【最高裁令和4年10月24日判決(令和3年(受)第1112号)[著作権「音楽教室」最高裁事件]】

【ポイント】

音楽教室は、生徒の演奏について当該著作物の利用主体ではないと判断した事例

【キーワード】

著作権法22条
演奏権
音楽教室
JASRAC

第1 事案

 音楽教室を運営する者ら(原告、控訴人、被上告人。以下、単に「音楽教室」という。)がJASRAC(被告、被控訴人、上告人)に対して,音楽教室内で行われるレッスン行為や各種の演奏行為は演奏(著作権法22条)に該当しないとして,被告が管理する楽曲の使用にかかわる請求権(著作権侵害に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権)の不存在確認を求める訴訟を提起した。
 本事案における重要な争点の一つは、音楽教室はその生徒の演奏について当該著作物(楽曲)の利用主体ではあるか否かである。
 第一審(東京地判令和2年2月28日・平成29年(ワ)第25300号)では音楽教室はその利用主体であると判断され、他方で、控訴審(東京高判令和3年3月18日・令和2年(ネ)第10022号)では音楽教室はその利用主体でないと判断された。
 本稿では、本事案における最高裁の判断について述べる。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、著作権等管理事業法2条3項に規定する著作権等管理事業者であり、著作権者から著作  権の信託を受けるなどして音楽著作物の著作権を管理している(以下、上告人の管理に係る音楽著作物を「本件管理著作物」という。)。
(2) 被上告人らは、音楽教室を運営する者であり、被上告人らと音楽及び演奏(歌唱を含む。以下同じ。)技術の教授に関する契約を締結した者(以下「生徒」という。)に対し、自ら又はその従業員等を教師として、上記演奏技術等の教授のためのレッスン(以下、単に「レッスン」という。)を行っている。
  生徒は、上記契約に基づき、被上告人らに対して受講料を支払い、レッスンにおいて、教師の指示・指導の下で、本件管理著作物を含む課題曲(以下、単に「課題曲」という。)を演奏している。
2 本件は、被上告人らが、上告人を被告として、上告人の被上告人らに対する本件管理著作物の著作権(演奏権)の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権等が存在しないことの確認を求める事案である。本件においては、レッスンにおける生徒の演奏に関し、被上告人らが本件管理著作物の利用主体であるか否かが争われている。
3 所論は、生徒は被上告人らとの上記契約に基づき教師の強い管理支配の下で演奏しており、被上告人らは営利目的で運営する音楽教室において課題曲が生徒により演奏されることによって経済的利益を得ているのに、被上告人らを生徒が演奏する本件管理著作物の利用主体であるとはいえないとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
4 演奏の形態による音楽著作物の利用主体の判断に当たっては、演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情を考慮するのが相当である。被上告人らの運営する音楽教室のレッスンにおける生徒の演奏は、教師から演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的として行われるのであって、課題曲を演奏するのは、そのための手段にすぎない。そして、生徒の演奏は、教師の行為を要することなく生徒の行為のみにより成り立つものであり、上記の目的との関係では、生徒の演奏こそが重要な意味を持つのであって、教師による伴奏や各種録音物の再生が行われたとしても、これらは、生徒の演奏を補助するものにとどまる。また、教師は、課題曲を選定し、生徒に対してその演奏につき指示・指導をするが、これらは、生徒が上記の目的を達成することができるように助力するものにすぎず、生徒は、飽くまで任意かつ自主的に演奏するのであって、演奏することを強制されるものではない。なお、被上告人らは生徒から受講料の支払を受けているが、受講料は、演奏技術等の教授を受けることの対価であり、課題曲を演奏すること自体の対価ということはできない。
  これらの事情を総合考慮すると、レッスンにおける生徒の演奏に関し、被上告人らが本件管理著作物の利用主体であるということはできない。
5 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。

第3 検討

 本件は、音楽教室が著作物(楽曲)の利用主体でないと判断した事案である。
 まず、本件最高裁は、著作物(楽曲)の利用主体の判断基準として、「演奏の形態による音楽著作物の利用主体の判断に当たっては、演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情を考慮するのが相当である」と判示した。これに対して、本件控訴審では、その判断基準として、ロクラクⅡ事件(最高裁判決平成23年1月20日)を引用し、「音楽教室における演奏の主体の判断に当たっては、演奏の対象、方法、演奏への関与の内容、程度等の諸要素を考慮し、誰が当該音楽著作物の演奏をしているかを判断する」と判示した。
 本件最高裁と本件控訴審の判断基準は若干文言が異なるものの、実質的には同じ判断基準を提示しているものと考えられる。なお、本件最高裁は、ロクラクⅡ事件を引用していない。本件最高裁の当該判断基準は、ロクラクⅡ事件の判示する判断基準と類似しているが、ロクラクⅡ事件は複製権侵害の利用主体の判断であったため、その判断基準は若干異なっており、ロクラクⅡ事件は引用されなかったものと思われる。
 著作物の利用主体の判断基準について、上告人(JASRAC)は、「生徒は被上告人らとの上記契約に基づき教師の強い管理支配の下で演奏しており、被上告人らは営利目的で運営する音楽教室において課題曲が生徒により演奏されることによって経済的利益を得ているの」だから、著作物の利用主体は、音楽教室である旨を主張する。つまり、著作物の利用主体の判断基準として、①管理性及び②経済的利益の帰属の着目したクラブキャッツアイ事件(最高裁判決昭和63年3月15日)を踏襲すべきであり、これを採用しないのは、判例違反であるというものである。しかし、これに対しては、本件最高裁は、「事案を異にし、本件に適切でない」と一蹴した。
 そして、本件最高裁は、①演奏の目的及び②態様、③演奏への関与の内容及び程度」という判断基準に沿って、その各考慮要素を検討している。具体的には、①演奏の目的は「教師から演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的」とし、②演奏の態様は、「教師の行為を要することなく生徒の行為のみにより成り立つ」とした。また、③演奏への関与の内容及び程度は、「教師による伴奏や各種録音物の再生が行われたとしても、これらは、生徒の演奏を補助するものにとどまる」、「教師は、課題曲を選定し、生徒に対してその演奏につき指示・指導をするが、これらは、生徒が上記の目的を達成することができるように助力するものにすぎず」と判示し、生徒の演奏に関し、音楽教室における教師の役割は補助程度にすぎないことを示した。
 本件最高裁の判断基準には、経済的利益の帰属については明記されておらず、本件最高裁は、積極的に経済的利益の帰属に関する事情について言及しておらず、なお書きで触れる程度である(「なお、…受講料は、演奏技術等の教授を受けることの対価であり、課題曲を演奏すること自体の対価ということはできない。」)。したがって、本件最高裁は、クラブキャッツアイ事件とは異なり、経済的利益の帰属は考慮要素であるものの、重要な要素ではないと考えていると思われる。
 本件最高裁判決は、著作物の利用主体ではないと判断した初めての最高裁判決であり、著作物の利用主体の判断基準や判断方法において参考になる事案である。

弁護士 山崎臨在