あなたは知財担当者。 知財部に来てから5,6年経ち,部下もできました。 あるとき,部下から「あの~,××社の製品,どうもうちの特許の侵害っぽいんですよね」と相談されました。 さて,こんなとき「何?特許侵害だと?警告状出せっ!」という判断でいいのでしょうか。

警告状は,相手方に「手を振り上げること」にほかなりません。 警告後,「やっぱり紛争は止めた!」というのでは社内的に説明がつきにくいし,最終的には訴訟になって「負けてしまった」というのでは知財担当者であるあなたの責任問題にもつながりかねません。 したがって,紛争の発端となる警告状を出すまでに,以下のような検討を終えることが肝要です。

1.特許侵害訴訟の現状

まず,特許侵害訴訟の現状を認識しておきましょう。

現在,特許侵害訴訟を提起した場合,原告側として勝訴できる可能性はどの程度でしょうか。平成26年~27年の東京地裁及び大阪地裁の統計によれば,原告の勝訴判決(認容判決)は14%であるものの,実質的な一部勝訴である金銭給付条項又は差止給付条項付き和解の場合を含めれば,43%程度になることが分かります。

従来は,和解の場合を考慮に入れず,判決による勝訴確率が低いことから,「特許侵害訴訟は勝てない!」と言われていましたが,この数字を見ると,一概にそうとも言い切れないことが分かります。

とは言え,提起された訴訟の半数以上では原告敗訴となっているのですから,なお原告有利といい得る状況ではないことが分かるでしょう。この数字は,「特許侵害だ!」と思っても,先ずは立ち止まって慎重な行動をすべきことを示唆するものではないでしょうか。

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/tokyo_toukei.pdf

特許侵害訴訟についてのこのような現状は,知財担当者であればよく知っていることかもしれませんが,経営陣にも同様の認識をもってもらう必要があります。 そして,経営陣は,侵害訴訟を「コストと期待収益」との関係で判断しますので,このような現状についての認識をもってもらうことは,経営判断に資することになります。

2.ビジネスゴールを見据える

知財担当者は,侵害の成否を中心に物事を見てしまい,視野が狭くなってしまうことがあります。 しかし,経営者・会社からすれば,侵害訴訟はビジネスツールの一つにすぎません。 したがって,あくまでも,御社のビジネスから見たゴールを見据えた上で,知財の活用を考えなければならないということです。 以下に,いくつかのポイントを挙げてみます。

御社の事業内容

御社は,製品の製造を行う「実施企業」でしょうか。 それとも非実施企業(ファブレス企業)でしょうか。

実施企業であれば,御社が訴訟を提起した場合に,相手方からカウンター(相手方特許による訴訟等)を食らうおそれがあります。 本件特許と無関係の製品が差し止められるリスクはかなり重大です。 したがって,このようなリスクがないかどうかをチェックした上で,警告状を出す必要があります。

一方,非実施企業ではそのおそれがありません。実施企業ではあるが,マーケットそのものが縮小していたり,他のビジネス上の理由により,御社がその製品からの撤退を予定しているような場合は,カウンターのおそれがあまりないという点では非実施企業と同様に考えることができます。 非実施企業の場合,ロイヤルティを取ることが目的となりますが,任意に交渉したのでは御社の規模に比べて侵害者が圧倒的に大きいなどの場合,相手にしてくれないこともあります。 そのようなとき,交渉の場に付かせる手段として,差止めの本訴や仮処分を利用することもあり得ます。

侵害者の事業内容・御社との関係

侵害者は,コンペティターでしょうか。 それとも御社の顧客でしょうか。 逆に,御社が物を買っている相手でしょうか。 外国の会社でしょうか。

コンペティターであれば,通常は,関係が悪化したとしても御社のビジネスに影響はそれほどないと思われますので,訴訟になじみます。 ただ,本件特許に関連する部署やそれに近い部署で共同開発を行っていたり,クロスライセンス契約をしていてある程度友好的な関係にあったりする場合もあるので,注意が必要です。 また,相手方の製品を差し止めたりすると,顧客が「二社購買」ができなくなって困ることもありますので,訴訟するにしろ,事前に顧客と協議しておく必要があります。顧客との力関係にもよりますが,市場にコンペティターが少ない場合には,顧客が御社と相手方との訴訟を望まないことが多いでしょう。

侵害者が御社の顧客であれば,いわずもがなです。 知財担当者の判断で警告状を送ったら,「得意先に何するんだ!」と営業から怒られた,などということは未然に防ぐ必要があります。

逆に御社が侵害者の顧客である場合,例えば,営業ベースでクレームを付けることにより早期に解決されることもあります。

侵害者が外国の会社である場合はどうでしょうか。 訴訟による解決のほか,税関での輸入差止めも効果的かもしれません。 詳しくは,【輸入品の場合は何ができるの?

そのほかに,御社の社長と相手方の社長との個人的関係によっては,訴訟その他の紛争を始めることが御法度だということも考えられます。 また,相手方を買収する計画があるなどという場合も,紛争を始めるのは無駄です。 知財担当者にとって,社長の個人的な交友関係や買収計画など知らないことも多くありますので,あらかじめ情報収集しておく必要があります。

御社のシェアや市場の成熟度

御社のシェアや市場の成熟度はどうでしょうか。 御社の特許製品が極めて新しいタイプの製品である場合,そのようなタイプの製品の存在を需用者に認識してもらうまでは,侵害者の製品を差止めせずに,ある程度放置しておくようなことも十分に考えられます。 もちろん,最初から御社の製品だけが市場を独占した場合に想定される利益と比較衡量することが必要となりますが。 そのようなときでも,後に,損害賠償請求・不当利得返還請求をすることは可能です(ただし,時効に注意)。

これらのポイントを考慮したうえで,結局,御社が何を実現したいのか,すなわち,侵害者の製造販売の差止めなのか,損害賠償なのか,侵害者とのライセンス契約・クロスライセンス契約なのかを画定していく作業が必要です。

例えば,侵害者が侵害によって御社の市場シェアを刻々と奪っているような場合は,「製造販売停止」という差止判決が必要です。 この場合,「統計を覆して勝訴できる」という確信を得るまでの検討が必要です。 訴訟を提起して負ければ,侵害者は裁判所から「非侵害」とのオーソライズを受けてしまうので,警告から訴訟という流れは「両刃の剣」です。

他方,侵害者から損害賠償・ロイヤルティを回収したいという場合,交渉が成立しなければ訴訟を提起して裁判所での和解を狙うという方針が一般的です。 この場合は,相手方を交渉の土俵に乗せることが大前提になるので,勝訴確率が多少低くても,警告状を出してみるという戦術になります。

USLFでは,特許関連の紛争をコストのみならず,ビジネスゴールや取引関係などを勘案して最適解を探していきます。お気軽にご相談ください。