【平成30年5月24日(知財高裁 平成29年(ネ)10033号・平成29年(ネ)10063号[引戸装置の改修方法及び改修引戸装置事件])】
【判旨】
特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が否定された。
【キーワード】
充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条
1.事案の概要(特許発明の内容)
(1)特許請求の範囲
A 建物の開口部に残存した既設引戸枠は,アルミニウム合金の押出し形材から成る既設上枠,アルミニウム合金の押出し形材から成り室内側案内レールと室外側案内レールを備えた既設下枠,アルミニウム合金の押出し形材から成る既設竪枠を有し,前記既設下枠の室外側案内レールは付け根付近から切断して撤去され,
B その既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設け,その取付け補助部材が既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取付けてあり,
C この既設引戸枠内に,アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用上枠,アルミニウム合金の押出し形材から成り室外から室内に向かって上方へ段差を成して傾斜し,室外寄りが低く,室内寄りが室外寄りよりも高い底壁を備えた改修用下枠,アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用竪枠を有する改修用引戸枠が挿入され,
D この改修用引戸枠の改修用下枠の室外寄りが,スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持されると共に,前記改修用下枠の室内寄りが,前記取付け補助部材で支持され,
E 前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり,
F 前記改修用下枠の前壁が,ビスによって既設下枠の前壁に固定されている
G ことを特徴とする改修引戸装置。
(2)明細書
2.争点
構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」の充足性
3.判旨(下線部は当職が付した)
特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Eの「前記背後壁」は,「既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる」(構成要件B)ものであり,改修の前後でその「高さ」が変わるものではない。他方,同「改修用下枠」は,その「室外寄りが,スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持されると共に,」その「室内寄りが,前記取付け補助部材で支持され」(構成要件D)るものである。このため,構成要件Eの「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ」であることに寄与しているのは,主に「改修用下枠」を支持する「取付け補助部材」であるということができる。
この「取付け補助部材」について,本件明細書等の記載を見ると,「既設引戸枠の形状,寸法に応じた形状,寸法の取付け補助部材を用いる」(【0018】),「その取付用補助部材106の高さ寸法を変えることで,異なる形状の既設下枠56にも同一形状の改修用下枠56(裁判所注,改修用下枠69の誤記であると認める。)を,その支持壁89と背後壁104を同一高さに取付けることが可能である。」(【0091】)との記載がある。しかも,段落【0018】には,上記記載に先行して,「既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去したので,改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく,有効開口面積が減少することがなく,広い開口面積が確保できる。」との記載もある。
これらの事情を総合すると,構成要件Eの「同じ高さ」とは,「取付け補助部材」で「改修用下枠」を支持することにより,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とした場合を意味するものと理解するのが最も自然である。
他方,「ほぼ同じ高さ」について,定義その他その意味内容を明確に説明する記載は,本件明細書等には見当たらないが,以上に検討した点を併せ考えると,ここでいう「ほぼ同じ高さ」とは,「取付け補助部材」の高さ寸法を既設下枠の寸法,形状に合わせたものとすることにより,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に,しかし,そのような構成にしようとしても寸法誤差,設計誤差等により両者が完全には「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから,そのような場合をも含めることを含意した表現と理解することが適当である。
イ(ア) このように解することは,本件明細書等の図1に示された実施の形態につき「前壁102の上端部から室内68に向かって上方へ傾斜する…底壁103の最も室内68側の端部に連な」る「背後壁104」が,「室内側案内レール67と同一高さまで立ち上がる」ものとされ(【0027】),また,同図6に示された実施の形態につき「既設下枠56の背後壁104の上端部に室内68側に向かう横向片104aを有し,この横向片104aと改修用下枠69の支持壁89の上端が同一高さである」と記載されている(【0069】)一方で,図1及び6の実施の形態と比較すると「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」の「高さ」に図面上明らかに差が認められる図10及び11の実施の形態については,「例えば,図10に示すように取付け補助部材106の高さ寸法を大きくして室内側壁部108を底壁103に当接し,かつ室内側案内レール115にビス110で取付ける。…この場合には,支持壁89が背後壁104より若干上方に突出する。」(【0092】)と記載され,「同一高さ」等の表現が用いられていないこととも整合する。
4.検討
クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]。
本判決は、課題等の記載を重視して、充足性を肯定した原審を覆した。原審は、課題等の記載をあまり重視せず、「ほぼ同じ高さ」の意義や、対応する実施形態の記載(段落0091)を根拠として、「ほぼ同じ高さ」を狭く解した。
控訴審は、原審のように、発明の意義から、抽象的に「ほぼ同じ高さ」を解釈することはしていない。その理由は、①控訴審において、控訴人から、原審のクレーム解釈は不明確との指摘を受けた(控訴審判決では直接認定されていない)、②原審では考慮されていない段落0091と不整合であった、③原審が理由とした図10,図11はクレームに対応する実施例ではなかったとの理由と思われる。
控訴審は、「抽象的な課題<明確な実施形態の記載」という考え方で判断をしたものと考えられる。
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一
[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)