に伴う行動として許容されるものであって、それが直ちに不正競争行為に該当するものではない。しかしながら、第三者に対する告知が、当該相手方に対して訴訟を提起した事実や当該訴訟における自己の請求の内容や事実的主張、法律的主張の内容を説明するという限度を超えて、当該相手方を根拠なく誹謗中傷する内容にわたる場合には、当該誹謗中傷部分が不正競争行為に該当することがあるものというべきである。」と一般論を述べた。

その上で、上記②の発言は「Xが製造業者から特許権等の再実施許諾の対価を徴収していること自体を異常な行動と断定する内容である。」(用語は本稿に合わせて適宜修正した。以下同じ。)、上記③の発言は「Xが製造業者から特許権等の再実施許諾の対価を徴収していること自体を『詐欺的行為』と断定するなど、別件対Z訴訟におけるY1の見解を説明する範囲を超えるものである。」として、訴訟における自らの主張内容の単なる説明にとどまるものではないから、その前提たる本契約の終了が事実と異なる場合には、発言が不正競争行為に該当するとした。

本契約の終了が認められないとした上で、上記②及び③の発言が虚偽の事実を述べたものであると判断した。

3 控訴審判決

控訴審判決は、「…『虚偽』であるかどうかは、その受け手が、陳述ないし掲載された事実について真実と反するような誤解をするかどうかによって決すべきであり、具体的には、受け手がどのような者であって、どの程度の予備知識を有していたか、当該陳述ないし掲載がどのような状況で行われたか等の点を踏まえつつ、当該受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方を基準として判断されるべきである。」と述べた。

その上で、控訴審判決は、具体的な発言について、「Xを『異常な会社』、その活動を『詐欺的行為』ないし『非常に怖いこと』であると表現する意見ないし論評にわたる部分はあるものの、Y2発言全体の中でとらえた場合、別件対Z訴訟に関するY1の主張、すなわち、本契約の解消に伴いXは本契約に係る特許権等の再実施許諾をする権限を喪失したとの主張を、やや俗な言葉で説明したものと理解することは、少なくとも、…認定事実のおおまかな流れを予備知識として有する者にとって、さほどの注意を払うことなく容易にし得るものと解される。」と述べた。そして、本件の記者会見が、そもそもZに対する訴訟についてY1の言い分を説明するために開催されたものであったこと、出席者がパチスロ機業界関連のマスコミ関係者であったことから、「本契約の解消に伴いXは本契約に係る特許権等の再実施許諾をする権限を喪失したとの主張を、やや俗な言葉で説明したものと理解されるにとどまると解され、本契約の解消という事実自体に関して、あるいは、Xが『詐欺的な行為を行う異常な会社である』かどうかという事実に関して、真実に反する理解をするような陳述であると解することはできない。」として第1審判決のY1・Y2敗訴部分を取り消し、Xの請求を棄却した。

4 検討

第1審判決は、「第三者に対する告知が、当該相手方に対して訴訟を提起した事実や当該訴訟における自己の請求の内容や事実的主張、法律的主張の内容を説明するという限度を超えて、当該相手方を根拠なく誹謗中傷する内容にわたる場合には、当該誹謗中傷部分が不正競争行為に該当することがある」という一般論を述べているが、上記②及び③の発言が、なぜ、主張の内容を説明する限度を超えて、「異常な行動」や「詐欺的行為」と断定する内容であるのかについての理由は明確に示されていない。

控訴審判決は、この点を具体的に、「受け手の普通の注意と聞き方ないし読み方を基準として」検討したものである。そもそも、記者会見が、提起した訴訟の説明としてなされていることから、基本的に訴訟当事者の主張を説明したものであることは、出席者が容易に理解するものであったというのは、本件の本質的な部分であると思われる。訴訟当事者が、訴訟を提起したことを説明することは、第1審判決も認めるとおり当然許容されるものであることを踏まえると、控訴審の認定は受け入れやすいと思われる。これに対し、訴訟における主張であることが分からないような態様で、相手方の事実を断定するような発言等は、不正競争防止法違反となり得るので注意が必要である。

弁護士 後藤直之