【令和4年8月8日(知財高裁 平成31年(ネ)第10007号)】

 

【ポイント】

①特許法102条1項1号に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②当該推定の覆滅した部分について、同項2号の適用の可否について判断した事案

 

【キーワード】

特許法102条1項1号
特許法102条1項2号
覆滅事由

 

第1 事案

本件は、発明の名称を「プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置」とする特許(本件第1特許)の請求項1に係る発明(本件発明1)等の特許権者である一審原告が、一審被告が本件ソフトウェア等を生産、譲渡等することが、本件第1特許権の間接侵害等に該当するとして、損害賠償等を求めた事案の控訴審である。
本事案における争点の一つとして、①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、及び②特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否があった。以下では、当該争点について述べる。

 

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

オ 「販売することができないとする事情」について
() 販売することができないとする事情(その1)
 一審被告は、〈1〉原告の製品が一審原告製のプログラマブル・コントローラにしか接続できないこと、〈2〉一審原告がプログラマブル・コントローラ用表示器の市場において意味のあるシェアを有しておらず、本件発明1の技術的特徴による販売への貢献も極めてわずかであるから、被告表示器A及び被告製品3の購入者のほとんどは、一審原告以外のメーカーの製品を購入する、〈3〉原告の製品は本件発明1の実施品ではないから本件特許権1の侵害によって一審原告に損害が発生する余地はない旨を主張する(以下、この主張に係る事情を「販売することができないとする事情(その1)」という。)。
 特許法102条1項1号の「販売することができないとする事情」とは、侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいうものである。
 本件発明1の特徴的技術手段は、異常発生時におけるタッチによる接点検索にすぎず、回路モニタ機能全体ではないことや、従来製品として、モニタ上に表示される異常種類のうち特定のものをタッチして指定すると、その指定された異常種類に対応する異常現象の発生をモニタしたラダー回路が表示され、異常種類の原因となるコイルの指定や接点の指定をタッチパネル上の入力画面でデバイス名又はデバイス番号を入力して行う製品が存在していたことは、前記2(2)イ(イ)において認定したとおりである。そうすると、本件発明1に係る機能を全て使用することができる製品が原告の製品以外に存在していなかったとしても、コイルの指定や接点の指定をタッチパネル上の入力画面でデバイス名又はデバイス番号を入力して行う製品は存在しており、そのような製品でも、異常現象の発生時にラダー回路図面集を参照しなくても真の異常原因を特定したり、原因の特定のために次々にラダー回路を読み出していったりすること自体は可能であり、それほど複雑な操作を要するものではないといえる。さらに、本件発明1の技術的範囲に含まれないものであっても、異常発生時においてコイル検索のみを実施できるようにし、回路を戻る場合には検索機能を用いずに戻る機能を有する表示装置であれば、異常現象の発生時にラダー回路図面集を参照しなくても真の異常原因を特定したり、原因の特定のために次々にラダー回路を読み出していったりするという目的を達することに支障があるとは考えにくい。加えて、本件発明1の特徴的技術手段である接点検索は、原告の製品にですら実施されていないものであり、この特徴的技術手段が原告の製品の販売に貢献していないことは明らかである。しかも、この特徴的手段である接点検索は、被告表示器A及び被告製品3の多数の機能のうち、わずか一点に関するものであって、その機能の極めて僅少な部分しか占めない。
 以上からすると、本件発明1の技術的特徴部分が被告表示器A及び被告製品3の販売数に大きく寄与したものとはおよそ想定し難い。また、一審原告のプログラマブル表示器(表示装置)における市場シェアは、別紙7-2の「その他」に含まれるにすぎない僅少なものである(甲31)上に原告の製品は、一審原告製のプログラマブル・コントローラにしか接続できない(争いがない。)のであるから、被告表示器A及び被告製品3が本件発明1の特徴的技術部分を備えないことによってわずかに販売数が減少したとしても、その減少数分を埋め合わせる需要が、全て一審原告の方に向かうとも想定し難い。
 したがって、本件では、被告表示器A及び被告製品3が本件特許1を侵害したことによって原告の製品が販売減少したとの相当因果関係は、著しい程度で阻害されると認めるべきであり、被告表示器Aの販売数の99%について販売することができないとする事情があると認めるのが相当である。
() 販売することができないとする事情(その2)
 前記エ(イ)のとおり、一審被告が直接侵害品の生産に用いられた被告表示器Aの数量として主張するところは、「販売することができないとする事情」の一要素として考慮することができるところ一審被告は、前記第2の4(16)(原判決第3の18(被告の主張)(1)()c)のとおり、〈1〉輸出の除外、〈2〉プログラマブル・コントローラに接続しない利用態様の除外、〈3〉一審被告製シーケンサ等に接続する利用態様の割合から算出される事情、〈4〉対応シーケンサ等に接続する利用態様の割合から算出される事情、〈5〉被告製品1-2についてオプション機能ボートを購入した割合から算出される事情、〈6〉ワンタッチ回路ジャンプ機能を用いるプロジェクトデータを有する被告表示器Aの割合から算出される事情を主張する(前記第2の4(16)参照。以下、この主張に係る事情を「販売することができないとする事情(その2)」という。)。
 そこで、検討するに、まず、一審被告が把握している被告表示器Aの輸出台数は、別紙7の1に記載したとおりであること、平成25年の一審被告製のプログラマブル表示器の販売数量、販売金額、国内市場シェアは、同7の2に記載したとおりであること、平成25年から令和2年までの一審被告のプログラマブル・コントローラの国内総販売数、国内市場シェアは、同7の3に記載したとおりであること、一審被告製シーケンサ(プログラマブル・コントローラ)の販売実績、回路モニタ機能の実行が可能なシーケンサ等の割合は、同7の4に記載のとおりであること、GT15(被告製品1-2)に装着可能なオプション機能ボードの販売台数は、別紙7の5に記載のとおりであることが認められ(甲31、乙58ないし64、弁論の全趣旨)、これに反する証拠はない。
 上記認定事実を前提に更に検討すると、〈1〉国外に輸出された被告表示器Aについては、本件発明1が実施されるのが日本国外となり、属地主義の原則から本件特許権1の侵害は生じ得ないから、一審被告から開示された輸出台数は控除するのが相当であるが、その輸出台数を一審被告は別紙7の1のとおり把握しているとし、これに疑念を差し挟む理由もないところ、その台数が全体の販売数に占める割合は僅少である。〈2〉プログラマブル・コントローラに接続しない被告表示器Aについても本件特許権1の侵害が生じないところ、その数量は、一審被告すらおおよその割合でしか示し得ていないものの(別紙2-1)、前記2(2)エ(ウ)のとおり、ユーザは高額な機器である被告表示器Aの機能を十全に利用するため回路モニタ機能等を利用しようと合理的に行動するものといえるから、被告表示器Aをプログラマブル・コントローラに接続する割合は非常に高くなるものと推認される。〈3〉一審被告製シーケンサ等に接続する利用態様の割合については、前記2(2)エのとおり、プログラマブル・コントローラとプログラマブル表示器とを同一メーカのもので統一する傾向があると推認されることから、一審被告製シーケンサの国内市場シェア割合(別紙7-3)に従った割合で被告表示器Aが一審被告製シーケンサに接続されるものとするのは不自然であり、当該シェア割合よりは一定程度高い割合で一審被告製シーケンサと接続されるものと推認するのが相当であるが、他社の製品との組み合わせが僅少であるとまでは認め難い。〈4〉対応シーケンサ等に接続する利用態様の割合については、被告表示器Aがその仕様・機能等からみて特定のシーケンサに用いられるとする特別な傾向があることまでもを認めるに足りる証拠はないから、回路モニタ機能を利用できないシーケンサの販売割合(別紙7-4)はその割合のまま考慮することが相当である。〈5〉被告製品1-2についてオプション機能ボートを購入したユーザの割合(最大で約4分の1)については、一定の考慮をするものとするが、そもそも被告表示器Aに占める被告製品1-2の割合は約●パーセントにすぎないから、いずれにしても、被告表示器A全体の中ではほとんど影響を及ぼさない。最後に、〈6〉ユーザがワンタッチ回路ジャンプ機能を用いるプロジェクトデータを作成する割合については、引用に係る原判決第4の2(2)(本判決前記1(2)にて補正されたもの)において認定したとおり、一審被告がワンタッチ回路ジャンプ機能を宣伝のポイントとしていたことや、被告表示器A及び被告製品3を購入等したユーザは回路モニタ機能等を用いることを強く動機付けられ、その機能がインストールされる可能性もかなり高いといえること等に照らせば、ワンタッチ回路ジャンプ機能を用いようとする者は相応の数に上るものと考えられるものの、具体的な割合を確定するに足りる資料はない。
 以上の観点から検討するところ、上記〈1〉、〈2〉、〈5〉については、直接侵害品の生産に用いられる被告表示器Aの数量に与える影響はわずか、あるいは少ないが、上記〈4〉及び〈6〉については直接侵害品の生産に用いられる被告表示器Aの数量に与える影響はかなり大きく、〈3〉についても少なからぬ影響があるというべきである。なお、ここまでにおいて、これらの事情を独立の要素として考慮したが、例えば、ワンタッチ回路ジャンプ機能を用いるプロジェクトデータを作成するユーザは回路モニタ機能等を使用できる機器を有しているなど、これらの要素は相互に関連性を有する場合もあり得る。そこで、このような点も加味して、上記事情を総合考慮すると、被告表示器Aの販売数の●●%が直接侵害品の生産には用いられなかったものと推認することが相当である。したがって、この限度において、「販売することができないとする事情」があると認める。
(省略)
キ 特許法102条1項2号の損害
 特許法102条1項2号は、特定数量がある場合、その数量に応じた実施料に相当する額を損害の額とすることができると定める一方で、同号括弧書きは、特許権者等が当該特許権者等の特許権について実施権の許諾をし得たと認められない部分を除く部分を除外しているから、侵害者の侵害行為により特許権者がライセンスの機会を喪失したとはいえない場合には実施料に相当する額の逸失利益が生じるものではないことが規定されている。
 前記オのとおり、本件において認められた特定数量は本件発明1の特徴的技術部分が被告表示器A及び被告製品3の販売量に貢献しているとは認められない数量、機能上の制約あるいは一審原告のシェア割合からみてユーザの需要が原告の製品に向かず、一審原告以外の他社への購入に振り向けられる数量、直接侵害品の生産に向けられず本件発明1の技術的範囲に属しない表示器となる数量を合わせたものであるから、そのように本件発明1が販売数量に貢献し得ていない製品や一審被告以外の他社が販売する製品について、一審原告が一審被告に本件発明1をライセンスし得るとは認められない。
 そうすると、特許法102条1項2号の損害を認めることはできない。

 

第3 検討

令和元年に特許法102条1項が改正され、特許法102条1項1号又は2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分に、同条1項2号又は3項が重畳適用されるか否かの議論が再び盛り上がっている。
本件は、当該令和元年改正後に出された裁判例であり、実務上参考になる事案である。具体的には、①特許法102条1項1号に基づく損害額の推定の覆滅事由(同号の「販売することができないとする事情」)の存否、②本件発明1の特徴的部分が被告製品の販売量に大きく寄与しないことや原告製品のシェアが低いこと(競合品の存在)等を理由に覆滅した部分について、特許法102条1項2号の適用の可否について判断した事案である。
上記①の争点について、まず、本判決は、特許法102条1項1号の「販売することができないとする事情」の解釈として、「侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいうものである」と判示した。
ここで、一審被告が覆滅事由として、「一審原告がプログラマブル・コントローラ用表示器の市場において意味のあるシェアを有して」いない旨や、「本件発明1の技術的特徴による販売への貢献も極めてわずかである」旨等を主張した。これに対して、本判決は、本件発明1の特徴的技術手段の代替可能性や代替容易性、被告製品における本件発明1の特徴的技術手段の機能割合等を検討し、覆滅事由として、本件発明1の特徴的技術手段は被告製品の販売数に大きく寄与していない旨を、また、原告製品のシェアが僅少である旨(競合品の存在)を判示した(上記第2の「(ア) 販売することができないとする事情(その1)」。
また、本判決は、直接侵害品の生産に用いられていない被告製品がある旨の一審被告の主張については、覆滅事由の一つとして、一定の割合で直接侵害品の生産に用いられていない被告製品があることを判示した(上記第2の「(イ) 販売することができないとする事情(その2)」。
このように、本判決は、覆滅事由として、本件発明1の特徴的技術手段は被告製品の販売数に大きく寄与していない旨、原告製品のシェアが僅少である旨(競合品の存在)及び一定の割合で直接侵害品の生産に用いられていない被告製品があることを認めた。
次に、上記②の争点(特許法102条1項1号に基づく損害額の推定が覆滅した部分について、同項2号の適用の可否)について、まず、本判決は、同項2号の文言について、「侵害者の侵害行為により特許権者がライセンスの機会を喪失したとはいえない場合には実施料に相当する額の逸失利益が生じるものではない」(同項2号の適用はない)と述べた。そして、上記各覆滅事由については、「そのように本件発明1が販売数量に貢献し得ていない製品や一審被告以外の他社が販売する製品について、一審原告が一審被告に本件発明1をライセンスし得るとは認められない」として、覆滅した部分について同項2号の適用を認めなかった。
この点、競合品の存在に関する覆滅事由について、同項2号の適用を認めたなった点については、同項2号の適用の可否について検討すべきは、侵害がなければ侵害者にも実施許諾しえたという点で、競合品を販売している第三者に対する実施許諾ではなく、侵害者自身に対する実施許諾であるという考え方もありえる。そして、この考え方に立つならば、競合品の存在に関する覆滅事由について、同項2号の適用を認めるべきという結論になる。特許法102条1項の令和元年の改正は認められる損害を拡充する趣旨があることから踏まえても、各覆滅事由に同項2号(3項)による復活があるかについては、柔軟に運用(適用)されるべきという見解もあり、今後の活発な議論が期待される。
本判決は、特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否について判断した知財高裁の大合議判決(知財高大判令和4年10月20日・令和2年(ネ)10024号)では判断されていない覆滅事由(被告製品における本件発明の寄与が低い点や競合品が存在する点)について、特許法102条1項2号及び同項2号の適用の可否を判断しているので、実務上参考になる事案である。

以上
弁護士 山崎臨在